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42.物語-序章-③

 視察という名目で、彼と街中を歩いて分かったこと。それは。


「……あなた、顔が広いのね?」


 道行く人や店の主人に声をかけられる。

 それも、王族のみが使えるという魔法で変装している彼がまさか王太子だとは思わないのだろう、街の人々が気さくに話しかけてくるものだから、最初はヒヤヒヤとしてしまったけれど。


「視察を命じられなくても、城下にはよく来ているのね」


 そう尋ねた私に、彼は笑って頷く。


「あぁ。髪の色と瞳の色を茶色に変え、名前を“グレン”と偽れば意外と馴染むものだ。

 王太子という肩書きを背負って街へ赴いてしまえば、本来の街の賑わいや民の暮らしぶりを目にすることは出来ないからな」


 そう言って街を見渡せる場所まで私を案内してくれた彼は、悪戯っぽく笑いつつも街に目を向けた。

 その眼差しを見て……。


「……本当に、この国が好きなのね」

「え?」


 驚いたようにこちらを見る彼を見て、笑みを溢して言う。


「気が付いている? あなたが街や民と向き合っている時の表情はとても柔らかいもの。

 好きでなければ、そんな表情は出来ないと思うわ」

「……!」


 グレアム様は息を呑んだ後、照れくさそうに頬を掻いて口にする。


「……そう、だな。あまり考えたことはなかったが、そうなんだと思う。

 君の言う通り、俺はこの国が好きだ。だからこそ、守りたいと思う。

 それに気付かせてくれたのは、他でもない君だ」

「私?」


 思いがけず私の名が出てきたことで今度は私が驚く番で。

 彼はクスッと笑って言った。


「君が『街を見て周りたい』と言ったのはなぜなのか尋ねたら、『民の暮らしが見たい』と言った。

 未来で王妃になる立場なら、この国が、人がどうなっているのかを知るべきだと」

「……その考えには賛成だけど、言ったことは覚えていないわ」

「だが、間違いなく君がそう言った。だからこそ、俺は気が付くことが出来たんだ。

 それまで自分は、街のことを知ろうとせず、城の中で机に向かい、教師に教えてもらう……あくまで紙面上だけの国しか見ていなかった。

 王太子という立場だから国を守らなければいけない、そんな漠然とした義務感だけでただひたすら机に向かっていた。

 だが、それではいけないのだと、君の言葉を聞いて思った」


 グレアム様はそう言って笑う。


「君が婚約者でいるうちにもっと早く城下に誘えば良かったんだが、さすがに国王陛下から許可が降りなかった。

 ただでさえ近衛兵がいたとしたも、城下でお忍びで王太子が視察以外で出歩くことを、陛下にはいつも眉根を寄せられるからな」


 その言葉に、思わず陛下の顔を思い出してクスッと笑って言う。


「確かに、国王陛下のお顔が目に浮かぶわ」

「だろう? だから、今日君が自ら視察に同行したいと言ってくれて良かった。

 思いがけず、デートにもなったし」

「っ、だから違うと言っているでしょう!?」

「ははは」


 反論した私にグレアム様が笑う。


(確かに、彼が視察に赴くと言わなければ、城下に訪れる機会はなかった)


 グレアム様が視察に行くと言ったから、物語の序章であるヒロインの覚醒イベントを思い出せたこともあるし、それに。


「グレアム様……、いえ、グレン」


 今日限定の彼の呼び名を言い直せば、驚いたようにこちらを見る彼と目が合って。

 私は自然と笑みを浮かべて言った。


「ありがとう。あなたのおかげでこの街のことを、国のことを前より少しだけ知ることが出来た気がするわ。

 それに……」

「?」

「……いえ、何でもないわ」


 言おうとした言葉を噤むと、グレアム様は首を傾げる。


(楽しかった、なんて言うべきではないわよね)


 期待をしてもらっては困るもの、と彼の気持ちを知る私は喉奥にその言葉を消す。

 代わりに笑みを浮かべれば、グレアム様が何か口を開きかけた、その時。

 ザァッと不意に強い風が吹き荒れた。


(っ、これは、もしかして……!)


「風が強くなってきたな。そろそろ帰ろうか」


 そう口にした彼の言葉には答えず、みるみるうちに黒い雲で空を覆っていくその光景から目を離さずに呟く。


「……来る」

「え?」


 首を傾げたグレアム様の姿に、私は叫ぶように言った。


「魔物が来るわ! グレアム様、人々を避難させて!」

「え……!?」


 絶句する彼に説明する暇はない。

 だけど、先ほどまで茜色に染まり始めていた空が不気味なほど分厚い雲に覆われてしまえば、これが異常現象であることは容易に予測出来たのだろう。

 グレアム様は尋ねた。


「君はどうするんだ!」

「どうするも何も、魔物を退治するしかないでしょう!」


 そう口にするや否や、呪文を唱える。


「風・翼」

「!」


 私の呪文に呼応し、背中に純白の翼が現れる。

 それを見て目を見開く彼に対し声を荒げた。


「ボサッとしてないで早く避難!」

「は、はい!」


 私の剣幕に慌ててグレアム様が駆けていくのを見届けてから、地面を蹴り音もなく空へと舞い上がる。


(っ、やっぱりゲームでプレイした通りだったわ!)


 聖女の覚醒イベントでは、瘴気が濃い強い魔物が現れる。

 その予兆として、夕焼けの空がまるで渦巻いたような真っ黒な分厚い雲に覆われ、渦の中心から魔物が降臨するという描写があった。


(だから、渦巻いた雲の中心に向かえば……!)


 真っ暗な空の下、猛スピードで雲の中心へと向かう。

 その間に頭を過ぎるのは、民が亡くなる最悪の場面。


(お願い、どうか間に合って……!)


 視察中、ヒロインの姿を何気なく探してみたものの、その姿は見当たらなかった。

 だから、ヒロインが現れるまでは私が時間稼ぎするしかない。


(この魔物は、瘴気が濃いから光属性が使えるヒロインがいなければ斃せない)


 つまり私に出来ることは、あくまで時間稼ぎだけ。

 それでも、十分に価値はあると信じて、ただ民を……、グレアム様だけでなく私も大好きなこの国を、守るために。

 少しも臆することなく、今もまるで巨大な龍のように蠢く真っ黒な雲の下を、どうか間に合ってと願いながら飛び続けるのだった。


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