38.二学期交流会④
「パートナーは、いない」
グレアム様の不自然なまでに歯切れの悪い言い方に、私は……。
「……はあ?」
開いた口が塞がらなくなってしまう。
そんな私に、グレアム様は少しムッとしたように口を開いた。
「だから、パートナーはいない。それは君だって同じだろう?」
その言葉に私は我に返り、ようやく意味を理解して……。
「同じなわけないでしょう!?」
「!」
そう言って、一気に思ったことを捲し立てる。
「あなたって本当にバカね! 常日頃から思っていたことだけどここまでおバカだとは思わなかったわ!」
「バ……!?」
「パートナーを伴わないなんて……、ましてや王太子という身分と生徒会会長という立場からして生徒のお手本にならなければならないとどの口が仰っていたのかしら!?」
いくら交流会が簡素なものだとはいえ、彼は王太子であり生徒会会長という生徒の上に立つ人。
そのため、パートナーを同伴しないこと自体があり得ないのだ。
「あなたにならいくらでも伝があったでしょう!?
王族であるのだから、従兄弟であり卒業生である女性に頼んでカモフラージュするとか!
問題はパートナーを同伴しないこと自体がマナー違反なのよ!」
「そ、そういう君はどうなんだ。君だって連れていなかったじゃないか」
「見れば分かるでしょう? 私の今回の目的は、国王陛下に忠誠を誓うこと。
新たなパートナーを探しに来たわけではないし、私は私の考えがあって……、国を守るという忠義を国王陛下に捧げることで生徒達の手本になり、同時に少しでも皆の不安材料を取り払うことが出来ればと思い、こうして交流会に参加して責務を果たした。
生徒達の手本にならなければと口先だけ言ってパートナーを見つけられなかったあなたと一緒にしないで」
そう言って彼を睨むと、彼は逡巡したように口を開いた。
「……違う、見つけられなかったのではない、誘えなかったのだ」
「それってもっとヘタレじゃない」
「うっ……」
グレアム様の呻き声に、私ははーっとため息を吐くと、彼に背中を向けて言った。
「早く行きなさい」
「え?」
「誘えなかったということは、いるんでしょう? パートナーにしたい方が。
元婚約者の私にいつまでも付き纏っていないで、その方の元へ行って婚約者になってほしいと頼んできなさいよ。
王太子殿下のお言葉なら、聞き届けてくださるはずよ」
そう口にすれば、グレアム様は押し黙った後呟くように言った。
「……いや。彼女は聞き届けるどころか、上手く躱されてしまう。何を考えているのか、教えてくれない」
「!?」
思わぬ言葉に振り返れば、グレアム様は下を向いている。
(か、彼にこんな風に言わせるなんて……)
「王太子殿下の言葉を聞かないなんて、相当魔性の女ではない?」
「ま……っ、確かに、そうかもしれない……」
彼は反論しようとしたけれど、出来なかったらしい。
思い当たる節があるようだ。
私は息を吐き、口にした。
「あなたがどなたを選んでも私には関係ないけれど、あなたが次期国王となることを忘れないように。
でないと、甘い言葉に騙されそうで見てられないわ」
「だ……まされていないと良いんだが」
「…………」
優柔不断な彼と話すのが面倒になって立ち去ろうとした私に、彼は慌てたように言う。
「い、今からでも間に合うだろうか!?」
「……ラストダンスまでに間に合えば良いんじゃない」
王子という立場上、彼はどなたかと、交流会の間に一度はダンスを踊らなければならない。
そして、これは皆共通なことではあるが、ラストダンスはパートナーや婚約者……つまり、本命と踊ることを意味している。
(そんなに難しい方なら断られそうだけど)
「まあ、頑張ることね」
そう口にし、彼の方を振り返ることなく歩き始めた、その時。
「……俺がパートナーに望むのは、君だけだ」
「え……!?」
刹那、彼の腕の中にいた。
驚き身をよじろうとするけれど、彼は私を離してはくれない。
「やめて、離して」
「婚約を解消された時、俺はまるで冷水を浴びせられたような気分に陥った」
「!」
その言葉に、思わず動きを止める。
彼はそのまま言葉を続けた。
「幾度も連絡を取ろうとしたが取り合ってはくれず、ようやく学園に戻ればまるで別人のようになった君がいた。
俺との婚約がそんなに嫌だったのかとショックを受けたが、それでも、今の方が君らしく過ごせているのかとそう思っていた。
そうして一緒に過ごすうちに気付いた。
やはり君は、別人のように変わったのではなく以前の君に戻ったのだと」
「……!?」
思いがけない言葉に息を呑んでしまったけれど、ハッとして彼を突き飛ばした。
「し、知ったような口を利かないで!」
「っ!」
突き飛ばしてしまったことにほんの少しの罪悪感を抱きながらも、拳を握りしめて言った。
「わ、私は変わったの! ……あの頃とは違う。
弱かった自分とはおさらばしたの!
昔の私みたいだなんて言わないで!」
そんな私の怒りに、グレアム様が怯んでいるうちに言葉を発する。
「それに私をパートナーにしたいって何!?
今まで揶揄うような真似をしていたのは冗談ではなかったということ!?」
グレアム様は少し間を置いた後口にした。
「冗談などではなく、俺は君をまた婚約者にしたいと思っている」
「……!」
彼が私に近付く。思わず後退りしようとした瞬間、何かに躓いてしまい身体が傾ぐ。
そんな私の手を、グレアム様が駆け寄ってきて引いてくれたことで、転ばずに済んだ。
お礼だけは言おうと顔を上げた私の視界に、彼の顔が至近距離で映って……。
「……っ」
何とも言い難い切な気な表情で見下ろす彼に何も言えなくなってしまう私に、彼はその表情を湛えたまま言った。
「……この気持ちを、どうにか押し殺そうとした。そうすれば、君と今までのように一緒にいられる。それは分かっていたが……、やはりこの気持ちを抑えるのは無理だった」
「グレアムさ」
「好きだ」
その先の言葉を紡がせまいとした私と、それを分かっているように被せてきた彼のその決定的な一言が降ってきたのは、同時のこと。
驚愕に目を見開いた私に、彼は私の手を離し、一歩後ろに下がってから言った。
「……婚約していた時……、最初から素直に自分の気持ちを伝えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない」
そう言って申し訳なさそうに微笑んだ彼は、自嘲気味に笑って言った。
「……いや、こんな俺では、君とは釣り合わなかっただろうか」
「……っ」
あまりにも傷ついたような表情をするものだから、いつものように冷たくあしらうことも出来ず、戸惑う私に、彼は今度こそ笑って言った。
「ごめん。君を困らせるだけだと分かっていた。忘れてくれ。……もう君とは、今までのようには関わらないようにするから」
「!」
それだけ告げると、彼は私を置いて踵を返して行ってしまう。
その背中を見て呟いた。
「……そんな顔で会場へ戻るの?」
その呟きは宵闇に溶けて。
(〜〜〜あぁ、もう!)
私は踵を返すと、会場とは反対の方向へ向かって駆け出したのだった。




