45.物語-序章-⑥
「聖女ちゃんが現れたって本当!?」
生徒会室に入った瞬間、開口一番にカーティスに尋ねられたため挨拶をしてから頷く。
「ごきげんよう。えぇ、本当のことよ」
彼の言葉を肯定し席に着いた私に、今度はシールド様が口を開いた。
「何があったのか、教えて下さいますか」
(……面倒だわ)
ここ数日、魔法を使いすぎたため学園をお休みしていたから、聖女のマリー様が現れてからは初めての登校となるのだけど。
(初っ端から質問責め……、まあこうなるわよね)
マリー様が聖女の力に目覚めたあの日、周りには大勢の人々がいた。
彼女が聖女の力に目覚め、その魔法を街全体に遺憾無く発揮したことにより、死亡者、怪我人共に0という、願ってもみない奇跡を彼女が起こしてくれた。
その力がはっきりと証明されたこともあり、どこからともなく情報が号外などの記事となって漏れてしまったのだろう。
自然と漏れ出たため息をそのままに答える。
「話すと長くなるから嫌ですわ。それに、聖女様のお話は王族二人から聞いて下さらないと。
私に話す権利はございませんもの」
私の答えがお気に召さなかったようで、シールド様は眉を顰めるけれど、私は彼が嫌いだからそう言っているのではなく、本当にどこまで話して良いか分からなかったからだ。
(あの後、私も王太子殿下とマリー様と共に馬車に乗って登城したのよね)
そこでの会話は一通り聞いていたし、マリー様の件については改めて国王陛下直々に民に紹介されるともお聞きしたから、私から話すことは控えることにしたのだ。
(前世の記憶もあるから、余計なことを言うのも避けたいし)
「とにかく、私ではなくその話は王子二人からお聞きして」
「えー、だってまだ二人ともあれ以来登校してきていないよ?」
「! そうなのね」
私が寝込んでいる間も、彼らは国王陛下と話し合っているのだろう。
聖女の公表と今後について。
(それについては私も、少しだけ話に加わらせてもらっているけれど)
「聖女ちゃんって、平民なんでしょう? それも、孤児院出身だとか」
「そ、そんなことまで知っているの?」
「有名な話だよ」
カーティスの言葉に頭を抱える。
(これは、予想以上に情報が漏れ出ているのね……)
カーティスの言う通り、マリー様は街から最も近い孤児院出身の平民だ。
両親はおらず、赤子の時に孤児院の前に捨てられていたのを拾われ育てられた……というのが彼女の設定。
孤児院の中でも、明るく優しい皆のお姉さん的存在で慕われている、まさに聖女という立場に相応しい女性だということもゲーム中で描かれていたけれど。
(本当に、その通りだったわ……)
彼女がもし解釈違い……、いわゆる“嫌な女”状態だったらどうしようと思っていたけれど、その心配は杞憂だった。
王城に連れて来られた彼女は、ガチガチに緊張し、私にもグレアム様にも国王陛下にも、終始恐縮し礼儀正しい子だった。
(まるでその姿が子犬みたいだった、なんて思ったら失礼よね)
その姿を思い出してクスッと笑ってしまえば、カーティスは「そうだよね」と首に手を当て言った。
「気になるけど、国王陛下のお言葉があるまでは詮索しない方が良いよね。大人しく待つかあ」
「そうね。そうしてくれるとありがたいわ」
私が頷きそう返すと、シールド様は顎に手を当て言う。
「では、聖女様は今は王城にいらっしゃる、ということですね。そうでないと、彼女の身辺が危ないでしょうからそれが無難でしょう」
「だけど、それってかなり外聞が悪くならない? 聖女だとはいえ、城……つまり、一つ屋根の下に王子二人と一緒ということでしょ?」
そんな二人の会話を聞いて思う。
(やはり、国王陛下が危惧した通りね)
いくら聖女とはいえ、そのまま城に身を置いては彼女の外聞が悪くなるのは避けられない。実際、ゲーム中でも編入早々王子二人の親衛隊からそれを指摘され、嫌がらせを受けていた。
とはいえ、身元も知られているのに孤児院に戻すのは危険すぎる。
そんな中、白羽の矢が立ったのは。
「ご心配には及ばないわ」
「「え?」」
私の言葉に、二人の声がハモる。
そしてこちらを向いた二人に向かって、これだけは国王陛下から事前に話す許可をいただいている内容を告げた。
「彼女……、聖女様は今、私の屋敷にいるから」
「「……え!?」」
またしてもハモる二人の声に、屋敷で交わしたマリー様との会話を思い出した。
「はい、ここがあなたが今日から学園に入学するまで暮らす部屋よ」
そう言ってガチャリとドアを開けると、その部屋を目にしたマリー様は驚き慌てたように言った。
「こ、このお部屋が私が貸していただくお部屋、ですか!?」
「えぇ。何か不備があれば言ってね」
「ふ、不備なんて! むしろ恐れ多いです!!
平民の私なんかが使って良いお部屋では」
「その“私なんか”というのは禁止。あなたはその力を得た時点で聖女なの。
それに、このお部屋は来賓用のお部屋なのよ。
だから、気を遣う必要なんてないわ」
そう口にすると、彼女は暗い表情をする。
(彼女がこの表情をする理由を私は知っている。ゲーム中で彼女の心理描写が細かく描かれていたから)
彼女に本来ならば根付くはずだったトラウマは回避出来たけれど、彼女にはもう一つ憂いていた点があった。
だからこそ、ゲーム中であれば王城で過ごすことになっていた彼女を、国王陛下に進言し、我が家へと連れてきたのだ。
「安心して」
「!」
ふわりとマリー様の肩に手を置けば、彼女はビクッと肩を震わせる。
そんな彼女を安心させるため、微笑み諭すように言った。
「ここにいる限り、あなたは安全よ。
……とはいえ、いきなり聖女としての力を得たなんて言われても信じられないわよね」
「!」
マリー様は今とても不安なのだ。
無理もない、今まで魔法なんて使ったことのない彼女が突然力に目覚め、“聖女”と呼ばれ、救世主扱いをされるのだ。
同じ立場に立ったら私も戸惑ってしまうと思う。
でも。
「それでも屋敷の外を出れば、あなたは聖女として立ち居振る舞わなければならない」
彼女が下手に出てしまえば馬鹿にされてしまうし、だからといって驕り高ぶってしまえば妬みや嫉妬を買いやすい、危うい立場にあるのは間違いない。
だから。
「私が、あなたを守るわ」
「え……」
彼女の手を握れば、緊張からかその指先は冷たくて。
私はその手を温めるように握り、笑みを浮かべて言った。
「ここにいる私の家族や騎士団は皆、あなたの味方よ。
だから、私達を家族だと思って、遠慮なく頼って。
それから、あなたの心配は全て排除するよう努めるから。
魔法の扱い方も求められる立ち居振る舞いも全て少しずつ覚えていけば良いし、分からないことがあったら遠慮なく周りや私に聞いて。……といっても、私は学園に通わなければならないから、大体はお手紙になってしまうけれど」
「……どうして」
「え?」
「どうしてそんなに、親切にして下さるのですか」
真っ直ぐとこちらを見る金色の瞳と視線を合わせると、笑みを浮かべて言った。
「理由なんてないわ。私は、あなたが聖女だから優しくするとかそういうわけではなく……、上手く説明出来ないけれど、この国が好きだから。
あなたもこの国で共に暮らす民だから守りたい。
それでは、答えにならないかしら?」
その言葉に、彼女は目を伏せ、やがて意を決したように口にする。
「……いえ、そのお考えには賛成です。私にも守りたい人達がいます。
“災厄”、というものが私にはまだ分かっておりませんが、私がこの国を守れるというのなら。
精一杯、頑張りたいと思います!」
「!」
そう口にした彼女が笑みを浮かべ、力強く口にする。
その瞳にも、表情にももう先ほどのような迷いはなくて。
「……その意気ね」
と頷き笑ってみせれば、彼女もまた屈託なく笑ってみせたのだった。
「じゃあ、最後に質問を一つだけ。聖女ちゃんは、君から見て一体どんな子だと思う?」
カーティスの言葉に、少し考えてから口にした。
「そうね、私から言えることも一つよ。
彼女は自分の立場をきちんと理解し、しっかりと前を見据え始めている。
だから私も、負けてはいられないわ!」
「! ルビーに認められるなんてすごい子だね」
「負けていられない、というのは」
カーティスに続くシールド様の言葉に、私は挑戦的な笑みを浮かべて言葉を発する。
「聖女の力に頼りすぎないためにも、生徒達と共に私も鍛えないと!」
「……脳筋ですね」
「シールド様、聞こえていますわよ。……とにかく!
瘴気が日を増すごとに濃くなっている今、学園にもその魔の手は近付いている。
私達に出来ることは、この学園を、生徒達を守ることよ!」
そう力強く言い切った私に、彼らは真剣な表情で頷いたのだった。
そうして、再び日々に忙殺され、あっという間に私達は三年生に進級し、ついにゲーム本編の世界に足を踏み入れたのだった。




