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2.目が覚めたら、前世の記憶が蘇っていたので②

「さて、その“ストレスの根源”を排除するために、まずはルビーが今置かれている状況を踏まえた上で、ゲームで得た情報を整理する必要があるわけだけど……」


 割れた小瓶の破片を踏まないよう気を配りながら、窓辺にあったローテーブルまで移動し、席に着く。

 幸い、窓の外に浮かんでいるのは明るく大きな満月。

 そのため、蝋燭やランタン、魔道具に頼らずとも月の光だけで十分手元が明るく照らし出されている。

 ローテーブルにはいつでも書き物が出来るよう、羽ペンとインク、紙も置かれているため、それらを手に取り思い出しながら書き連ねる。


「『この世界で生きるために』、略称『このせか』。

 舞台は島国である魔法大国・スワン王国の、王家が自ら運営・管理し、多くの優秀な魔法使いを輩出するために創設された王立魔法学園。

 学園に通う生徒は15〜18歳……、日本でいう高校と同じ3年制であり、3学期制。

 生徒数は貴族と試験を突破した優秀な平民、合わせて千人以上」


 ちなみに、ヒロインは“百年に一度の災厄”が訪れる予兆として現れるという光属性の女性……いわゆる“聖女”の力がある日をきっかけに目覚めたことで、平民出身ながらも特別扱いで学園に三年生として編入してくる。


「この“百年に一度の災厄”というのが、ゲームの要であり厄介で残酷な設定なのよね……」


 この世界は地下奥深く、いわゆる死者が眠る地獄のような場所から瘴気が生み出されている。

 瘴気とは、人間の心身に影響を及ぼすものであり、最悪の場合魔物を生み出し、人の命を奪う。

 普段は地下世界に封じられている瘴気だが、百年に一度、それらが大量に地上に流れててしまう。その節目の年となるのが今から丁度来年に当たるのだ。


「しかも来年だけではなく、今こうしている間にも少しずつ瘴気が地下世界から地上に流れ始めている。

 聖女であるヒロインが覚醒するより前から、ゲームの中では魔法が弱い平民を中心に犠牲者が少なからず出ていたという描写があった……」


 また、それらを王家は謎の不審死として処理していた。その理由は。


「災厄を隠蔽するため」


 国民の不安を煽らないように。その配慮が仇となり、学園の生徒も次々と犠牲になったことで初めて災厄が近いことが露見された。

 その後、聖女の力にヒロインが目覚めたことで災厄が確定したことも。


(私は王家の判断も間違いだと思う)


 だから、正したい。本来ならば、救える命だってあるはずなのだから。


「まあ、それはもう少し先のことだし、難しくて時間のかかる問題だから後でゆっくり考えるとして。……ここからが本題ね」


 ルビーが自殺を図った根本的な要因、それが……。

 グルリと部屋を見渡す。

 そして、いつもあるはずの場所に目当てのものがないことを確認してから、代わりに先程いた場所、小瓶の破片が散乱している場所にそれはあって。

 静かに椅子から立ち上がると、もう一度先程いた場所まで戻り、それを拾い上げる。


「……あぁ、これまで割れてしまったから破片が至る所に散らばっているのね」


 そう呟いた私の瞳に映っているのは、幼い頃……八歳の時の私と、同じ歳であり幼馴染である“彼”が一緒に撮った写真がおさめられている写真立てで。


(婚約が決まった直後に撮った写真なのよね)


 どうりで“彼”が仏頂面なわけだわ、と思わず笑ってしまう。

 そう、“彼”こそが私……ルビー・エイミスの婚約者であり、ゲームでは攻略対象者でもある。つまり。


((ルビー)を婚約破棄、学園退学、そして国外追放の三コンボを決めてくれる張本人なのよ……!)


 この人と関わっている限り、追放エンドは免れない。それに。


「ルビーが自殺した要因の一つに、この人との婚約があるんだもの」


 だから、転生した私が真っ先にやるべきこと、それは……と考えようとしたところで、複数人の慌ただしい足音がこちらに向かってくるのが部屋の外から聞こえてきて。


(……時間切れね)


 辺境伯家の我が家は、毒物の研究を国から任されているため、保管庫から小瓶が一つ持ち出されていることに気が付いたのでしょう。


(その犯人が私であることにも)


 悪いのは間違いなく私なのだから、どんなお叱りも受けましょう。ただし。


(私が命を断とうとした理由も聞き入れてもらわなければね)


 そう決意を固め、扉が開かれるのをじっと待ったのだった。





 それから三週間後。


(ついにこの日がやってきたわね)


 目の前に聳え立つ、城のような見た目をした豪奢な建物……もとい学園を見上げる。


(改めて見ても凄い迫力ね。私も辺境伯家の出ではあるから我が家も広い方だけれど……、千人規模、それも将来有望な魔法使い育成のために国家予算に組み込まれているくらいだもの、きっと信じられないくらいの額が費やされているに違いないわ)


 ルビーとしての記憶がなかったら、間違いなく迷子確定だったから記憶があって良かったと思いつつ、足先を寮の方向へと向ける。

 明日が始業式で二学期が始まるということもあり、念のため一日早めに学園へ戻ってきたのだ。

 そして、学園は全寮制であるため、寮から教室へこれから毎日通うことになる。

 


(今まで実家に戻っていたのは丁度夏休み期間だったからなのよね。転生したことに気が付いてから猶予があって助かったわぁ)


 おかげで三週間、色々と書き出しながら整理して、これからすべきことの計画を十分に練ることが出来たし、それに。


(健康な身体ということが嬉しくて、ついはしゃいでしまったわ……)


 特に、前世ではファンタジーの世界にしかなかった魔法が使えることを珍しく感じると同時に嬉しくて、改めて色々な魔法を発動したのがとても楽しかった、と夏休みの余韻に浸りながら寮へと向かっていた、その時。


「ルビー、なのか?」


 声をかけられ振り返ると、実家で見た写真の中より格段に成長し、青年へと変貌を遂げている“彼”の姿があって。

 呼吸を整えるように深く息を吸ってから、そんな彼に向かってその名を呼ぶ。


「……()()()様」


 スワン……フルネームをグレアム・スワンという彼は、私にファミリーネームを呼ばれたことで金色のきらめく髪を揺らし、男性にしては大きい空色の瞳をこれ以上ないほど見開いて、私を見つめたのだった。

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