33.学園革命⑥
『“魔物”の件を生徒全員に公表した』
ヴィンス先生の言葉に、一気に血の気が引く。
だけど聞かずにはいられず声を上げた。
「どうしてですか!? 今は試験前の大事なときだというのに!」
「国王陛下が決定したんだ」
「……っ」
そう言われてしまえば、黙らざるを得ず拳を握り俯きながら尋ねた。
「……生徒達の反応は」
「驚いていたよ。動揺する者も確かにいた」
「……やっぱり」
「だけど、君が自ら緘口令を破ったときのような騒ぎにはならなかった。なぜだか分かる?」
俯いたまま黙って首を横に振ると、不意に頭に手が載る。
驚きその手の先を見やれば、ヴィンス先生が私と目線を合わせるために目の前でしゃがんでいて。
そして目が合うと、笑って言った。
「君が緘口令を破ったことで、既に皆が“災厄”を認知しているから、だよ」
「……?」
ヴィンス先生の言った意味が分からず思わず首を傾げれば、ヴィンス先生はクスッと笑って言う。
「要するに、君が思っているよりも皆強いということ。君がそこまで背負わずとも、皆自分の足で立てているんだ。
……そうなれたのは、他ならない君が生徒会役員に立候補して口火を切ったからなんだよ」
「……!」
ようやくヴィンス先生の言葉の意図に気付き、自然と涙が頬を伝う。
そうして今度は、別の方向から可愛らしいハンカチを差し出され、驚き見上げれば、シンシア様が申し訳なさそうに言った。
「ルビー様のお側にいたというのに、体調の変化に気が付けなくてごめんなさい……」
「あ、あなたが謝るようなことは何も! ……私が、体調管理を怠ったせいよ」
彼女のハンカチを受け取り、副会長失格ねと笑えば、シンシア様はブンブンと首を横に振る。
「そんなことないです! ……ルビー様は、誰より格好良くて強い。
そう思っていましたが……、不謹慎ですが、逆に安心してしまいました」
「あ、安心??」
「はい。ルビー様は間違いなく強いけれど、やっぱり人間で、同じ歳の女性なんだなと」
「……それって、今まで人間として見られていないということ?」
思わずそう口にすれば、シンシア様は慌てる。
「あ、い、いえ! どちらかというと、人間離れした能力を持つお姉さん的な存在に見えていたなという意味で!」
「……それはそれで老けていると捉えられるけれど?」
「え!?」
驚くシンシア様とのやりとりを聞いていたヴィンス先生が不意に笑うものだから、私も思わず笑みを溢す。
そして、手のひらを見つめて言った。
「……確かに、無尽蔵に魔力を使いすぎた感じはあるわね。このところ詰めて働いてしまっていたから」
そう口にすれば、ヴィンス先生も頷く。
「そうだよ。魔力は魔法使いの生命線だからね。消耗しすぎれば、二度と魔法が使えなくなる。その前に、君の体調に影響が出てよかったと思うよ。危うく階段から落ちかけたけれど、それもスワン君のおかげで助かったのだし」
ヴィンス先生の言葉に頷けば、彼は微笑んで言う。
「今はゆっくり休むと良い。先生方も君の頑張りは知っているから、試験は魔力が回復してから個別に試験を受ける形で構わないと言っていた」
「っ、本当ですか!?」
「うん。だけど君の場合、座学はともかく魔法や特訓まですると言い出しかねないから……、魔力を消耗していないか、適宜チェックしにくるね?」
「えぇ! そんなあ……」
私の言葉に、ヴィンス先生は苦笑した。
「やっぱり。釘を刺しておかないと随分無茶をするね?」
「だって身体を動かしていないと落ち着かないから……」
「あはは、エイミス嬢らしい。だけど、皆のためを思うのならしっかり療養するんだよ?
君が倒れている間、残された生徒会役員は馬車馬のように働き、他の生徒達は特訓に明け暮れていたから」
「? 生徒会の方は私がいない席の穴埋めで大変だった、ということですか?
あれ、でも私が不在なことでなぜ他の生徒達に関係が?」
まるで二人の話は謎かけだわ、と疑問符で頭の中が埋め尽くされていると、ヴィンス先生とシンシア様は困ったように笑う。
「参ったな。全然伝わっていない気がする」
「伝わっていないと思います。でもそんなところもルビー様らしいです」
「違いないね」
二人して何の話をしているのか分からずにいれば、ヴィンス先生は何かの呪文を小さく唱える。
そうすると。
「え!?」
手首になかった腕輪……言わずもがな“魔法封じ”の腕輪があって。
ヴィンス先生は肩をすくめて言った。
「本当はこんなことをしたくないのだけど、君は何をするか分からないからね。
少々手荒だけど許して欲しい」
「えぇ! 緘口令を破った時でも許されたのに……」
思わず口を尖らせて言えば、ヴィンス先生は立ち上がりながら笑う。
「私達を心配させた罰、とでも言っておこうか。
……それに、スワン君が一番心配していたんだよ?」
「えっ」
ヴィンス先生の言葉に顔を上げれば、一応伝えておくけど、と口にした。
「多分覚えていないだろうけど、君が階段から落ちかけた時、スワン君は魔法を唱えたんだ。
自分が得意な水属性魔法ではなく、苦手な風属性魔法の呪文をね」
「……え!?」
どうして、と尋ねる私に、ヴィンス先生は小さく笑う。
「なぜだかは本人に聞いてあげて。
とまあそんなこともあって、風属性を無理矢理使い同じく魔力を消耗した彼も、丸一日の絶対安静を余儀なくされた」
「うそ……」
確かに、グレアム様は水属性魔法に特化して秀でている方だから、他の属性を操っているところを見たことがない……では、何のために風属性魔法を、とぐるぐると考えていた私に、先生はクスッと笑った後言った。
「そろそろ私はお暇するよ。……あ、そうそう、これも渡すよう皆から言われていたんだった」
「皆?」
ヴィンス先生は小さく口角を上げてから、机に向かって呪文を唱えた。
「収納・開放」
その呪文は初耳だわ、なんて思ったのも束の間。
「「!?」」
机の上にドサドサドサッと、どこから現れてきたのか物凄い速さで大量の箱やら袋やらが積み重なる。
それも、きちんと一つも机の上から落ちずに綺麗に積み上げられたことをシンシア様と共に呆然として見ていると、ヴィンス先生は笑って言った。
「全て君宛の、見舞いの品だ。熱烈なファンレターもあるから、療養中にきちんと目を通すように」
「お、お見舞いの品……?」
この量のものを私に? と驚いていると、ヴィンス先生はシンシア様に向かって口を開いた。
「君も試験があるから明日に備えて部屋に戻るように。それまでは、エイミス嬢のことをよろしくね」
「はい」
ヴィンス先生は「お大事に」と笑みを浮かべてそういうと、呆然としてしまっている私を置いてけぼりに部屋に後にした。
私は恐る恐るベッドから立ち上がり、そのお見舞いの品、と称されたものの数々を手に取る。
「アデラ様や女子生徒の皆様、生徒会の方々からのものまであるわ……」
そう呟いた私に、シンシア様は私の隣に来て言った。
「皆、心配しておりました。正直、“魔物”の一件よりも、それを気に病んで倒れたのではないかというルビー様の話題で持ちきりでした」
「……えっ!? そんな話になっているの!?」
「はい。王太子殿下の口から説明されましたから」
「……余計なことを」
体調が悪くなりそうだったから念のため休んでいる、とかそう言ってくれればよかったのに。
でないと、強さを前面に押し出していた私が実は弱かった、なんて思われたら嫌だわと顔を顰めてしまう私に、シンシア様は口にする。
「私は、全てお聞きして良かったと思っています。先ほど申し上げたように、ルビー様は誰にも頼らず人間離れしていて、近寄りがたい雰囲気がある、と思われている方も少なからずいらっしゃったようで」
「あー……」
思い当たる節があって遠い目になる私に、シンシア様はクスッと笑ってから言葉を続ける。
「今回の一件で、ルビー様が気に病まれるほど重大な問題だということも皆、重く受け止めているようですし、それに……、ルビー様の好感度が爆上がり中なんですよ?」
「えっ」
「ルビー様も人間だったって」
「……だからそれって褒められているのかしら?」
悪口ではないかと思ってしまうけれど、シンシア様が笑って言う。
「もちろん褒め言葉ですし、そんなルビー様をこうして心配している……慕っていらっしゃる方々がいるということを、ルビー様にもわかってほしいのです。
私は生徒会ではありませんが、お友達であり仲間だと……、まだまだ力不足ですが頼ってほしいと、そう思っていますから」
「シンシア様……」
「とにかく、今はお休みください! そうして元気になったら、学園に来てください。
……それから、これは本当のことなんですが、王太子殿下が一番心配していらっしゃいましたから、許してあげてくださいね」
そう言って部屋を出て行こうとするシンシア様に、私は声をかける。
「ありがとう。それから、ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「いえ、そんな! 私に出来ることがあったら言ってください。
何か温かい飲み物とスープを買って持ってきます!」
「ありがとう」
もう一度礼を述べると、シンシア様は頷き部屋を出ていく。
その足音が遠のいていくのを聞いて、もう一度お見舞いの品々に目を向ける。
「……慕ってくれている方々……」
眠っている間に何が起きていたのかは分からない。
“魔物”の一件や私のことが、グレアム様の口からどう説明されたのかも。
だけど。
「っ、こんなに、皆に心配をかけてしまったのね……」
罪悪感を抱きながらも、胸いっぱいに温かな心地が広がって。
「……早く、体調を戻さなければ」
そうして、あの人のところにも行かなくては。
やることは沢山あるけれど、まずはそのために休もう。
話はそれからだと、シンシア様の帰りを待ちながら、ヴィンス先生から称された“熱烈なファンレター”に目を通すのだった。




