39.二学期交流会⑤
第一章、終幕です。
一度寮へと戻り、会場へ着いた私は、顔を隠すようにして優雅に歩く。
それだけで視線を集めているけれど、その視線には目もくれず目的の場所へと歩くうち、ふと視界の端に見知った一人の女性が何人かの女性に囲まれているのが見える。
とてもではないけれど、穏やかに話し合っているような雰囲気ではなく。
自然と足先をそちらに向け、囲まれている女性に声をかけた。
「ごきげんよう。私も交ぜていただけるかしら?」
「ル、ルビー様!?」
ルビー様、というシンシア様の言葉で私が誰だか気が付いたらしい女子生徒達は分かりやすく一歩後ずさる。
シンシア様の瞳は驚愕の色に染まっていて。
無理もない、私の装いが先ほどとは違い、真逆の装いをしているからだろう。
「ど、どうして」
そう言葉にしたのは、シンシア様ではなく取り巻きの女子生徒達で。
私は笑みを浮かべると、口を開いた。
「私も、こう見えて一令嬢ですわ。それとも、私にこのような格好は似合わないかしら?」
そう言って顔を隠していた扇子から少しだけ口元を見せ、首を傾げてみせれば、彼女達はブンブンと首を横に振る。
「いえ、いえ!? そんな、とてもよくお似合いです!」
「綺麗です、色気もあって」
「まあ、嬉しい。ありがとう。それで? 私の友人に何か?」
話を元に戻そうとすれば、彼女達は慌てたように首を横に振る。
「い、いえ! 何も!」
「そ、そう! 何もございませんわ」
「ご、ごきげんよう」
そそくさと蜘蛛の子を散らしたように姿を消す女子生徒達の姿に心の中で息を吐いてから、シンシア様に向かって声をかける。
「遅くなってしまってごめんなさいね」
「い、いえ、そんな……、ですが、どうしてそのような格好を? もちろん、とても素敵ですが……」
戸惑うシンシア様に向かって肩をすくめる。
「ちょっとした人助け、かしら」
「え……?」
そう言って目を向けた先には、案の定悲壮感漂っているグレアム様の姿があって。
(一見笑っているように見えるけれど、知っている人から見れば作り笑いも同然。王太子失格ね)
本当、良い加減幼馴染離れしていただきたいのだけど。
なんて思いながらも、シンシア様にもう一度目を向けて言う。
「カーティスは?」
「あ、その……、他の方々にご挨拶に」
「はあ? あなたを置いて? あれだけ目を離すなと忠告したのに信じられない男ね!」
「い、いえ、私が悪いのです」
彼女の言葉に首を傾げたその時、あの能天気な声が耳に届く。
「やあやあお待たせ」
そう言いながら、私を見て……驚いたように目を見開き固まった。
「ルビー!? 驚いた、一瞬誰かと思った」
「そんなことより、どうして彼女から目を離すの!」
「あー……、もしかしなくても囲まれちゃった感じ? ここなら人目につかないかなと思ったんだけど」
「それが問題なのよ! 全く信じられない!」
「ごめんって」
謝る相手は私じゃないでしょう! と話すうちに、シンシア様に裾を引っ張られる。
「ル、ルビー様! 見られています」
「え?」
気が付けば、私達の周りに何事かと人集りが出来てしまっていて。
彼らは口々に言う。
「扇子で顔を隠しているあの方は誰だ?」
「とても綺麗ね……」
男女問わず、私が誰だかを分かっていない様子で。
それが面白くてクスッと笑うと少しだけ声を張りつつ優雅に告げた。
「ごきげんよう、皆様。交流会ももうすぐ幕が下りるお時間ですわね。
もしよろしければどなたか一曲、私と共に踊っていただけないかしら?」
そう口にすると、辺りがざわざわとざわつき始める。
当然だ、女性から男性にダンスを誘うなんて、それも扇子で顔の半分を隠していることで、別人に扮した私が誰だか分からないことも要因だろう。
そんな中、一人の男性が私に近付いてきた。
その男性の姿を見て女子生徒からは悲鳴交じりに声が上がる。
「お、王太子殿下っ!?」
(……来たわね)
扇子の下で口角を上げた私に、王太子殿下……グレアム様は私の目の前までやってくると、跪いて言った。
それはまさに、絵本の中で見る王子様そのもの。
そうして彼は、私を見上げて言葉を発した。
「大輪の薔薇も見劣りしてしまうほどに気高く、麗しきご令嬢……、いや、ルビー・エイミス嬢。
私とどうか、最後の曲を踊っていただけますか?」
そう言って懇願するように見上げた彼に、私はクスッと笑う。
(……及第点ね。良い加減諦めて欲しいものだけど)
まあ、良しとするわ、と扇子を閉じて顔を晒せば、私がルビー・エイミス……騎士服姿ではない、真っ赤なドレスに身を包んだ令嬢然とした格好に、誰もが息を呑んだのが分かって。
私は口元に笑みを湛えたまま、彼の手を取り言葉を紡いだ。
「はい、王太子殿下。喜んで」
そう口にすると、彼にエスコートされ、ダンスホールへと導かれる。
そうして流れ出した最後の曲に、グレアム様は呟くように口にした。
「本当に驚いた。まさかドレスに着替えてくるとは……。そのドレスは、一体?」
「……お父様が送ってきたのよ。騎士服だけで良いと言ったのに」
お父様にご許可をいただいた直後送られてきたのは、騎士服だけではなかった。
“万が一のために武器はいくつあっても良い”。
そのメモは実にお父様らしくも、お節介だなとも思ったけれど。
「そうか、辺境伯が。先ほども言ったがとてもよく似合っている」
「ありがとう。相変わらず口がお上手ね」
「……君以外の女性には言わないんだが」
その言葉を華麗にスルーしたというのに、彼はめげることなく話しかけてくる。
「俺のために着てくれたのか?」
思わず顔を上げれば、先程の悲壮感はどこへやら、嬉しそうに笑うものだから視線を逸らして言う。
「勘違いしないで。私も副会長として最後の曲を踊らなければと思っただけよ。
お父様に折角いただいたドレスも、タンスの肥やしになるのは勿体無いと思って」
「そうか。君はやはり、素直には認めてくれないか」
「どういうこと?」
意味が分からず尋ねた私に、彼はどこか艶やかに笑って言う。
「君は俺を嫌いだと言いながら、嫌いではないのだと思って。本当に嫌いなら、エディのことも俺のことも捨て置けば良いだろう?」
「っ、それは国の未来が心配で見ていられないだけよ」
「どんな理由であれ、俺達は君に助けられているんだ。ありがとう、ルビー」
「……お礼だけ、受け取っておくわ」
なんだか悔しくて目を合わせずにいれば、彼が私の耳元で囁く。
「目を合わせて」
「!」
反射的に顔を上げた私に、グレアム様は笑う。
そして一言、聞き捨てならない言葉を言い放った。
「やはり君を諦めない」
「……はあ?」
「君が振り向いてくれるまで、何度でも告げよう。君のことが好きだ」
「!?!?」
(〜〜〜やっぱりこの人いや!!)
ダンスをしているため逃げも隠れも出来ず、その分後で徹底的に無視してやろうと心に誓うのだった。
その光景を、2階のギャラリーで見ていたヴィンスは笑う。
「ふふ、二人とも、本当に大きくなったね」
そう呟いてから、息を吐く。
「……彼らの幸せを守ってあげたい。だけど、私は無力だ」
拳を握り振り返れば、窓の外では無数の星々が夜の空で瞬く。
そんな不気味なほどに静かで穏やかな空を見上げながらヴィンスは口にした。
「……もう、時間がない」
その言葉は誰の耳に届くことはなく、賑やかな会場の空気に淡く溶けて消えた。
こちらで一区切りとさせていただきます!
いかがでしたでしょうか?
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二章では、ヒロインがいよいよ登場します!なぜルビーが強いのか、彼らに関わろうとするのか、王太子との婚約を解消したのかも明らかになりますので、是非最後までお付き合いいただけたらとても嬉しく思います。
二章開始まで少々お時間をいただき、来週中の再開を予定しております。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします…!




