22.生徒会役員選挙準備⑦
そして。
「なっ……!?」
約束通り、いつもの時間のいつもの場所でシンシア様を待っていると、現れたのはシンシア様だけではなく。
「来ちゃった」
てへ、と全く可愛くない笑い方をするカーティスと、それから。
(グレアム様にエディ様まで……)
仲が悪いくせにどうして一緒に来るんだ、と白目になる私に、シンシア様が慌てたように謝った。
「ご、ごめんなさい、ルビー様! カーティス様にお願いされてしまって……」
「カーティス?」
ギロッと睨みつけると、彼は両手を挙げて言った。
「嫌だなあ、詰め寄ったりはしていないよ?
だけど、『僕も強くなりたい』と言ったら心優しい彼女が教えてくれたんだ。ねっ?」
「は、はい……」
シンシア様の頷きに、私は頭を抱える。
「シンシア様、追加しておくわ。
この人の言葉、大半が嘘で塗り固められているから絶対に信じないで」
「わーひどーい」
「当たり前でしょう!? 何が強くなりたいよ! 辺境伯家の家の者が強くないわけがないでしょう!」
それも王子二人を連れて何を考えているんだ、と怒りが収まらない私に、おずおずと口を開いたのは。
「ルビー、ごめん」
碧眼の瞳でこちらを見るエディ様の姿で。
そうして話を切り出そうとした彼の言葉を聞かず、私は笑顔で言い放つ。
「学園内を塀に沿って十周」
「「「は……?」」」
ポカンとバカみたいに唖然としている彼らに、時計の方を見やって口にする。
「ほら、早くしないと間に合わないわよ。
十周きちんと完走したら話を聞いてあげないこともないわ」
「わっ、さすがのドSっぷり……!」
「カーティス?」
カーティスだけでなく彼らをギロっと睨むと、彼らは怯えたように走り出した。
その背中を見送り、シンシア様も走り出そうしたのを引き止める。
「男性陣は置いておいて、私達は今日は別メニューをこなしましょう?」
「別メニュー?」
「えぇ。背筋や腹筋などの筋肉を鍛える“筋トレ”を行いましょう」
「わ、分かりました」
そう言いながらも、いきなり十周……と呟く彼女に私は苦笑する。
「王子二人と辺境伯令息よ? こんなの朝飯前だわ」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、だから心配いらない。……それでも、話を聞くのは面倒だから一人一分でお願いしようかしら」
思わずそう口にした私に対し、シンシア様はクスクスと笑う。
そんな彼女に向かって肩をすくめてから、気を取り直して彼らとは別メニューの筋トレを始める。
そして。
「お、終わったよ……」
そう言って肩で息を吐く彼らはほぼ同時にやってきた。
私は時間を見て呟く。
「及第点ね」
「ルビー、話を」
「嫌」
「「「え……?」」」
愕然とする彼らに向かって笑みを浮かべると、立ち上がって言った。
「時間もないことだし、話は後で。それに、三人とも汗臭いから近寄らないで」
「「「なっ……!?」」」
「行きましょう、シンシア様。私達も準備をしないと時間がないわ」
「は、はい……」
彼女はカーティス様方と私とを交互に見てから、私についてくる。
そして、困ったように後ろを振り返る彼女を見て言った。
「……ね、言ったでしょう? 私、男性には絶対モテないタイプの強さなの」
「そうでしょうか? ……私には、ルビー様はとてもお優しく見えますが」
「え?」
思いがけない言葉に彼女を見やれば、彼女は時計を指し示して言う。
「だって普段なら、学校に間に合うように早めに切り上げているので、こんなに遅い時間まで特訓しませんよね?
だけど、今日遅くなったのは、カーティス様方が十周終わるまで待っていたからではないですか?」
「!」
彼女の言葉に、少し瞠目する。
(……鋭い洞察力ね)
思わず舌を巻いてしまうけれど、平然を装って言った。
「……あの人達、変なのよ。こんな面倒な女と関わり合いにならない方が良いのに、それでもなお近付こうとする。
昔の私とは、もう違うのにね」
「昔?」
「あなたには言っていなかったわね。彼らと私、こう見えて幼馴染なの。といっても腐れ縁なのだけど。
……良い加減、幼馴染離れしてほしいものだわ」
そう呟くと、シンシア様は首を傾げた。
「どうして、ルビー様は……」
「?」
彼女はそこまで言って、首を横に振る。
「いえ、やっぱり何でもありません」
「何、気になるじゃない」
「ふふ」
彼女は誤魔化すように笑ってから、私を見て言った。
「それよりも応援演説、楽しみにしていてくださいね! 私もルビー様の演説、楽しみにしております!」
その言葉に、心が温かくなる。
(あぁ、自分の味方がいてくれることが、こんなに嬉しい事だったなんて)
知らなかったわ、と思いながら噛み締めるように口にした。
「えぇ、お互い頑張りましょう」
そうして、昼休み。
「ルビー」
シンシア様と二人で談笑しながら食事を摂っていると、声をかけられた。
「……グレアム様」
王太子殿下の登場にうげ、と顔を顰めると、彼はそれでも引き下がらずに言った。
「二人で話がしたい。良いだろうか」
「ど、どうぞ! 私、食事を食べ終えましたから! ルビー様、それでは!」
「シ、シンシア様!?」
二人きりなんて勘弁願いたいのだけど! と引き留める間もなく、彼女は特訓の成果が出てきたのか、あっという間に姿を消す。
「「……」」
そのおかげで私とグレアム様の間には沈黙が流れた。
そして、先に口を開いたのは私の方だった。
「……今朝のあれは何? 茶化しにでもきたのだとしたら大迷惑なんだけど」
「違う! 茶化したんじゃなくて……、俺も、強くなりたいと思ったからだ」
その言葉を鼻で笑う。
「強くなりたい? 元婚約者である私から学んで強くなりたいだなんて、一国の王子としても男としてもそれはどうなの?」
「ぐっ……」
彼が傷つく言葉を丁寧に口にして差し上げるけれど、彼はそれでもめげなかった。
「何とでも言って良い。俺は、あの時君に負けた時点で君より弱い男だ。
……今のままでは、ダメなんだ」
「あ、そう」
別に興味ないんだけど、という顔で冷めた目を向けると、彼は慌てたように言った。
「だから、教えて欲しいんだ! 君から見た俺は、どこを直せばもっと強くなれるのか!
……魔法決闘の時に感じたことを、正直に教えて欲しい」
「……」
どうして私がそんなことを、と思ったけれど、確かにあの時の王太子殿下のままではこの国の未来が心配だわ、と思い、息を吐いて口にした。
「……あなたは根本的に安直すぎるのよ」
「うっ」
「まずは詠唱。あんな大声で言うべきではないわ。確かに気持ちの込め方で魔法の威力が変わってくるとはいえ、相手に聞こえるような声量で言ったら、相手に手の内を見せているも同然。
それに加えて発言するスピードも私より格段に遅いと来るから、敵に自ら弱点をひけらかし、隙を与えているようなものね」
「うっ……」
「それから気付いていないでしょうから言っておくけど、魔法陣を生み出した以降の私の魔法は、全て幻覚。
幻覚魔法を併用しただけの、目の錯覚よ。
あの時あなたが躊躇して水龍を消さなければ、私はあなたに負けていたわ」
「え……!?」
案の定、彼は絶句する。
その姿を見てため息を吐いてから口にした。
「良い? あなたが見ているそこにあるもの全てが真実ではない。
……己の心でよく考えて、真の目でそれが真実かどうか見極め、判断する。
一国の国王となるのなら尚更、審美眼を今の内に養わなければ国の将来は暗いでしょうね」
「……っ」
「もう行って良いかしら? 授業に遅れるわ」
そう言うと、お弁当を持って立ち上がり、歩き出す。
「待て!」
呼び止められ、振り返ると、彼はこちらに目を向けて言った。
「ありがとう」
そう言われ、私は肩をすくめた。
「……お礼を言われるほどのことではないけれど」
「いや、君のおかげでやるべきことが定まった。だから、ありがとう」
そう言って、グレアム様は笑みを浮かべる。
その笑みは、いつも他人に向けるものとは違うことに気が付き、思わず呟いた。
「……やっぱりあなた変よ」
「え!? 何か言ったか!?」
そんな彼を無視して歩き始める。
(……本当に、おかしいわ)
彼のことだから、冷たくし、突き離せば簡単に離れていくと思ったのに。
こんなはずではなかったと、後ろから走ってくる足音を聞きながら、振り返ることなく前だけを見つめて歩きだしたのだった。




