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3.王太子殿下との婚約解消①

 グレアム・スワン。

 スワン王国第一王子であり、ルビーの幼馴染兼婚約者。

 金色の髪に宝石を埋め込んだかのような碧眼の瞳を持ち、宛ら精巧に作られた人形のように彫りが深い鼻梁と薄い唇。見目麗しいその姿は、まさしく世の大半の女性が思い描く、物語に出てくる王子様像そのものということもあり……。


(“このせか”内で最も人気を集めた攻略対象者)


 性格は優しく紳士的な振る舞いをする完璧な王子様だが、恋愛には奥手という、何とも乙女心を擽る設定を詰め込んだキャラクターなんだけど。


「……何故」

「!」


 いつの間にか目の前に来ていた彼に両肩を掴まれる。

 そんな彼は怖い顔をして言った。


「何故俺との婚約を破棄した……っ」


(……“俺”、ね)


 彼は人前では自分のことを“私”と呼ぶ。

 だけどそれは、あくまで人前で王子様的振る舞いをする彼の仮の姿。


(つまり、一人称に“俺”を使うこちらが彼の本性)


 それは、ルビーとして転生し、彼女の記憶にあるから分かったこと。

 そう冷静に考えている私とは対照的に、彼は矢継ぎ早に捲し立てる。


「その格好……、もしかしなくても他の男に心変わりしたのか!? 次の婚約者を見つけているから俺はいらないと、何の断りもなしに婚約破棄をしたのか!? 夏休み中に一体何があったんだ!」


(心変わり……)


 彼の口から飛び出た言葉に思わずクスッと笑ってしまうと、彼は眉間に皺を寄せて言う。


「何がおかしいんだ」

「何がおかしいって、おかしいことだらけよ」

「!?」


 距離の近い彼の瞳を真っ直ぐと見据えながら、口元に手を当て不敵に笑ってみせる。


「容姿が変わったから、婚約を()()したからこの私が心変わりしたと? 

 ……ふふっ、それだとまるで最初から私があなたのことを好きだったというような口振りね」

「っ……」


 絶句する彼に、私は前もって用意していた言葉を突きつける。


「あなたとの婚約を解消したのは、単純に鬱陶しかったのよ。あなたのことが」

「!?」

「婚約者ヅラをして、人の容姿や能力にまで口出しして」

「お、俺が能力にまで口出ししたことなんて」

「えぇ、ないわよ。だけど、目は口ほどに物を言うわ」

「それは……っ」

「まあ、今更どうでも良いのだけど。……そんなことより」


 私は未だに両肩に置かれた手の片方を捻りあげる。

 そう強くはしていないはずだけど、顔を歪めた彼に向かって口を開いた。


「淑女であるこの私に気安く触らないでくださいます?

 もう私達は婚約者などではない“赤の他人”なのですから」


 私の口調が変わったことに気が付いたのだろう。

 男性にしては大きな瞳が更に見開かれたのを見て、私は掴まれた両肩を手で払いながら続けた。


「言っておきますが、婚約解消は既に国王陛下並びに王妃殿下、それから私の両親双方のご許可をいただいておりますから、あなたが泣こうが喚こうがこの取り決めは絶対に覆ることはありません。

 そのため、今後一切私の婚約者を騙りませんようお願いいたしますわ」


 それでは、と踵を返したと同時に呼び止められる。


「ルビー!」


 必死な声音で名を呼ばれ、仕方なく振り返った私に、彼は小さく尋ねる。


「どうして……、一人で勝手に婚約を破棄したんだ。せめて事前に相談してくれれば、俺は」

「相談したら()()して下さいました?」


 最後まで彼の言葉を聞くことなくにこりと笑みを浮かべて尋ねれば、彼が分かりやすく言葉に詰まったのを見て、更に言葉を告げる。


「答えは簡単です。……あなたのそういうところが()()()()嫌いだからですわ」

「……!」


 未練がましい彼にとどめを刺すつもりで決定的な言葉を口にする。

 案の定驚愕にその場で固まってしまう彼に向き直ると、優雅に淑女の礼をする。


「それでは、ごきげんよう」


 そうして踵を返した拍子に視界に入った長い髪……、以前の三つ編みではなく、下ろした状態の髪が反動でふわりと舞うのを横目に、迷うことなく寮へと向かって歩く。


(思えば、ルビーはいつも彼の言いなりだった)


 容姿については「目立つな」と言われたから、指定された通りに三つ編みに眼鏡を着用していたし、能力……魔法については。


(彼より私の方が遥かに上回っていた)


 私達が十歳くらいの頃、一度本気で手合わせである魔法勝負をしたことがある。

 その時私が勝利してしまったことで、敗者となった彼は悔しそうに顔を歪めた。

 それに合わせ、周囲の反応も戸惑ったように、その場がシンと静まり返ったことも記憶の中に鮮明に残っている。

 そうしてルビーは気が付いてしまった。


 自分に求められていたのは勝利ではなく、あくまで婚約者であり王子である彼を立て、自分が敗者となるべきだったことに。


 それ以来彼と直接手合わせをすることはなかったものの、ルビーは学園に入学後、結果が出る座学や実技試験において、婚約者としての体裁を保てる程度に手を抜くようになった。

 全ては婚約者であった彼のために。

 ……あぁ、なんて。


(健気で愚かなのかしら)


 そうやって彼の言いなりになった結果、彼女を待ち受けていたのは不幸な結末。

 聖女が現れれば、彼はこちらを見向きもしなくなる運命なのだ。


(そんなのは絶対にごめんだわ)


 窮屈で我慢をしても幸せを掴めないのなら、自由に思いのまま、自分らしく生き抜いてみせる。


(それが新生ルビー・エイミスの生き方よ!)


 腰あたりまである長い髪に指を通せば、絡むことなくさらりと元の位置へ流れるように落ちる。

 その手を今度は目元に持っていくと、分厚い眼鏡の縁が指先に当たることはなかった。


(ふふ、これで鼻が痛くなるという悩みも無くなるわね)


 新生ルビー・エイミスの改革の手始めは、彼の言いなりだった容姿を変える。

 固くきっちり縛っていた三つ編みを解き、分厚すぎる伊達メガネは外して使う予定はないと実家に置いてきた。

 それだけで解放された気持ちになって、いつもの光景が何倍も広く輝いて見える。


(こういうのを前世では“高校デビュー”というのよね)


 前世で私が死んだのは、丁度今のルビーと同じ17歳だけど、高校は疎か学校に一度も通うことがなかった私にとって、これが初めての学園生活となる。


(前世では叶えられなかったことも含めて、思う存分学園生活を満喫させてもらうわ!)


 ルビーが諦めた人生を私が代わりに謳歌するぞと意気込み、寮の門を潜ったのだった。

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