25.波乱の生徒会役員選挙①
生徒会役員選挙当日。
校舎に足を踏み入れた瞬間、生徒達からの黄色い歓声が飛ぶ。
「王太子殿下、頑張ってください!」
「あぁ、ありがとう」
そうグレアム様が声援に応えるように王子スマイルを返して礼を述べただけで、女子生徒はきゃーっと歓声を上げる。
(……この調子ではやはり、王太子殿下がトップを取ることになりそうね)
生徒会役員選挙のシステムは、得票数によって役職が決まる。
最も多い得票数を獲得した者が生徒会会長となり、次席が副会長、そして三位以下はそれぞれの得意分野を話し合い、書記一人と会計二人に分かれる。
(前世でろくに学校生活を送っていなかったから、生徒会役員選挙の詳細も全然知らないけれど……、普通はどの役職に就きたいかで立候補するものではないかしら?)
話し合いで書記と会計を決めるなんて、2トップ以外はまるでオマケみたいな感覚で嫌だわ、なんて考えていると。
「「「ルビーさま〜!!」」」
「!?」
大声で女子生徒に名前を呼ばれ、その方向を見れば、アデラ様を筆頭に彼女達が横断幕まで作り、私に声援を送ってくれていた。
しかも、そこにはかなりの人数の方々がいて。
(まさか、こんなに私を表立って応援してくださる方々がいるなんて)
攻略対象者達は、すでに一年生の時から生徒会役員に入っており、彼等には根強いファンがいる。
だから、私が頑張ったところで応援してくれる生徒は皆無に等しいかもしれない。
それでも、肩身の狭い思いをしている生徒のため、声を上げることで何かが変わる、そう思って立候補することを決めたけれど。
(……アデラ様は言っていた。“あなた様を支持している方々が大勢いらっしゃる”と……。
表立って声を上げられないだけで、隠れて私を支持してくれている方々がいらっしゃるとも教えてくれた)
私は今回……、いえ、今までの立候補者の中で異質だと断言出来る。
学園に革命をと謳っている私を応援することが、かなりのリスクを伴うことになるとも。
(でも、私は)
迷うことなく彼女達に近寄っていくと、まさか近くに来るとは思っていなかったのだろう、皆一様に目を丸くした。
そんな彼女達に向かい、今思っていることを素直に口にする。
「ありがとうございます。応援してくださる皆様のご期待に沿えるよう頑張ります。
絶対に、後悔はさせません」
そう言って微笑み、騎士の礼をすれば。
「「「きゃー!!」」」
彼女達だけではなく、他の方からも歓声が聞こえたような気がする。
私はもう一度笑みを浮かべてから、踵を返し、気を引き締めて前だけを見据える。
(覚悟は出来た。彼女達の応援を胸に、頑張らなくては)
これは私だけの問題ではない。
皆の今後に関わること。
この学園で共にする生徒達が無事に学園生活を送れるように取り計れるのは、先の未来を知る私しかいないのだから。
そうして長い廊下をいろいろな歓声が飛び交いながら歩いていると。
「ルビー様」
不意に聞こえてきた声に後ろを振り返ると、そこにいたのは。
「っ、シ、シンシア様……?」
私の言葉に、彼女は笑顔で「はい」と頷く。
そんな彼女を見て、どうして、と尋ねようとした私より先に、ヒョコッと彼女の後ろから現れたのは。
「じゃーん! どう? 俺天才でしょう?
ま、髪を切ったのは俺じゃないんだけどー」
そんな軽いノリで現れたカーティスに、いつもならカチンと来るところだけど。
「……天才だわ」
「「え?」」
二人の声がハモる。そんな二人に興奮気味に詰め寄ると、私は声を上げた。
「最高よ! シンシア様、すごく似合っているわ!」
「!」
そう、シンシア様の顔半分を覆っていた長い前髪は目の上あたりで切り揃えられ、分厚い眼鏡もなくなり、今まで見えなかった瞳が今では私の姿を映している。そして。
「あなたの瞳は、新緑の色だったのね。柔らかな芽吹きの色……。素敵ね」
「!」
「カーティス、あなた天才だわ。やるじゃない」
「……っ、き、君に褒めてもらえるとは、思わなかったよ……」
カーティスは先程のナルシストぶりはどこへやら、狼狽え、しどろもどろになる。
そんな彼と彼女を交互に見て首を傾げた。
「でもなぜ容姿を? ……まさか、今日のために?」
思い当たってそう尋ねると、彼女は小さくはにかみながら頷き、前髪を弄りながら言った。
「はい。カーティス様にお願いしたんです。
……今までの自分とは違うぞっていう意味と、ルビー様の隣に胸を張って立てる自分になれるように」
「え……」
シンシア様はそういうと、笑みを浮かべて言った。
「昨日ルビー様にいただいた原稿を拝読いたしました。
内容には正直、とても驚きましたが……、でも、私が憧れたルビー様らしくて素敵だと思いました。
そして、同時に思ったのです。
やっぱりルビー様こそが、革新者となるに相応しい……この学園の在り方、更にはこの国の在り方を変えてしまう力があるのではないかと」
「シンシア様……」
シンシア様は、ぐっと胸の前で拳を握って訴えた。
「私を、ルビー様の起こす革命に協力させてください。
私では、あまり力になれないかもしれませんが。
それでも、ルビー様と共に私も戦いたいです!」
「……そんなことはない」
「え……」
私は彼女の手を両手で握り、笑みを浮かべて口にした。
「あなたが隣に立ってくれるということが、何より力になる。
この二週間ほどで、弱音を吐くことなく私と共にいてくれた。
……そのせいで、周囲から色々言われていることも知っている」
「!」
私と共にいることで、彼女も裏で陰口を叩かれていた。
私はこれでも辺境伯家の令嬢だから面と向かって何かを言われたことはないけれど(あ、アデラ様は例外ね)、シンシア様は平民の出ということもあり、彼女自身は隠していたつもりだったようだけど、散々嫌な思いをさせてしまったことを私は知っている。
「安心して。あなたに嫌がらせをした方々には、それ相応の対処をしておいたから。
もちろん、誰かとは気付かれないようにね」
そう言ってウインクしてみせれば、彼女は新緑色の瞳を丸くした後、やがて涙交じりに笑う。
「さすが、ルビー様です!」
「ふふっ。では、参りましょうか」
私は優雅に手を差し伸べる。
シンシア様は「はい!」と、いつものように元気よく返事をし、笑みを浮かべて私の手を取った。
(もう迷わない)
私を応援してくれる声がある限り……、いえ、たとえ応援の声がなくなったとしても。
(私は、抗ってみせる)




