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43.物語-序章-④

本日は9時、12時、19時の合わせて三話、更新いたします…!

 飛び続けて数分、雲の中心に程近い場所で降りようとした私が上空から目にしたのは。


「っ、なんてひどい……!」


 余程強く風が吹いたのだろう、家が半壊し、怪我人が多く倒れ込んでいる光景だった。

 この場所は城下の町外れで、貧富の差をなくす政策を行なっていても未だ残る貧民街のため、少しの衝撃で家が崩れやすくなっているようで。


「大丈夫ですか!?」


 慌てて空から舞い降り、つぎはぎだらけの服を着た倒れ込んでいるおばあさんに声をかけると、おばあさんはゆっくりと目を開けて……。


「……っ、ひ……!?」

「!?」


 私を見て驚愕に目を見開き、ガタガタと震え出す。


(もしかして私を魔物と勘違いしている?)


 そう思い、もう一度声をかけようとしたその時。


「ち、血のような紅の瞳……!」

「!」


 その言葉に、今度は私が息を呑み全身から血の気が引いていくのが分かった。


 ……紅の瞳。

 この瞳は、ルビーである私が生まれつき持つ瞳の色だった。

 だけど、この色は私の家族……ひいてはこの国で、誰一人として同じ色の持ち主はいない。

 いわゆる“突然変異”というものなのだけど。


(“紅”は、忌み嫌われ、危惧される対象……)


 今目の前にいる怯え切ったおばあさんと同じように、紅というのは、血を連想させてしまうらしい。

 そのため、私は幼い頃、裏ではこう噂されていた。

 “悪魔に好かれた最も生贄に近しい者”と……。


(……嫌な記憶を思い出してしまったわ)


 根も葉もない噂。それは分かっている。だけど、傷ついたのもまた事実だ。

 すっかり冷え切ってしまった身体を叱咤するように一度目を閉じ、深呼吸をする。

 そしてもう一度目を開けると、おばあさんから離れ、笑みを浮かべて言った。


「私は魔物ではありません。あなた方の味方です。

 ……お聞きしたいことがあるのですが、魔物はどちらに向かったか、教えて頂けますか?」


 既にここには魔物がいない今、私はその魔物を探し出して民を守る必要がある。

 そして、それが出来るのは私しかいないと自分を叱咤し、おばあさんに尋ねれば、おばあさんは目を丸くして恐る恐る指を指す。


「あっちの方へ……」


 おばあさんの震える手に一瞬手を伸ばしかけたけれど、その手を引っ込め、代わりに笑みを浮かべて礼を述べる。


「ありがとうございます」


 そう礼を述べてから小さく呪文を唱えれば、背中に翼が現れる。

 それを見て驚き目を見開くおばあさんに向かって、力強く告げてみせた。


「必ず、あなた方を助けます」


 踵を返し、地面を蹴る。

 後ろを振り返ることなく前だけを見据え、今自分がすべきこと……、魔物を退治することに意識を集中させる。そして。


(っ、見つけた……!)


 ついに、その姿を上空から捉えた。

 ゆっくりと気が付かれないように近付くと、その姿がはっきりと目に映る。


(予想していたよりも遥かに大きい……っ!)


 魔物はまるで、瘴気を纏うライオンのような大型の四足獣の見た目をしていた。

 ただし、ライオンと言っても大きさはその10倍はあるだろう。

 何せ、ギョロリと蠢く二つの真っ赤な瞳は、家の2階建て相当の高さから逃げ惑う人々を見下ろしているのだから。

 そして人々を誘導している中には、王家直属の騎士や魔導士の姿もあって。


(国王陛下が街を守るために普段より多く派遣しているというのは本当だったのね)


 視察中も数名見かけたけれど、本来乙女ゲーム中では騎士や魔導士の到着が遅れた。

 それは言わずもがな、王家が緘口令を敷いていたことで、民の前に騎士や魔導士の姿を現すことを避けていたからだ。


(だからこそ、ヒロインが現れ魔物を斃すまでに多くの犠牲を払った……)


 今のところ、街の家々が破壊されていることはありつつも人命を失ってはいないようだと、魔物に気が付かれないよう慎重に背後に降りようとしたけれど。


(っ、子供!?)


 魔物の目の前には、まだ十歳にも満たない小さな男の子がいた。

 そして、その傍らで倒れ込んでいるお母さんの姿もあり、男の子はお母さんお母さんと、呼び続け、魔物の存在に気付いていないようだった。


(このままでは危ない!)


 そう思った私は、魔物の注意を逸らすべく、迷うことなく魔物の背中に向かって呪文を唱えた。


「炎・龍」


 刹那、魔物の身体が現れた炎を模った龍によって締め付けられる。

 魔物は光に弱いため、火の光と温度が熱いことも相まって、思わず耳を塞ぎたくなるほどの断末魔のような叫び声を上げた。

 その叫び声に負けないよう、魔物の動きが封じ込められている間に素早く男の子の前に移動すると、お母さんを横抱きにし、男の子に声をかけた。


「あなたのお母さんは私が守る。あなたは自分の身を守りなさい。走れるわね?」

「っ、うん!」

「良いお返事ね」


 男の子に向かって笑みを浮かべると、その男の子の靴先目掛けて小さく呪文を唱える。


「風・羽」


 そうすれば、彼の身体が地面から数センチほど浮かび上がる。

 靴が光っていることに気が付き目を丸くする男の子に向かって言葉をかけた。


「もう時間がないわ。走って!」


 そう言って背中を押すと、男の子はダッと駆け出す。

 私が魔法をかけたことで、羽が生えたようなスピードだ。

 その後ろを空を飛んで追いかけ、魔物が見えるギリギリの位置で男の子を呼び止め、お母さんを下ろすと声をかけた。


「ここで待っているのよ。必ず助けるから」

「っ、うん……!」


 泣きそうな表情だったけど、泣かないで堪える男の子の頭を一度撫でてから、踵を返そうとした、その時。


「っ、後ろ!!」

「え……!?」


 男の子の声に反応し、振り返れば、目の前には真っ黒い靄が迫ってくる。


(っ、いけない! これは瘴気!!)


「風・(むかい)!」


 魔物が繰り出す攻撃である瘴気は、魔物を生み出すだけでなく濃い瘴気であればあるほど人の身体に害をもたらす毒となる。

 そのため。


「自分とお母さんの鼻を服で抑えて! 黒い空気を吸ってはダメよ!」


 そう後ろにいる男の子に振り返ることなく声をかけ、手からは瘴気を魔物の方へ押し戻すための強い向かい風を吹かせる。


「……くっ」


 これまでかなりの呪文を使い、既に魔力は限界に近い。それでも。


(私がここで諦めるわけにはいかない……!)


 ありったけの力を込め、これで最後と一層強い風を吹かせた直後、黒い靄のような瘴気は晴れた、けれど。


「……いない!?」


 魔物の姿は忽然と、姿を消していたのだった。

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