27.波乱の生徒会役員選挙③
「一体どういうことなの?」
自分の身に起きていることが信じられず、今まであった出来事を振り返りながら口にした。
「確かに私は、緘口令を破ったとして一週間の謹慎処分と一ヶ月間の魔法封じの見せしめのための腕輪を付けるよう命じられ、生徒会役員の候補者からも外されたはず。なのに、どうして……」
そこで言葉を切ると、週末に行われたばかりの生徒会選挙の得票数が載せられた掲示板を指し示して言った。
「私が二位……副会長として名前が載っているの!?」
そう、あの後学園長との話し合いの末に至った結論は全てその日のうちに撤回され、しまいには、週明けに発表された生徒会役員に名を連ねてしまった。
それを唖然と見上げる私に、他に選ばれた生徒会役員……言わずもがな攻略対象者の内の一人、カーティスが首を傾げる。
「あれ? 嬉しくないの?」
「嬉しいに決まっているわよ! だけど、何が起こっているのか……、説明して!」
「それは、二人から話した方が良いんじゃない?」
そうカーティスが自分の横にいた王子二人に目を向ければ、彼らは視線を合わせ、頷いてから口々に言った。
「君が話したことは全て事実であると、皆に公表した」
「……え?」
「僕も。王家の対応に疑問を持っていたところだったし、多くの生徒がルビーの話を信じていない様子だったから、王家が怖がらせないように秘匿していたという事実も付け加えて皆に話しておいたよ」
思いがけない言葉に、私は彼らの言葉を整理する。
「……つまり、私がいなくなった後、あなた方二人の演説の際に、王子が二人も揃って私の話を肯定したと……」
「「あぁ/うん」」
私の言葉に、またも二人揃って仲良く頷く。
そんな二人を見て、私は……。
「バカじゃないの!?」
「「!?」」
思わず大声を上げれば、その場にいた全員が肩を震わせる。
それでも言わずにはいられず、言葉を続けた。
「いつも考えて行動しないとダメだと言われているでしょう!
……私の行ったことは、緘口令を破った時点で国家反逆罪と見做される。
それでも立ち向かおうと決めたのは私の独断だというのに……、これではあなた方まで巻き込んでしまうことになるでしょう!?」
「「!」」
シンシア様だけに教えた演説の内容は、選挙の時までアデラ様にも誰にも言わなかった。
それは、私が緘口令を破ることを知っていてもなお止めなかったということで、私と同じように罪に問われないようにするため、だったというのに。
「私は良い。一ヶ月前からずっと、捨て身の決心で計画していたことだったのだから。
だけど、まさか……、あなた方を巻き込むとは思わなかったわ。
下手をしたら、あなた方が後で反逆罪に問われてもおかしくない。
あれだけのことをしておいて、お咎めがないわけがないもの。
最悪の場合王位継承権を剥奪されてしまうかも。
もう一度、学園長に掛け合わないと」
「ルビー」
「!」
不意に腕を取られる。
驚き反射的に振り払おうとしたけれど、グレアム様は許さないとばかりにその手を強め、私の瞳を真っ直ぐと見て口にした。
「分かっている。王子という立場にある俺達の発言の重さを分かっていて、それでも言わずにはいられなかった」
「どうして」
「ルビーの言う通りだからだよ」
そう横から口を開いたのは、エディ様で。
彼は、柔らかく笑うと言った。
「僕と兄上は、ルビーの演説を聞いて思ったんだ。
僕達が言えなかったことをルビーは堂々と皆に告白した。
シンシア嬢も言っていたように、矢面に立ち、非難の目に晒されてもなお、ルビーは最後まで毅然としていた。
……その姿を見て、僕達はこのままではいけないと気が付いたんだ」
その言葉に目を見開けば、グレアム様も頷いて言った。
「ルビーを守るためでないといえば嘘になる。
君は真実を告げ、皆にこのままではいけないと気付かせようと、皆を助けようとしているというのに、信じるどころか非難されるなんて許せないと思ったのは事実だ。
……いつだって君は、こちらが心配になるほど人のために動く人だと知っているから」
「……!」
いつもなら、余計なお世話だとそう思うのに。
少し……ほんの少しだけ、彼の言葉に心が震えてしまう。
そんな動揺を悟られないよう、とりあえず掴まれたままの手を一瞥してから言った。
「……離していただけますか」
「あ……、ごめん」
グレアム様はパッと手を離す。その顔がほんのり赤いことに気が付いたけれど、見て見ぬふりをしていたら、エディ様が笑って言った。
「だから、ルビーが気にするようなことは何もない。
僕達は僕達の判断が間違いだとは思わないし、後悔もしていないよ。
だってこれも、僕達が自ら下した判断だから。
逆に、ルビーが責められる謂れもないから、国王陛下に選挙の後きちんと直訴したよ」
「……直訴!? 国王陛下に!?」
「うん」
迷いなく頷く彼に、今度こそ頭痛と眩暈がした。
そんな私に、彼は慌てたように言う。
「あ、安心して。きちんと話し合って、例の件を国民全体に知らせることまで取り決めたから。
……まあ、説得するのにかなりの時間を要したんだけど」
「……それ、本当に大丈夫だったの?」
よく見れば、二人の目元に隈があって。
恐る恐る尋ねた私に、エディ様は苦笑交じりに言う。
「まあ、そうだね。緘口令を簡単に覆せはしないと思っていたけど、ルビーの演説の言葉を借りながら、シンシア嬢も一緒に来て必死になって説明してくれたから」
「! シンシア様が?」
驚き近くにいてくれた彼女を見ると、シンシア様は小さく頷いて言った。
「私では、あまりお力になれないかもと思いましたが、ルビー様が立候補者から外されると発表された時は、居ても立っても居られず……、王子殿下お二人に無理を言って、お城へ伺いました」
「あ、ちなみに俺もレイも行ったんだよ?」
カーティスの言葉に驚きシールド様を見やれば、彼はこほんと咳払いした後呆れたように口にした。
「全く、エイミス嬢が無茶なことをするから、殿下お二人まで便乗するのです。
毎度毎度、胃が痛くなります」
「そんなことを言ってるくせに付き合うんだから、レイも素直になれば良いのに」
「なっ……、誰がいつも素直じゃないと仰るのですか。大体貴方は能天気で羨ましい限りですよ」
「お褒めに預かり光栄ですー」
「褒めていません!」
やいのやいの、始まる幼馴染ならではの彼らの会話に……。
「……ふふっ」
「「「!」」」
思わず笑ってしまうと、彼らは驚いたようにこちらを見やる。
それでも笑いを堪えきれなくて、私は素直に思っていることを述べた。
「皆、本当に馬鹿ね。私のことなんて、捨て置けば良いのに。……でも」
そこで言葉を切ると、彼らを見回して口にした。
「そんなあなた方に救われたのも事実。ありがとう」
「「「……!」」」
皆が息を呑む。
そんな彼らにもう一度笑みを溢してから、さて、と一度手を叩いて言った。
「これから忙しくなるわよ! まずは、緘口令を破って事実を告げてしまったことで不安に思っていらっしゃる生徒への対応を考えることと、魔法を強化するための講座も開きたい。
あ、後女子生徒の授業にも体育を取り入れるか否かも話し合いたいわね。
それから……」
やるべきことを指折り数えていた私に、ポツリとグレアム様が呟く。
「……おかしいな。俺が会長のはずなんだが」
「あなたも一緒に考えるのよ! 学園に革命を起こすんだもの、これまで通りではいけないわ」
私の言葉を、グレアム様は反芻する。
「……学園に、革命?」
「そうよ。あなたも私に巻き込まれたんだもの、手伝ってくれるでしょう?」
「! あぁ、そうだな」
グレアム様は私に向かって手を差し伸べる。
「君のためにも喜んで協力しよう」
「……何か違う気がするけれど、まあ良いわ。存分にお力を貸していただくわね!」
「はは、お手柔らかに」
苦笑するグレアム様に続き、他の面々も声を上げ、私とグレアム様の手に手を重ねる。
「僕も兄上には負けていられないよ。書記という役職だけど、必ずルビーの役に立ってみせる」
「はーい、俺も! 楽しそうだから交ぜて〜」
「貴方はトラブルメーカーなので引っ込んでいる方が皆のためになるかと」
「わ、私も! 生徒会役員ではありませんが、平民代表(?)としてお力になりたいです……!」
「皆……」
不意に目頭が熱くなったのをグッと堪え、代わりに笑みに変えて力強く言葉を発した。
「では、新生生徒会として、学園に革命を起こすわよ!」
「「「おー!!」」」
「……やっぱりルビーには敵わないな」
そんな会長であるグレアム様の呟きを聞きながら、私は思う。
(この国を救う聖女であるヒロインが現れるまで約半年。
未来を知る私に出来ることを考え、最善を尽くしてみせる)
決定事項でない未来は変えられると、そう信じているから。




