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40.物語-序章-①

(な、なぜこうなってしまったのかしら……)


「ルビー、寒くはないか? これを使うと良い」


 そう言って私の膝の上にご丁寧にブランケットをかけてくれる向かいに座る彼……、グレアム様の姿に内心頭を抱える。


(本当に、面倒くさいことになったわ……)


 馬車の中で二人きり、それも元婚約者同士で街に行ったなんて知られたら、あらぬ誤解が生まれてしまう。

 それでも行かざるを得ない理由が私にはあるため、逃げるわけにはいかない。

 ……そう、“未来”を知る私は知っているのだ。


(今日は街でヒロインが聖女の力に目覚める日だって……!)





 事の発端は、冬休みが明けたばかりの生徒会で行われた会議のことである。


「冬休みに入ってから、魔物の動きが徐々に活発化していっている。

 今現在君達も生徒に働きかけてくれているおかげで、冬休みの期間中に生徒の目の前に魔物が現れることもあったようだが、大きな怪我はなく退治に成功していると報告が上がっている」


 ヴィンス先生の言葉に内心ホッと息を吐く。


(よかった。ゲーム中では少なからず生徒達が犠牲になっていたという描写があったから……)


 この世界は、前世私がプレイした乙女ゲーム、『この世界で生きるために』、通称『このせか』の世界である。

 舞台となるスワン王国を統べる王族は、“百年に一度の災厄”についての緘口令を敷き、百年に一度、地下世界から流れる瘴気から魔物が生み出される災厄が迫っていることを隠していた。

 そして、節目の年の百年にあたる一年前から徐々に魔物が増えていることをも隠し通した結果、国民や学園の生徒達から犠牲が出始めたことで、ようやく“百年に一度の災厄”が近いことが露見された。

 直後、災厄を救うために救世主となる一人の女性……後の聖女が現れる。

 それこそが『このせか』においてのプレイヤーであり正真正銘物語の主人公なのだ。


(だけどここで、イレギュラーが発生した)


 ゲーム中の悪役令嬢“ルビー・エイミス”が服毒した衝撃で、前世のゲームの記憶を持った“私”が転生してきたことだ。

 彼女が服毒したのが五ヶ月前。

 その日から私は、今に至るまで彼女の身体を使い、自分に出来ること……ゲーム中の最悪のシナリオを回避すべく、自ら革命と称し生徒会という地位を得て活動している。


「以前エイミス嬢が提案してくれた城下での対魔物対策の魔法指導も、王命により魔導士や騎士を派遣し、少しずつではあるが行われているようだ。

 ただ少々難航しているようで、未だ瘴気や魔物の存在を信じたくない人、信じられない人々がいるらしく、魔法強化に積極的な者とそうでない者達がいるらしい」

「城下での魔物の出現は」


 私の問いかけに、ヴィンス先生は答える。


「幸い、魔物は姿を現していない」


(……ここは、ゲームと違っているわね)


 魔物は、強い魔法に惹きつけられやすい。

 そのため、あまり魔力を持たない平民にほとんど被害はなく、より強い魔法使いを探し、目の前に現れる。

 それでも、ゲーム内では聖女の覚醒より前に平民にも少なからず犠牲が出ており、また、緘口令を敷いていた王族はそれらを“謎の不審死”として処理していたそうだけど……。


(私が転生しているから変わったのかも)


 とにかく犠牲が出ていないなら良いわよね、と安堵し、ゲームの大事な根幹……プロローグを思い出す。

 プロローグ中、まだ入学前の主人公が沢山の人々が行き交う城下で魔物と遭遇し、聖女の力が覚醒するのだけど。


(これが、最悪のシナリオなのよね)


 魔物は主人公の秘められた強い魔力に吸い寄せられてやってくるのだけど、最初は魔力の持ち主が誰だかを特定出来ず、闇雲に人々を手当たり次第攻撃する。

 そうして次々と街を破壊していく中、ようやく魔力の持ち主である主人公の姿を捉え、主人公も自分を探して多くの犠牲を生んでしまったことに気が付き、殺されそうになったところで“光属性”……魔物を弱める効果があり、人には治癒として働くその力に目覚める……。


(問題は、多くの犠牲が出るという点)


 確かに、主人公が覚醒することによって怪我の程度に拘らず生きていれば治癒の効果が出る。ただこれは、生きていればの話だ。


(死んでしまった人々の命は蘇らない)


 主人公も、その光景を思い出すたび自分を責め、トラウマとして深く彼女の心に根付く。

 しかも、この世界は物語ではなく現実。“百年に一度の災厄”は紛うことなく来年に迫っているから、主人公が聖女の力に目覚めること自体は必須だ。

 だけど。


(転生した私がいれば、この犠牲を未然に防ぐことが出来るのではないかしら?)


 最終的に聖女の力にヒロインが目覚めさえすれば、犠牲を最小限に抑えることが出来るのではないか。

 そんなことを考えていた私の耳に、ヴィンス先生が話を締めくくろうとしたその時、グレアム様が手を挙げた。


「特に異論はないと思うが、一応報告しておく。来週末に街の様子を見に行くことになった。王太子として、生徒会会長としての国王陛下の命だ」


(来週末、街の様子を見に行くって)


「……あ!?」

「ル、ルビー?」


 思わず声を上げた私に、皆の視線がこちらに集中するけれどそれどころではない。


(それって正真正銘聖女覚醒イベントのフラグよね!?)


 小説中、王太子であるグレアムは国王陛下に命を受ける。

『城下の視察をせよ』と。

 国王陛下が言う“視察”には、緘口令を敷いているが故に表沙汰に出来ない“魔物の被害”が、城下の民にどんな影響が出ているかを秘密裏に探るという密命を担っている。

 その視察によって、言わずもがな偶然ヒロインと王太子は魔物と遭遇し、これまた偶然……というか必然の運命として彼らは出会うのだ。


(私が緘口令を破ったことで状況が変わっていても、イベント自体は変わっていない)


 つまり、どんな異分子があろうと物語の大まかなシナリオは、変わることなく展開通りに歩もうとしている証拠……。


「ルビー?」


 再度グレアム様が戸惑ったように私の名前を呼ぶ。

 そんなグレアム様に対して、私はゆっくりと口を開いた。


「グレアム様。その視察に私も同行させていただけないかしら?」

「「「……えっ!?」」」


 グレアム様を含め、その場にいた生徒会の面々が驚きに声を上げる。

 それでも、この決断を譲ることは出来なかった。


(転生してから今まで、そしてこれからも。私にしか未来は分からない)


 だったら、物語の筋道通りに進むシナリオ……多くの犠牲を払って進むそのシナリオを見て見ぬ振りは出来ない。


(ルビー・エイミスの革命はまだまだ始まったばかりよ!)

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