31.学園革命④
翌日から私は、試験に向けて更なる特訓を始めた。
朝は、誰よりも早く起きて走り込みを。
放課後は、女子生徒が帰寮したのを見送ってから魔法の特訓を。
そして夜は、座学の試験勉強を。
(皆と特訓するだけでは足りない)
彼女達のペースに合わせ、監督しながらの特訓では私自身は鍛えられていない。
辺境伯領にいた頃に比べたらその差は歴然。
(そんなことを言っていては間に合わない)
“災厄”がいつ学園に現れてもおかしくないのだから。
(早く……、早く力を付けなければ)
どこまで力を付けば魔物に対抗出来るか分からない。けれど、魔物に勝てなければ今特訓している意味がない。
(……守らないと)
未来を知る他ならない私が、皆を守らなければいけないんだ。
「ルビー」
「!」
名前を呼ばれハッと顔を上げれば、皆……生徒会の面々とヴィンス先生がこちらを見ていた。
(いけない、今は生徒会の会議中だった)
ボーッとしてしまっていたことに気が付き、心の中で自分を叱咤しながら、悟られないよう平然を装って口にする。
「聞いているわ。話を続けて」
そう口にすれば、グレアム様は一瞬怪訝な目を向けたけれど気を取り直したように言った。
「相談室の予約数は減ってきているから、そろそろ閉鎖しようと思う。代わりに、それらの人員を、こちらは増加傾向にある魔法強化の特訓の監督に増やす。
シフトはまたこちらで用意する」
そう言ってグレアム様が皆を見回したため、異議なしを意味する頷きを返すと、グレアム様はヴィンス先生を見やった。
そうして、ヴィンス先生が口を開いた。
「それから、エイミス嬢が強く要請していた件……、女子生徒にも体育の授業をという件について、国王陛下から無事に御許可が下りたよ」
「っ、本当ですか!?」
思わず身を乗り出した私に、皆が驚いたような顔をしたのが分かったけれど、ヴィンス先生は笑みを浮かべて答えた。
「うん、本当だよ。君が必死になって集めた署名が決め手となった」
「……良かった」
これで女子生徒の士気が上がる大きな一歩になるとホッとしたのも束の間、ヴィンス先生は口にする。
「実行は三学期を目処にと、職員会議で話し合いが行われているよ」
「……三学期!?」
確かに、二学期は残り一ヶ月しかない。
そのうちの一週間は試験に追われているから、授業自体も少ないのは分かる、だけど。
「三学期では、遅いと思います」
「え?」
「瘴気が濃くなっているというのに、そんな悠長なことを言っていられません」
この場で魔物がエイミス領に現れたことを知ってるのは、私とグレアム様とヴィンス先生だけ。
だから表立ってそれを指摘する事は出来ず、それでも引く事は出来ず拳を握り締めれば、ヴィンス先生は少し困ったように言った。
「君の気持ちは痛いほどよく分かるよ。そのために君が必死になって動いたのも知っているからね。
だけど、現状今のままでは体育の授業を今すぐ取り入れるということが難しい。
まずは女子生徒の人数分の体操服の確保。採寸を下に新たに作らなければならない。
それから、時間割の変更。これは先生方との入念な話し合いが必要だ。それぞれのカリキュラムも組み直さなければ」
「分かっています!」
自分でも驚くほど大きな声が出る。
ヴィンス先生の言葉を遮るなんてあるまじき行為だ、頭では分かっている、けど。
「それでも、足踏みしている暇はもうないんです!
こうしている間にも瘴気は流れ続けているし、いつどこで被害が起きてもおかしくはありません。
事態は一刻を争っているんです、三学期と言わず、少しでも早い実行を……!」
「ルビー……?」
そう男性にしては高い声……エディ様に声をかけられたことで、ハッとする。
そして、魔物の一件を知らない三人が驚いたように私を見ていること、それから、事情を知っているグレアム様とヴィンス先生が困ったようにこちらを見ていることに気が付き、頭を下げた。
「申し訳ございません、ヴィンス先生。少し……、頭を、冷やしてきます」
「「ルビー!」」
事情を知る二人が私を制する声が聞こえたけれど、振り返ることなくその場を後にする。
放課後で生徒がいない長い廊下……、それも、今日は雨が降っているため薄暗く寂しい廊下を脇目も振らず歩く。
(私、なんてことを……!)
焦りから周りが見えず、無我夢中でヴィンス先生の言葉を遮り、あまつさえ口答えまでしてしまった。
(これでは八つ当たりじゃない!)
それも、魔物の出現の一件を聞いてから、焦りと心配ばかりが胸を占めていた。
試験まで一週間。
副生徒会長であり革命の発端である私が、こんなところで迷っている暇はないのに。
(私のしていることは、果たして正しいのか……、そんなことばかり考えてしまう)
雑念を払うべく、暇さえあれば身体を動かし、頭をリセットして試験勉強だけに集中しようとした。
だけど、どれも上手くいっている実感はなくて。
(魔法のコントロールでさえも、いつもより上手く出来なくて)
もっと……、もっと強くならなければ。
今のままでは、絶対に駄目なことは分かっているのだから。
(……よし、走ろう)
雨の中を走れば、頭も冷えて冴えるだろう。
そう考えながら、階段に差し掛かった、その時。
「っ!?」
グラッ、と身体が傾いた。
階段を踏み外したのだと分かったのは、視界が反転し天井を向いてから。
落ちる時ってこんなにゆっくり見えるものなんだな、なんて馬鹿なことを考えて、重力に抗う事なく身体が落ちていくのを感じながら、魔法を使う気力もなく目を閉じる。
そして、そのまま意識がフェードアウトしていく中で……、あの人の声がやけに耳に心地よく響いた、そんな気がした。




