37.二学期交流会③
騎士の礼を執り、頭を垂れた私に国王陛下のお言葉が届く。
「面を上げよ」
何事かと会場が静まりかえる中、国王陛下のお言葉に顔を上げると、陛下は小さく笑みを浮かべて口にした。
「息災なようだな」
「はい、おかげさまで。王太子殿下であらせられるグレアム殿下、並びに第二王子殿下であらせられるエディ殿下にも、いつもお世話になっております」
そう答えた私に、国王陛下が頷き言った。
「して、今宵はなぜそのような格好を? などと聞くのは無粋だろうか」
「いえ、滅相もございません。私がなぜこのような格好……、我が家の騎士服に身を包んでいるのかと言いますと、この場をお借りして、国王陛下、並びに王子殿下方に一生の忠誠を誓わせていただきたいと考えたからです」
「……ほぅ」
そう言って口角を上げた国王陛下のお姿に、私も笑みを返した後、跪いて声高に告げた。
「我が家を代表し、ルビー・エイミスが国王陛下、並びに王子殿下お二方が世を治める次世代に渡り、一生の忠誠を誓います。
この忠誠は、我がエイミス辺境伯家の名にかけて、スワン王国の盾となり剣となることの絶対の誓い。この命、魂にかけて、“百年に一度の災厄”をも必ずや撥ね退けてみせましょう」
そう告げて再びその場で騎士の礼を執ると、国王陛下がお言葉を口にする。
「……エイミス辺境伯家長女ルビー、そなたの気高き魂、しかと受け取った。その剣と盾にかけ、そなた達の誇りに違わぬよう、我々もスワン王国の更なる発展に尽力すると約束しよう。感謝する」
その言葉に、私は国王陛下を見上げると笑みを浮かべて再度頭を垂れた。
「とっっっても格好良かったです!」
シンシア様のキラキラとした瞳に、私は笑みを溢す。
「ありがとう」
その隣にいるカーティスが苦笑いして言った。
「まさか、“忠誠の誓い”を立てるためにエイミス騎士団の制服を着てくるとは思わなかった」
カーティスの言う“忠誠の誓い”とは、辺境伯家に代々伝わる王族や主君に忠誠を誓う文言のこと。
先程の言葉もその文言通りとはいかないけれど、お父様が以前行っていたのを見て、私も忠誠をと思い、今日この場をお借りして誓わせていただいたのだ。
これも私の計画の内よ、と心の中で思いながら首を傾げて言う。
「あら、“忠誠の誓い”を立てなかったとしても、私はこの騎士服を着てくるつもりだったわよ?」
「え?」
「だってそうすれば、こんな奇特な私とダンスを踊ろうなんて思う殿方はいないでしょう?」
その言葉に、カーティスの顔が引き攣る。
「う、うわあ……ルビーらしい。格好良いけど」
「女性が身に纏う鎧がドレスだけだとは思わないでよね」
そう口にした私を見たカーティスの表情に思わず笑ってしまった、その時。
「ルビー!」
「……ゲッ」
名を呼ばれたその男性は、予想していた人物で。
これは捕まったら面倒なことになりそうだと、早めに退散することにする。
「わ、私はこれで! シンシア様、今夜は絶対にカーティスから離れないようにしてね。
カーティス、あなたも最後までエスコートしなさいよ!」
「分かってるって〜」
そんな軽い口調で言われても全く信用出来ないと怒りながら、人の間を掻い潜って名前を呼んできた人物から逃れる。
案の定、人気者の彼は色々な人に捕まっていて。
(良かった。私が捕まることはなさそうね)
とホッとしたのも束の間、不意に腕を取られる。
え、と驚き見上げれば、そこにいたのは。
「はい、生徒会の問題児確保」
そう言って悪戯っぽく笑うヴィンス先生がいたのだった。
「本当に、驚きすぎて心臓が止まるかと思いました……」
人目を避けるため、会場の外に出た私は、ヴィンス先生に腕を掴まれたことに苦言を呈せば、ヴィンス先生もまた苦笑交じりに言う。
「それはこちらのセリフだけどね? 大人しく参加しないだろうとは思っていたけれど……、まさかエイミス騎士団の騎士服を着用してきた挙句、国王陛下に“忠誠の誓い”を立てるとは。君のやることだけは予想出来なくて、肝が冷えるよ」
「はは、すみません」
「生徒会の面々……ベイン君には会っていたけれど、他の役員に会ったら何を言われるか」
「考えるのはやめておきましょう。その時に考えれば良いだけですから」
「……どうやら突拍子もないことをしているという自覚はあるようだね?」
その言葉に迷うことなく頷いてから、おかしくなり二人で笑ってしまう。
そうしてから、廊下の外、星々が輝く夜空を見上げて言った。
「後悔はしていません。私は、私に出来ることを考え、行動した。それだけです」
「……本当に、それで良いの?」
「えっ?」
思いがけない言葉に目を見開けば、ヴィンス先生はそれ以上何も言わず、ただ私をじっと見つめていて。
そんなヴィンス先生に、私はふっと笑うと答える。
「良いも何も、私はやりたいことしかやっていません。楽しいですよ? 今が一番。何せ煩わしいこと全てから解放され、自由を手に入れられたのですから」
そう言って笑みを浮かべた私に、ヴィンス先生が口を開きかけた、その時。
「こんなところにいた!」
「!」
その声の主に気付き、ヴィンス先生に向かって口にする。
「ヴィンス先生、あの人の足止めをよろしくお願いします!」
「「え!?」」
「それでは!」
ヴィンス先生に背を向け、しつこい彼から逃れるために長い廊下を走り始める。
(騎士服で良かった! 何かあったらすぐに走れるもの……!)
もちろん、ドレスで走る術や裾の下の仕込みナイフやなんかの使い方は教わったけれど、やはり騎士服が一番。
(腰元に帯剣しているとなおよし!)
と走りながら今はない剣で素振りしたいな、なんて思ってしまっていると。
「待ってくれ、ルビー!」
「え……!?」
後ろを振り返れば、そこには本当にしつこい彼……、言わずもがなグレアム様の姿があって。
(ヴィンス先生もグルというわけね!)
今度会ったら文句を言おうと心に誓い、追いかけてくる彼に向かってべー、と舌を出す。
「私はあなたに用がないので待ってなんかあげないから!」
「お、俺が用があるんだ! 話をさせてくれ!」
「面倒くさいから嫌!」
そんな押し問答を繰り広げていたけれど、一向に諦めてくれる素振りはなくて。
さすがに校舎から夜空の下に出てしまえば、私達以外に人影はなく。
(それはそうよね、今は12月……寒空の下だもの!)
これ以上の鬼ごっこは流石に嫌だと立ち止まって振り返れば、グレアム様は肩で息を吐きながら立ち止まった。
先程国王陛下と共に壇上にいた姿……完璧な王子様の出立をしていた彼は、見る影もなく髪を振り乱し、王族の制服も着崩れてしまっていた。
(……あーあ)
全く、と一つ息を吐いてからグレアム様の前で立ち止まると、一言断りを入れる。
「失礼」
「え……!?」
グレアム様が驚き固まっている間に、髪や制服を元通りにする。
伴侶となる男性の身嗜みを整えるのも女性の役目だと、彼の婚約者時代に嫌というほど学んだため、不本意ながら彼の身嗜みを整えて差し上げつつ文句を言う。
「さすがにしつこすぎない?」
「……分かっていたんだが、君と話がしたい一心で必死で……」
「本当、あなたはバカなんだから。なりふり構わず、後先考えないその性格、国王になる前にどうにかした方が良いわよ。でないとあなたの代になった時に忠誠なんて誓ってあげないから」
「……先程の、“忠誠の誓い”は、ひょっとしなくても俺のため、だったりするのか?」
その言葉に彼の制服の襟元を直す手を止め、見上げると、じっと見つめられて。
私は逆に質問で返した。
「どうしてそう思うの?」
「……俺との婚約を解消したのは君からだということは、皆が周知の事実。
それは俺にとっては汚点となるし、株も下がった状態。
その株を上げるため……、俺に不満があって婚約を解消したわけではないということを証明するため、家の名を使って俺にも忠誠を立てた。そうすれば、エイミス騎士団に忠誠を誓われている俺の株が上がる。違うだろうか?」
「…………」
そんな彼の考えを聞いて、鼻で笑って言った。
「考えすぎよ。私は国王陛下に忠誠を立てた。お父様にご許可をきちんといただいてね。
その流れであなたにも忠誠を誓っただけ。自惚れないでよね」
「……そう、か」
意外と簡単に引き下がった彼の姿に、私はそういえば、と尋ねる。
「あなた、パートナーはどうしたの? もしいないのだとしても、婚約者を探すのにこんなところにいてはいけないのでは?
元婚約者を追いかけている暇があったら他の女性の皆様と交流を深めてきたらどう? 生徒会会長さん」
会長、という単語を強調して口にすれば、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……パートナーは、いない」




