14.ルビー・エイミスの戦略④
王太子殿下はそう言うと、私と目を合わせることなく真っ直ぐと彼女達を見据えている。
なぜ彼がここにいるのか、考えなくとも分かった。
(……余計なことを)
後でここにはいない無粋な男に文句を言わなければね、とあの黄緑頭を思い出し苛立つ私をよそに、王太子殿下はまるで私を庇うように前に立ち、彼女達と対峙して言った。
「君達は、何の話をしていたのかな? 聞かせてくれる?」
言い方は寄り添うような口ぶりだけれど、きっと目は笑っていないのだろう。
彼女達は顔を赤らめたり青くしたり、忙しなく表情を変えながら困っている。
(……あぁ、もう! 計画が台無しじゃない!)
これ以上彼にこの会話の主導権を握られては堪らないと、私は彼をグイッと押すように前に進み出る。
「なっ……!?」
驚いたような声が聞こえたけれど、そんな彼を無視して私はガシッとアデラ様の手を掴んだ。
そして。
「ありがとうございます!」
「……え?」
にっこりと笑って礼を述べると、唖然としている彼女に向かって言葉を続ける。
「マクレナン公爵家のアデラ様が、まさか私のことを応援してくださるとは!」
「そ、そんなこ」
「嬉しいです」
そう言って、掴んだ彼女の手を持ち上げ……、その甲に口付けを落とす真似をする。
「は……!?」
後ろからなぜか王太子殿下の驚く声が聞こえたような気もするけれど、それはただの幻聴とし、驚いて声も出ないアデラ様に向かって胸に手を当て告げた。
「私を生徒会役員として推して下さること、大変光栄です。まだまだ未熟者ですが、美しく聡明なアデラ様のご声援を胸に精進いたしますので、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます」
そう言って彼女に向かって完璧な笑みを湛えると。
「っ、ひぇ……」
「「きゃーーー!」」
アデラ様は魂が抜けたようにその場に座り込み、そして、取り巻きのお二人は手を取り合って歓声を上げる。
(……よし、落ちた)
そう、これが私の作戦。
今のままでは確実に、三週間後に控えた生徒会役員選挙で支持は得られない。
支持率を得るために私に必要なのは。
(この顔を使って女子生徒の支持率を上げる!)
はっきり言って、男子生徒から支持を得られるとは思っていない。
男尊女卑に苦言を呈しているのだ、敵に回す言い方をしているのに支持してもらえるとは思わない。
だけど。
(全校生徒の三分の一が女子生徒。そのため、女子生徒からの支持を集めることが出来れば、生徒会役員に名前を連ねることが出来る!)
そう考えてのことだった。
だから、女子生徒と分かる手紙をいただいても無視したり、嫌な顔をしたりしなかった。
そのおかげで。
「……お」
「お?」
ようやく我に返ったアデラ様は、パッと私の手を離し、そして。
「応援しておりますわぁ〜〜〜!」
「「ア、アデラ様!!」」
どうやらキャパオーバーだったらしい。
物凄い速さでアデラ様と、その背中を取り巻きの方々が追い、あっという間に姿を消した。
(……あ、嵐のような方々だったわ……)
一気に疲れが押し寄せたものの、あの表情を見ればもう私に文句は言ってこないだろう。
そして、あわよくば王太子殿下派から寝返ってくれれば。
そう考え、思わず口角を上げかけたのだけど。
「……い、今のは一体何だったんだ?」
(……そうだ、すっかり忘れていたわ)
まだこの場にいるのは私だけではなかったことを。
不本意だけれど、さすがに王太子殿下を無視するわけにはいかず、彼の言葉にため息交じりに返す。
「見ての通りですわ。私のファンとお話ししておりました」
「そ、そのようには見えなかったが」
(あーーーしつこい)
早く帰れ、と内心毒吐きつつ、やはり一言文句を言わねば気が済まない、と口にした。
「それで? こんなところに王太子殿下が何か御用ですか?」
その言葉に、彼は分かりやすく焦り出す。
「あ、いや、その……、さ、散歩をしていて、たまたま声が聞こえて」
「へぇ。随分お暇なんですね」
「うぐっ……」
声を喉に詰まらせる彼に、もう一度ため息を吐きつつ呆れながら言う。
「嘘がバレバレです。次代の国王がこれでは、国の将来が不安ですね」
そう物申せば、王太子殿下は必死な様子で声を上げる。
「し、心配だったんだ! 君が、差出人もない手紙を貰ったと聞いて……」
「……余計なことを」
舌打ちこそしなかったものの、苛立っているのが分かったのだろう。
王太子殿下は身を乗り出して言った。
「ほ、本当に心配だったんだ! 君が、俺のせいで嫌な思いをしているんじゃないかと」
「はい、現在進行形であなた様がいらっしゃってから」
「うぐっ…………」
かなりのダメージを受けたらしい。
そのくせ、私に付き纏おうとするのは何なのだろうか。
攻略対象者達は一体何を考えているのだろう、と甚だ疑問に思いながらも言葉を続ける。
「大体、言いましたよね? “私に関わらないでください”と。
願い事を何でも聞き入れると仰ったのは王太子殿下の方です。男に二言はないと言いますよね? 見損ないました」
ようやく王太子殿下とおさらば出来る。
そう思ってからのこれはないのでは、と不満を口にすると。
「……だ」
「は?」
王太子殿下は、今度は弱々しく縋るような目で私を見て告げた。
「無理だ。その願いだけは、聞き届けることが出来ない」




