30.学園革命③
グレアム様を見つけ、ヴィンス先生と三人で向かったのは生徒会室だった。
生徒会室は生徒会役員以外の立ち入りを禁じているけれど、ヴィンス先生は念の為と防音の魔法をかけた。
その厳重さに私とグレアム様に一気に緊張が走る。
そして、魔法をかけ終えたヴィンス先生は息を吐くと口にした。
「この話をすることを本当は躊躇われた。
先生方と話し合って、とりあえず君達の耳には入れておくことを私から進言して許可を得たんだ。……今から話す内容を聞いて、君達に判断を委ねたいと思う」
そう前置きを置くと、ヴィンス先生は一言言葉を発した。
「エイミス騎士団が、魔物に襲われた」
「!?」
ガタ、と思わず立ち上がる。
エイミス騎士団とは、言わずもがな私の……。
「お父様……辺境伯は!? 騎士達は無事なのですか!?」
思わず近くにあった机を叩くと、ヴィンス先生は私を諭す。
「落ち着いて。辺境伯は無事だ。襲われたのは一人の騎士で、辺境伯がいち早く気が付き斃したらしい」
「騎士の、容態は」
「幸い擦り傷で済んだそうだ。真夜中に現れたと」
「真夜中……」
小さく呟いた私を横目に、グレアム様が口を開く。
「その他の被害は」
「今のところ確認されていない。だけど、魔物が現れたのを境に瘴気の量が多くなった。
今のままでは、瘴気が街に流れ、魔物が現れるのも時間の問題だ」
「「……っ」」
予想していたより早く、魔物が動き始めた。
(まだ何も……、ようやく軌道に乗り始めたばかりなのに……っ)
それも、エイミス領から出現したとなると、これから一番に被害が出るのはエイミス領の可能性が高い。
「王家は各貴族に協力を要請し、自領の見回りの強化を呼びかけている。ただし、他の民や学園の生徒の耳には入れないようにとも伝えている。不安を募らせ、混乱を避けるために」
「「……」」
「そこで、君達に尋ねたい。王家のこの判断をどう思うか。生徒にも現状を伝えるべきか否かを」
その言葉に、思わずグレアム様と顔を見合わせる。
暫しの沈黙の後、先に口火を切ったのはグレアム様だった。
「俺は、伝えるべきだと思う」
「「!」」
「今まで緘口令を敷き、目を背けてきたんだ。
危険がすぐそこに迫っていることを伝えた方が、“百年に一度の災厄”への危機感が強まると思う。
ただでさえ王家が不安を募らせないよう隠蔽してきたんだ、これ以上隠すことは憚られる」
彼の言うことは分かる。
私も本来ならばそうした方が良いということは分かっている、けれど。
「ルビーは? どう思う?」
「私は……」
ヴィンス先生に意見を求められ、意を決して口を開く。
「今は、言うべきではないと思います」
「……!? どうして」
グレアム様の問いかけに、私は彼とヴィンス先生を交互に見て言った。
「“災厄”が来年に迫っていることを伝えただけで、相談室は一時期対応しきれないほど生徒達が押し寄せた。
それだけではない、国王陛下が民に緘口令を解除し説明した時も同様に、国民が王城に集まったとお聞きしている。
ようやく“災厄”が迫っていることを受け止め、準備を進めたばかりの中での公表は、更なる不安を煽りかねない……」
「……まさか、ルビーとグレアムとで意見が分かれるとは」
ヴィンス先生は窓の外を見る。
私達も窓の外を見やると、本当に魔物が現れたのかと思うほど空は青く澄み渡っていて。
言葉を失う私達に、ヴィンス先生は言った。
「とりあえず、今のところは他言無用にしておこう。
二人の意見をもう一度学園長、並びに国王陛下に進言させてもらうよ。
その上で、国王陛下にご判断をお任せしよう」
「「……」」
私とグレアム様は何も言えず、黙って頷くしか他なかったのだった。
寮へ戻り、一人になった私は、制服をそのままにベッドに突っ伏した。
(……お父様、騎士団の皆も大丈夫かしら)
お父様は強い。騎士団も、そんなお父様の下で鍛えられているはず。
それでも。
「……魔物が、こんなに早く現れるなんて」
ヒロインはまだ現れてもいないのに……、と思うけれど、確かにゲームでは描かれていたのだ。
(ヒロインが力に目覚めるまでで既に、犠牲者が多く存在したと)
それを知っていながら、まだ私は……。
「何が革命よ! 家族もろくに、守れていないじゃない……!」
悔しくて涙が込み上げる。
拳を握り、やるせない思いを力一杯ベッドに振り下ろした。
「……私は、何のために頑張ってきたの?」
こうなる前に対処しなければならなかった。
このままでは、エイミス領が……、皆の命が……。
(……駄目、もうあんな思いは二度としたくない)
八年前、流行病……あまりの被害の多さにその病気に名前を付けることも躊躇われ、人口の四分の一が亡くなった、あの悲劇の再来になんてなりたくないし、させたくない。
「今度こそ、守らないと」
誰一人、失わせはしない。絶対に。




