18.生徒会役員選挙準備③
なんて、第二王子殿下に偉そうに言ったとはいえ。
(まずいわ、私、このままでは不戦勝で終わってしまう……)
あれから二日ほどが経ち、刻一刻と生徒会役員選挙は迫るばかり。
授業では積極的に発言したり、目立ったりはしているものの、視線は逆に遠巻きになっている……ような気がする。
(恐れ慄かれているというのかしら、羨望の眼差しとかもあるとは思うけれど……、クラスメイトからすらも話しかけられないようでは、一向に生徒との仲は縮まらず、本末転倒じゃない!)
これは想定外だったわ、と歯痒く思う。
以前のルビーは根暗でとっつきにくい性格だったけれど、現状も視線が変わったくらいでクラスメイトとの距離は殆ど変わっていない。
それどころか……。
チラ、と先程から女子生徒の黄色い声が上がっている方に視線を向ければ、王太子殿下が囲まれており、笑顔で対応しているのが映る。
(……やはり、不動の人気は彼なのよね)
私が婚約者から降りた瞬間、彼はより一層女子生徒に囲まれるようになった。きっと女子生徒の間では、空いた婚約者の座に誰が座るかでバチバチなことだろう。
外面が良い彼だ、今だって笑っているけれど、顔に“迷惑”と書いてあることくらい、無駄に長い付き合いの私には分かる。
そして、そんな彼とは二日前、第二王子殿下を交えて話してから挨拶しか交わしていない。
彼のことだから、何か言ってくるかと思っていたけれど……。
(あれでも、二人共に互いに気が付いていないだけで、互いのことを気にしているし)
変に拗れているだけで、少し話し合えば和解するのでは……なんて、他人のことに首を突っ込んでいる場合ではない。
(どうするのよ私! 応援演説してくれる方がいないのは痛いけれどいっそ強行突破するためにヴィンス先生に掛け合ってみるしか)
「あ、あの……」
「ん?」
声をかけられたような気がして後ろを振り返れば、そこにいたのは。
「シンシア様?」
「!」
その言葉に、彼女……眼鏡をかけた長い前髪に顔の上半分を覆われている女性は、驚いたように固まった。
「私に何かご用ですか?」
何も言わない彼女に助け舟を出したつもり、だったけれど……。
「〜〜〜やっぱり良いです!!」
「え!?」
バッと効果音でもつきそうなくらいの速さで顔を上げ、ものすごい速さで教室を飛び出していく。
まるで嵐のような方……って。
(悠長なことを言っている場合ではない!)
私はバッと立ち上がると、教室を飛び出し、マナー違反だと分かりながらも廊下を走り出す。
周囲の視線を感じるけれど、そんなことよりも彼女を捕まえ……いえ、引き止めなければ。
その一心で追いかけたのだけど。
(びょ、秒で追いついた……)
ルビーはとにかく足が速い。
辺境伯家の者として父に鍛えられたことと元々運動神経がズバ抜けて良いこともあり、加えて父が考案した地獄のような鬼訓練にも耐えてよかった、と心底思っていると。
「ほ、本当に、何もかも、完璧、なんですね……」
さすがに周囲の目が気になると、場所を移し、殿下方と二日前にお話しした人目につきにくい裏庭に移動すると、彼女は開口一番そう言って息を切らしながら、その場に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫? お水を持ってきましょうか?」
「いえ……、大丈夫、です」
彼女は深呼吸をしてから立ち上がると、ギュッと拳を握り口を開いた。
「……突然、お声をかけてしまった挙句、逃げてしまって申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げられた私は首を横に振って返す。
「いえ、謝ることじゃないわ。何かお話ししたいことがあったのでしょう?
ここなら人の目も気にしなくて良いから、焦らなくて大丈夫よ」
その言葉に、彼女は驚いたように息を呑む。
分厚いメガネと前髪で瞳は見えないけれど、彼女は私の方を見て言った。
「お気遣いをありがとうございます。
私は、シンシアと申します。もうご存知かと思いますが、ここからずっと離れた地方に住む、平民出身です」
「ちなみに、どちらからか聞いても?」
「ブレイディ地方、です」
「まあ! ブレイディといったら、自然が豊かで特産物である果実農園が栄えている場所よね。中でも、国で一番海が綺麗に見えると言われる花畑が有名となり、今では貴族の中でもお忍びデートに訪れる方々がいらっしゃるとか」
その言葉に、彼女は目を丸くする。
「よく、ご存知ですね」
「これでも西の地を守る辺境伯家の血筋だから、地理や風土、特産物などは散々頭に叩き込まれているの。
特に私は海が好きだから、ブレイディ地方に訪れてみたいと、チェックしていたというのもあるわ」
「そうだったんですか! 私の家からも丁度窓から海を見渡せるんですよ」
「まあ! 本当に素敵ね!」
ルビーもそうだったけど、私も前世、海が大好きだった。
日本がこの国と同じ島国だったこともあり、退院出来る度、我儘を言って連れて行ってもらったりしていた。
(妹と二人で、彼女に心配されながら我儘を言って……)
懐かしいわ、と笑みを溢すと、彼女はポカンと口を開けた。
「何か私、変なことを言ったかしら?」
思わずそう尋ねると、彼女はハッとしたようにブンブンと首を横に振って言った。
「いえ、そんな、滅相もございません!」
「ふふ、怒っていないから安心して」
その慌てように思わず笑ってしまえば、彼女はようやく落ち着きを取り戻し、しみじみと口にした。
「……エイミス様は、変わられたのですね」
「え?」
その言葉に今度は私が驚いてしまうと、彼女は苦笑して言った。
「こんなことを言うのは、失礼に当たるかもしれませんが。
私、以前の……王太子殿下の婚約者様でいらっしゃるエイミス様は、私とどこか似ているのかな、なんて恥ずかしい勘違いをしておりました」
「私とあなたが、似ている?」
「いえ、あの……、はい。お恥ずかしながら。
エイミス様は、目立つのがお嫌いなのかな、とか……」
「……あなたは、目立つのが嫌い?」
私がそう尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「目立って良いことって、ないかなと思っていたんです。
特に私は、平民出身だから」
(……なるほど)
つまり、彼女もまた、平民と貴族という差を感じ、学園で肩身の狭い思いをしている内の一人。
そこで生じた疑問を彼女に投げかける。
「では、あなたのいう“目立って良いことがない”とは、具体的にどんな?」
私の言葉に、彼女は逡巡してからおずおずと答えた。
「……たとえば、授業で挙手をしにくいことです。
苦手な教科の時は質問をしたくても出来ないし、逆に得意な教科の時は挙手をして良い成績を修めたい」
「そうね、それは至極真っ当な感情だと思うわ」
「……一度だけ、得意科目の授業で挙手をして発言し、正解したことがあったのです。
そうしたら、“平民風情が”とか、“女のくせに”と言われて……」
「よし、分かったわ。その方々の名前を教えて。私の中のブラックリストに刻んで後でお仕置きしてあげるから」
「! ふふっ、そう言ってくださって嬉しいです。それに、エイミス様は面白い方、なのですね」
「そう?」
彼女はクスクスと笑ってから、遠くを見つめる。
「私は、家族の中で唯一属性に秀でた魔法使いなんです。
だから、頑張らないといけない、そう思うけれど、平民だから上手くいかないことの方が多くて諦めていたその時、エイミス様が良い意味で変わられ、王太子殿下との決闘に勝利した後、皆の前で堂々と訴えかけた。
その姿を拝見し、言葉を耳にした時、思ったのです。
“エイミス様のように強くなりたい”と」
そう言うと、彼女は真っ直ぐと私を見つめて懇願した。
「差し出がましいお願いだと分かっています。
ですが……、私にも、エイミス様の強さの秘訣を教えていただけませんか」




