46.本編-編入生-①
「ルビー様、どうですか……?」
恐る恐る尋ねてきたマリー様に対し、私は笑みを浮かべて返す。
「よく似合っているわ。改めて、編入おめでとう」
私の言葉に、真新しい学園の制服に身を包んだマリー様はパァッと顔を明るくし、破顔したのだった。
時は流れ、4月。
始業式の今日、いよいよマリー様は特待生として初めて学園に編入する。
そして。
(ここからが、正真正銘ゲーム本編の時期と重なり始める)
だけど、その前世のゲームの記憶を持って転生した私がいることで、開始時点でかなりシナリオが改編されてしまっている。
(緘口令を破り、魔物討伐の魔法育成に力を入れ、そして)
私と共に早めに寮を出て、学園へと向かって隣を歩く彼女を盗み見れば、ガチガチに緊張している姿が目に入る。
そんな彼女に向かって微笑み、口にした。
「大丈夫よ。この日のために、あなたは沢山努力したのだから」
そう、今隣にいるヒロインである彼女にも、序章後から既にシナリオと違っている点がある。
それは、エイミス辺境伯領にいる間に魔法、勉学、カーテシーをこの三ヶ月ほどで大分ものにしているという点だ。
(まだ完璧とはいえないけれど、たった三ヶ月という短い期間の中でよく根を上げずに頑張ったと思うわ)
ゲーム本編である学園に編入した直後、彼女に待ち受けていたものこそが魔法や勉学、カーテシーの壁だった。
右も左も分からない彼女に、次々と試練が立ちはだかった結果、あっという間に敵を作り、彼女は四面楚歌状態に陥った。
(確かに、彼女には乙女ゲームならではの攻略対象者達……、つまり生徒会役員の面々という味方がいた。だけど、それはそれで多方面から嫉妬される)
そう考えた結果、彼女を守るためにエイミス領で予め予想され得る壁を打破するために努力を重ねてもらったのだ。
その結果、ゲーム中では奨学生として編入した彼女が、入学前から既に実力を認められ、見事特待生となったのだ。
「あなたがこの三ヶ月で積み重ねた努力は、決して裏切らないわ。
それに、春休み中は私が直々に指導したんだもの、自信を持って胸を張って」
そう言って軽く背中を叩けば、マリー様は小く笑みを浮かべ、はい、と返事をしたのだった。
編入生であるマリー様は、担任の先生と来ることになっているため、彼女を職員室へと送り届けた私は、改めてクラス表が貼り出されている掲示板へと向かうと。
「ルビー」
「ごきげんよう、グレアム様」
そこには既に、グレアム様の姿があって。
周囲を見回してみたけれど、他に人がいないことを確認して尋ねた。
「グレアム様も随分と早い登校ね?」
「あ、あぁ、まあ」
「?」
何かを隠しているような口ぶりの彼に首を傾げれば、グレアム様は誤魔化すように言う。
「き、君こそ、どうしてこんなに早く?」
「マリー様を職員室まで送り届けてきたのよ」
「あ、あぁ、なるほど。聖女である彼女か」
「えぇ」
彼の言葉を肯定しつつ、クラス表に目を向けた。
といっても、ゲームのシナリオ通りであれば変わることはないため、念の為の確認だ。
(……やっぱり、年下であるエディ様以外の攻略対象者達とヒロイン、そして悪役令嬢という名目の私は同じクラスになるわよね)
シナリオ通りと心の中で呟けば、グレアム様が口を開く。
「今年も、君と同じクラスだな。……良かった」
「え?」
思わず隣にいるグレアム様を見やれば、彼は慌てたように言う。
「あ、いや、えっと」
「……そうね」
あまりにも慌てている彼が面白くて少し笑ってしまいながらも言葉を返す。
「今年も同じクラスね。どうぞよろしく」
「!」
手を差し出せば、グレアム様は一瞬戸惑ったものの、私の手を握り笑みを浮かべて口にする。
「あぁ。こちらこそ、同じ生徒会役員としてもよろしく頼む」
そうして握手を交わした私達は、どちらからともなく教室へと向かって歩き出す。
「いよいよ今日から最高学年だな。信じられないが、時が経つのが早く感じる。入学した時のことを今でも鮮明に覚えているくらいだ」
「そうね……、本当に、時が経つのは早いわよね」
しみじみとそう口にすれば、グレアム様は呟いた。
「でも、本当に良かった」
「何が?」
「君と、最後の学園生活を共に過ごすことが出来て」
「……!」
思いがけない言葉に思わず足を止めると、彼は私を見て苦笑する。
「こんなことを言ったら君はまた怒ると思うが。
実は、今日はあまり眠れなかったんだ。君と同じクラスになれるか、そんなことばかり考えてしまって」
「……っ、よ、よくもまあそんなに恥ずかしいことが言えるわね! 怒るに決まっているわよ!」
「顔、赤いぞ」
「もう知らない!」
ふんっとそっぽを向き、彼に追いつかれまいと誰もいない廊下を走り出す。
「あ、おい!」
慌ててついてくるグレアム様の足音を聞きながら、これから始まる最後の学園生活を悔いのないよう生活しようと、そう心に誓った。
放課後。
「学園生活一日目はどうだった?」
私の言葉に、彼女は心なしかキラキラとした瞳を私に向けて言った。
「ルビー様の始業式でのスピーチがとっても素敵でした!」
彼女の言葉に危うく転けそうになったのを堪え、苦笑いで返答する。
「学園一日目の感想がそれなの?」
「はい! 壇上でも臆することなく堂々としていらっしゃる立ち居振る舞いが、さすがだなと思いました!」
「あ、ありがとう……」
彼女の言うスピーチとは、新入生や編入生に向けての副会長からのご挨拶なのだけど、面と向かって言われるとさすがに恥ずかしいわ、と気恥ずかしさを誤魔化すために尋ねる。
「それよりもあなた自身の感想よ。これからの学園生活、上手くいきそう?」
「そう、ですね……、皆様とても優しく接してくださるので、大丈夫だと思います」
「そうね、それもあなたが自己紹介でカーテシーを完璧に成し遂げたおかげだわ」
貴族社会において、やはり第一印象は重要。
挨拶の仕方や礼儀作法は出来て当然というのが貴族社会でのルールなのだ。
(だからこそ、失敗しないように私が伝授したのだけど、無事に成功して本当に良かったわ)
また、所作も相まって、彼女の美貌はまさに聖女という名に相応しい姿だった。
金色のさらりとした髪、憂いを帯びるように長いまつ毛の下はぱっちりとした金色の瞳。挨拶を終えた彼女を見た生徒の中には、感嘆の声を漏らす生徒もいた程だ。
「無事に第一関門突破ね、マリー様」
「! ありがとうございます、ルビー様のおかげです」
そう言ってくれる彼女と微笑み合ってから口にする。
「でも、まさか驚いたわ。学園を案内する役に私を選ぶなんて」
本来であれば、今彼女に学園を案内しているこの状況は、ゲームでは歴とした攻略対象者の好感度が上がるイベント。
同学年の攻略対象者が同じクラスにいるのに加え、担任はヴィンス先生と、攻略対象者のほぼ全員が揃っている状況の中、ヒロインは生徒会役員の中から案内役を決めるという選択肢を迫られるのだ。教室内で最初に誰を選ぶかによって、かなりの好感度が上がるような仕組みになっていたのに、彼女が選んだのはまさかの私で。
(確かに、私が名乗りを上げて生徒会役員になってしまったというのもあるけれど……)
「だ、ダメでしたか……?」
泣きそうな表情をする彼女に向かい、慌てて首を横に振る。
「まさか! ダメなはずないわよ、光栄だわ」
そう口にすると、彼女はほっとしたように安堵の笑みを溢す。
そんな可愛さに思わず顔が綻ぶけれど、攻略対象者とのイベントを他でもない悪役令嬢である私がぶち壊してしまっていることになり、これも悪役令嬢としての役回りなのか、と思わずどうでも良いことを考えてしまうけれど。
(まあ、良いか)
こんなにヒロインが可愛いんだもの、攻略対象者達が放っておく筈がないわよね! と開き直り、彼女に学園内を案内したのだった。




