26.波乱の生徒会役員選挙②
「次が私達の番ね」
そう小さく呟くと、隣にいるシンシア様の肩が小さく震えた。そんな彼女の肩に手を置いて言う。
「大丈夫。これが自分の信じた道だと、胸を張って堂々とするのよ。
私に訴えてくれた、今朝のように」
その言葉に、シンシア様が目を見開く。
直後、ワァッと歓声が上がった。
「さあ、時間ね。あなたが演説するところをしっかり見届けるから。私もすぐに行くわ」
そう言って背中を押すと、彼女は頷き壇上に上がる。
でも、私達の前に登壇したベイン様の時ほど、声は上がっていなかった。
女子生徒が登壇し、生徒会役員に入るとは、きっと誰も思っていない証拠だ。
その中で、シンシア様は礼をし、深呼吸をすると前だけをしっかり見据えて言葉を発した。
まずは名前を名乗り、私の応援演説者であることを名乗ってから話を切り出す。
「私がルビー・エイミス様を応援する理由は、女子生徒や平民といった学園生活で肩身の狭い思いをしている人達のために、たとえ非難を浴びることになってもなお矢面に立つ、その強さに憧れを抱いたからです」
その言葉に、聴衆側である生徒達がどよめく。
彼女は迷うことなく言葉を続けた。
「私もそのうちの一人です。学園に入学した時からずっと、目立ってはいけない、目立たないようにしようと、成績をもコントロールし、得意教科であっても手を抜くようにしておりました。
ですが、それは私だけではないはずです。
婚約者がいる女子生徒の皆様も、平民出身の皆様も、同じことを考えてはいませんか。
現に、夏休み前に行われた試験の結果も、上位者五十名の中には女子生徒の名前は一人もありませんでした。
これが、平等に学ぶことを謳っている学園の実情なのです」
「それは学園に対する冒涜じゃないか!」
「!」
不意に彼女の発言中に野次が飛んだ。
驚き壇上のカーテンの隙間からこっそり見やると、それは制服を下品に着崩している貴族の男子生徒で。
案の定選挙の司会進行を担当している管理委員会から注意を受けるが、彼のシンシア様への罵詈雑言は止まらない。
「五十番内に女子生徒の名前がないからと、どうしてそんなことを言い切れる?
それは女子生徒が試験勉強をしていないだけではないか!
どこにそんな根拠があるというんだ? なあ、みんな?」
そうだそうだと、男性陣の声が大きくなっていく。
女子生徒は困惑の表情を浮かべ、野次を飛ばされているシンシア様も、さすがに戸惑っているように見える。
それを良いことに、その男性は笑いながら言った。
「勉強が出来ないことを他人のせいにする方が頭がおかしいんじゃないか?
あぁ、もしかして平民だから勉強に回す金もないのか?」
「っ……!」
シンシア様が怒りに震え声を上げようとする先に、私は壇上に躍り出る。
カツ、カツ、と踵を鳴らし、シンシア様を真っ直ぐと見据えて。
突然の私の登場に、周囲からはざわめきが起こる。
そして、驚くシンシア様の目の前まで来ると、にこりと笑って口を開いた。
「ありがとう。ここからは、私に任せて」
「っ、ルビー様……」
そんな私達に、またも先程の男子生徒が声を上げる。
「おい、まだ応援演説者の発言の途中だぞ! ルール違反ではないのか!?」
「あら、それはこちらのセリフですが?」
シンシア様を少し離れたところまで誘導してから、私はその男子生徒の方に目を向けると、にっこりと微笑みながら口にした。
「私の応援演説をしてくださっているというのに、進行を妨げ、彼女を侮辱する発言を繰り返す。
何か文句があると言うのなら、私に直接仰ったらいかがですか?
ねえ、男爵家のご令息様?」
「なっ……!」
素行の悪い生徒だと評判だし、名前を呼んであげても良いのだけど、それこそこちらの品が悪くなるのでやめておいて差し上げたら、彼はみるみるうちに顔を赤くさせる。
(さあ、反撃開始よ)
「先程のあなたの発言の中に、“平民だから”というお言葉がありましたが、そのお言葉こそが差別や蔑視を生んでいる。そうは思いませんか?」
「……っ」
「学園が悪いのではなく、社会の風潮そのものに問題があるのです。
たとえば、淑女教育。淑女の在り方を学ぶ際、女性は最初にこう習います。
“婚約者たるもの、女性は男性の前に出てはいけない”。
慎ましやかな女性が美徳とされているこの言葉ですが、その一方で、学園の生徒手帳に書かれている校訓にあるのはこうです」
そこで言葉を切ると、周りを見渡し、校訓の一部を誦じた。
「“男女や身分関係なく、同じ机で平等に学ぶ権利を有する”。
矛盾しているとは思いませんか?」
そう訴えかければ、皆困惑した様子だけれど、これはまだ序の口。ここからが本番よ、と一度瞼を閉じ、ゆっくりと開けると、意を決して口を開いた。
「……来年、この国は新たな節目の年を迎えます」
そう口にするや否や、生徒達から声にならない悲鳴が上がる。
“節目の年”。これが意味する言葉を、皆は口にしないだけで知っている。
……そう、口にすることを憚られた結果、王家から緘口令が敷かれたその事象の名は。
「“百年に一度の災厄”。私達が今まで目を逸らし続けてきたそれが、来年に控えているのです」
その名前を口にした途端、今度こそ生徒達が悲鳴を上げる。
選挙管理委員会も、どうすれば良いか分からず戸惑いつつも、どこかへ行ってしまった。
そんな彼らを見て息を吸うと、拡声器代わりの魔道具があるにもかかわらず、あらん限りの声で叫んだ。
「最後まで話を聞いて!!」
さすがに声が大きかったのだろう、皆は唖然とした様子でその場に固まり、会場は再び静寂に包まれる。
それを見回しながら、諭すように口を開いた。
「……私がこの発言をすることで、後でどんな処罰を受けるかは分かりません。
ですが、それも覚悟の上でここに立っております。
それでも声を大にして言いたいのは、今のままでは間違いなく、多くの被害者を生むことになる」
この先の未来をゲームで知っている私しか分からないこと。
だからこそ。
「“災厄”が来ることを恐れ、それが自分になるのではないかと恐れていては、自分の身を守ることなど出来ないでしょう。
だからこそ、男女や身分関係なく、己を守るため、家族を守るため、友人を守るためにこの学園で術を学び、力をつけなければなりません。
何よりも大事なのは命です。
もう一度言います。“災厄”……、“生贄”が自分になることを恐れていては何も始まりません。
今、この時もすでに瘴気は地下から排出されています。もちろん、恐れる気持ちが大きくなるのも分かりますし、怯えさせるつもりではないのですが、これは事実だということをお伝えしたいのです。
……災厄から目を背け続けて何もせず、ただ家族や友人達を目の前で失う。そんなことにはなってほしくないし、させたくない。
だからこそ、私はこの場で発言しているのです」
そう言って、自身が立候補した理由を口にした。
「私が立候補した理由は、皆が平等に魔法を学ぶ環境を整え、この学園だけでなく国全体を守りたい。
そして、いらぬ犠牲者を生み出さないよう努める。
魔法は剣だけではなく、盾にもなり得るのです」
そこで言葉を切ると、最後の締め括りの言葉を口にした。
「私のこの発言が、虚言や戯言だと思われる方はかまいません。
ですが、後に後悔なさらないことを祈ります。
……特に“男女や身分蔑視”されている方々、あなた方のすぐ側まで迫っているかもしれない“災厄”があることを、努努お忘れなきよう」
最後に牽制し、シンシア様を侮辱した男子生徒を一瞥してから、淑女の礼ではなく騎士の礼をとり、シンシア様と共にその場を後にする。
会場は、前に演説したような拍手はなく、異様な雰囲気に包まれたのだった。
そして、壇上から降りた私の前に現れたのは。
「ルビー」
順番を控えている王子二人だった。
その後ろには、事情を聞くためだろう、選挙管理委員会の面々がいて。
(……こうなることは予想していたわ)
王家からの緘口令を破って生徒達に発言した“災厄”。
緘口令が敷かれている理由は、百年に一度、瘴気を防ぐために地下世界へ送られる“生贄”は、国民の中でただ一人、無作為に選ばれるからだ。
その一人に選ばれることを危惧し、恐れをなした国民が恐怖に慄かないよう、緘口令が敷かれ、国民も自分が選ばれないようにと口にしなくなったのだ。
(それが耳を塞ぎ、目を背けてきた根本的な要因)
そして、その“生贄”となる人物を地下世界に送るのが、他ならない今目の前にいる彼ら……攻略対象者とまだ見ぬヒロイン、つまりゲームの根幹となるストーリーなのだ。
そんなことを冷静になって考えている私に、選挙管理委員会の方々が言葉を発する。
「あなたの発言に対し、学園長からお呼び出しがかかっています。ご同行願えますか」
(まるで罪人ね)
まあ、実際そうなのだけど、と肩をすくめ、左手首を差し出せば、腕輪が嵌められる。
逃げられないようにするための魔法封じの魔道具だ。
「「ルビー!」」
「ルビー様、私も行きます!」
王子二人とシンシア様の言葉に、私は笑顔を浮かべる。
「大丈夫。私、強いから」
そう口にすると、管理委員会の方々の後を大人しくついて行くのだった。
明日から投稿時間を朝の7時から夜の19時に変更させていただきたいと思います(執筆、見直し等の関係です)。
投稿出来る日は朝も投稿する予定でおります。
把握のほどどうぞよろしくお願いいたします。




