23.生徒会役員選挙準備⑧
朝投稿出来ず、遅くなってしまい申し訳ございません…!
「っ、良くも懲りずに毎日いらっしゃるわね……っ!」
手をワナワナと震わせて怒りを収められずにいると、目の前にいる王子二人は仲良くそっぽを向き、カーティスはいつものヘラヘラとした笑みを浮かべて答える。
「いやー、ルビーは人気者だねぇ」
「ふざけないで! 遊びでやっているんじゃないのよ!」
早朝にそぐわぬ大声で言い合う私達の間でオロオロしているのはシンシア様。
そう、あの日から私とシンシア様の訓練に毎朝毎朝性懲りも無く現れる攻略対象者達暇人三名。
それに加えて、今日は。
「……何か言いたげな目でこちらをじっと見つめるのはやめていただけませんか?
レイ・シールド様」
そう嫌味を込めてフルネームで名を呼ぶと、彼……レイ・シールドは、眼鏡を上げる仕草をしてこちらを見て言った。
「私はあなたに付いてきたのではなく、グレアム様についてきたまでです」
「……何でも付いてくるなんて、まるで腰巾着……いえ、金魚のフンですわね」
「なっ」
「さ、行きましょう。今日こそこの人達に妨害されて出来なかった走り込みをするわよ」
「はっ、はい……!」
そう言うや否や、シンシア様と私は駆け出す。
「あれっ、ルビー! 俺達は!?」
そんなカーティスの問いかけを無視し、シンシア様と走っていると、すぐ後ろから男性陣に追い抜かれる。
一瞬負けたくないという血が騒ぎイラッとしたものの、シンシア様のペースに合わせることが今の目的だからと一緒に走っていると。
「ル、ルビー」
そうシンシア様ではない高い声の主……エディ様に名を呼ばれ、振り返ることなく答える。
「私達のペースに合わせず、先へ行ったらいかがですか」
「い、いや、君と話がしたくて」
「私は話すことなどありません」
「聞いてくれるだけで良いんだ、僕の独り言だと思って」
「…………」
珍しく、弱気な彼にしては引き下がらないことに何も返さず黙ると、彼は息を吐いて言った。
「あれから、考えたんだ。君が言った“甘ったれないで”という言葉を。
僕は……、ずっと自分に、第二王子という立場に自信が持てずにいたんだ。
王太子という兄とは雲泥の差だと、そう思って」
「……」
走りながら、彼の言葉は続く。
「でも、君に指摘されて、ようやく気が付いた。
第二王子だから、を言い訳にして、全てを諦めていたのは、紛れもない僕なんだって」
話すうちに、彼の息が上がっていく。
それでも必死に口を開こうとする彼とようやく目を合わせた私に、彼は笑みを浮かべた。
「ここ最近のルビーも、以前のルビーも、見ていて思った。
僕が憧れ、君の背中を追っていたのは、努力を惜しまず、常に人のことを思いやる、温かい心の、持ち主だからだって。だから、僕は」
「エディ様」
「?」
彼がその先の言葉を紡ぐ前に、視線を合わせたままはっきりと言葉を紡ぐ。
「今のあなたは足手まといよ」
「……!!」
「ル、ルビー様」
エディ様はその言葉に絶句し、シンシア様が戸惑ったように口にする。
そんな二人を置いて、私はスピードを上げて走る。
そして、前方を走っていた男性陣に追いついた。
それにいち早く気付いたのはグレアム様だった。
「ルビー?」
「あれ? シンシア嬢は? 撒いてしまうなんて珍しいね」
「エディ殿下は?」
そんな彼らの言葉に一言、言葉を発する。
「付いてきて」
「「「……?」」」
それだけ言って踵を返すと、もう一度来た道を走り始める。
後ろから彼らの足音が聞こえてくるのを確認して、走ること数分、エディ様は先ほどとあまり変わらない場所でシンシア様と共にいた。
(……よかった。シンシア様が一緒にいてくださったのね)
そうホッと胸を撫で下ろし、彼等に近づくと、エディ様が顔を上げた。
「!」
その顔を見て一瞬息を呑んでしまう。
それは、エディ様が涙をこぼしていたからだ。
「……ルビー、見捨てないで」
「えっ?」
驚き言葉を失ったのも束の間、彼が私の手をギュッと握った。
驚く私に、涙ながらに訴える。
「足手まとい、だなんて言わないで。僕、変わるから。強くなるから。
だから、僕のこと、見捨てないで……」
震える声でそう口にした彼を見て、私はようやく口を開いた。
「……あなた気が付いていないの?」
「え……?」
息を吐き、彼の顔を覗き込んで言った。
「そうやって気持ちがネガティブになるのも、顔色が悪いことも。
無理して早起きしているからでしょう?」
「っ、どうして……」
「貧血。昔から朝に弱いじゃない」
「……っ」
エディ様は息を呑む。そんな彼に向かって諭すように言った。
「“今のあなたは”って言ったでしょう? 体調面で無理をして訓練する必要はないの。
というか、強くなる云々以前に体調管理が出来ていないのが問題なのよ」
「……はい」
「多くの人を治める立場にある以上、己の足で立ち、時には我慢することが求められ、時には苦しくても隠し通さなければならないこともある。
だけど、我慢をしすぎて体調を崩したら本末転倒。もし一国の王だったら、采配を執れなくなってしまうでしょう?
そうしていよいよもって一人では立てないと思ったら、周りを頼りなさい。私だけでなく、あなたには幼馴染やお兄様という味方がいらっしゃるのだから。
……まあ、本当に頼れる人達かどうかは分からないけれど」
「嫌だなあ、ルビー。君は僕を頼ってくれるじゃないか」
「カーティス、話がややこしくなるから喋らないで」
だから嫌なのだこの男は、と顔を顰めた私を見て、エディ様は言う。
「……そっか。僕は……」
そこまで口にした彼の身体が、横に傾く。
「「エディ!!」」
名前を呼び、エディ様に駆け寄ったのはグレアム様とカーティス様で。
私は口を開いた。
「貧血を起こして眠っているだけよ。一応保健室に連れて行ってあげて」
「……ルビーは、気が付いていたのか?」
グレアム様の言葉に呆れて言う。
「気が付くもなにも、あれだけ顔色が真っ青なのだもの、あなただって気付いていたはずでしょう?」
「……エディは、俺の言うことは聞かない」
その間に、カーティスが彼を運ぶ。
その背中を目で追うグレアム様に呆れた。
「それは兄として威厳がない証拠じゃない」
「うっ」
「言うことを聞かないからと、向き合わずに顔を背けていたら今のようなことになる。
……それに、エディ様が憧れているのは、私ではなくあなたよ」
「え……」
「これ以上は私の口からは言えない。早く行って。
あなた達兄弟のいざこざに、これ以上時間を取られたくないの。
本当ならこの時間はシンシア様と訓練している時間なのだから」
「……ありがとう」
グレアム様はそういうと、彼等の元へ走っていく。
そして、またこちらを見ている人物に目を向けずに言った。
「あなたも。金魚のフンらしく早く行ったら?」
「……なぜだ」
彼の口調に敬語がないことに気が付き、面倒だと思いながらも振り返る。
そんな私に、彼は詰め寄るようにして言った。
「なぜいつも、あなたは思わせぶりな態度をとりながら、彼等を突き放すような真似をする……っ」
レイ様の言葉に、私は白けた目を向けて返す。
「……では、関わり合いにならなければ良いと?」
「違う!」
「……はあ」
私は大きくため息を吐くと、口にした。
「私がどう彼等と接しようが、あなたに関係ないはず。
大体、私達は互いを嫌いだと思っているので、あなたが私と関わらなければよろしいだけです。
私がどうしようが、あなたには関係ありませんし、とやかく言われる筋合いもありませんもの」
「……っ、私だってそうしたい! だが、グレアム殿下は……」
そう言ってギュッと拳を握るシールド様を一瞥して言った。
「……仕方がないでしょう。冷たい態度を取ってもなお、彼等は私に近付いてこようとするのだから。
そんなに言うのだったら私だって困っているのでどうにかしてくださいます?
というか、あなたは今後一切私に近付かないでくださいませ。それでは」
言うだけ言って、オロオロしているシンシア様に声をかけて走り込みを再開する。
「……ルビー様」
そう声をかけられ、自分が今どんな顔をしているのかに気が付き、口を開いた。
「大丈夫。少し疲れてしまっただけだから」
彼女にも自分にも、そう言い聞かせたのだった。




