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13.ルビー・エイミスの戦略③

 そして。


「エイミス様」


 約束の昼休み。待ち合わせの場所である庭園に向かった先にいたのは。


(うわ……)


 濃い桃色の長い髪を縦巻きカールした派手めな女性+取り巻き二人の姿が。


(お名前は存じ上げないけれど記憶にあるわ。

 確か王太子殿下の熱烈ファンで、婚約者として側に立っていた私のことを、凄い物言いたげに見ていた女性……)


 でも、声をかけられたことはなかった。

 年も彼女の方が一つ年上だし、接点もなかったからと思い出しつつ、それにしても見た目がよほど私より悪役令嬢に見えるな……なんて現実逃避している間に、彼女は長い睫毛をバシバシと瞬きながら口を開いた。


「お初にお目にかかりますわ。私は三年のマクレナン公爵家のアデラと申します」


 その言葉に、私もマナーを守って口を開く。


「お初にお目にかかります。私は」

「存じ上げておりますわ」


(……ですよね)


 わざわざ手紙で呼び出されているんだもの、ということはおくびにも出さず、微笑みを返せば、彼女達の頬が僅かに紅潮する。

 その反応を見て確信した。


(よし、この顔は十分通用する)


 良かったと安堵しつつ、固まってしまったマクレナン様に向かってにこりと笑みを浮かべたまま尋ねる。


「私に、何かご用でしょうか?」


 その言葉にハッとしたように慌てた彼女は、「えぇ、そうですわ!」と縦巻きカールを揺らしながら告げた。


「単刀直入にお聞きします。貴女が王太子殿下の婚約者を降りた、というのは本当ですの?」


(…………はぁーーー)


 ため息を吐きたくなるのをグッと堪えたものの、心の中では盛大にため息を吐いた。

 ここ数日、その手の話題を聞かれることがようやくなくなってホッとしていたのも束の間、またその話を掘り返されるとは。

 もう思い出したくもない黒歴史なんですが、とツッコミを入れたくなる衝動に駆られるけれど、やはり淑女の仮面で隠して言葉を発する。


「はい。私はもう、王太子殿下の婚約者ではございません」


 そう口にした瞬間、彼女達の顔色が変わる。


(あ、これはまずい)


 一瞬逃げ腰になったのを逃さないとばかりに、三人に詰め寄られる。


「どうしてですの!?」

「王太子殿下との婚約を一方的に断るだなんて!」

「どういう成り行きで!?」


(…………はぁーーーーー)


 やっぱり、王太子殿下の婚約者なんて了承するんじゃなかったわなんて今更後悔しながらも、笑みを崩さずに答える。


「どうしてと言われましても。私に王太子殿下の婚約者は務まらなかった。それだけですが」

「……それだけ?」

「はい」


 迷いなく頷けば、彼女達はふるふると肩を肩を震わせたかと思うと。


「ありえませんわっ!」

「……はい?」


 首を傾げた私に、彼女達は物凄い剣幕で捲し立てる。


「王太子殿下との婚約を一方的に破棄なさるなんてっ」

「王太子殿下がお可哀想です!」

「そうですよ! 今の王太子殿下は、見るも無惨なほどやつれていらっしゃいます!」


(……そんな馬鹿な)


 婚約者一人、とは思うけれど、確かに王太子殿下のあのご様子だと、大分ルビーに執着しているような気もする。

 だけど。


「私には関係ございません」

「「「え……?」」」


 三人に向かってはっきりと告げる。


「私の婚約解消の申し出が国王陛下にご承諾いただいている時点で、もう婚約者ではありませんから」

「なっ……!」

「それに、私より優秀な婚約者など、募ればいくらでもいらっしゃるはず。

 確かアデラ様方も、王太子殿下をお慕いしていらっしゃいますよね? 何度かパーティーでお見かけしたことがありますが」


 要するに、「私には関係ないから貴女方が婚約者となって彼を慰めてあげれば?」と遠回しに伝えると。


「……のよ」

「え?」


 アデラ様が俯きながら言葉を発したけれど、その言葉が上手く聞き取れず聞き返せば、彼女はガバッと顔を上げて今度こそ大きな声を上げた。


「あなたでないと駄目なのよ!!」

「え、えぇ?」


 またもそんな馬鹿な、と思う私の心を読んだように彼女は口にする。


「もちろん、私達だってそれはもう、アピールしまくりましたわ!」


(既にアピールしまくったのね……)


「けれど! 何度試しても、王太子殿下はどなたとも取り合おうとせず、上手く躱されるのです!」


(さすが王太子殿下……)


 あの美貌を持っているんだもの、女性のあしらい方など慣れたものよね、と一人納得する私に、取り巻きの女性が悔しそうに言う。


「王太子殿下は、『どなたとも婚約する気はない』と仰るのです」


(……それは無理よね?)


 王太子という立場にある者、いずれ国王の座に就くのだし、結婚しないわけにはいかない。

 自分の行いのせいで婚約を解消されたくらいで何をほざいているんだあの人は……、と思わず遠い目になりかけている私をよそに、アデラ様は続ける。


「しかも、王太子殿下に近付かないよう、あなたから仰ったとお聞きしましたわ」

「!? 王太子殿下から聞かれたのですか?」

「違いますわ、あくまで噂です」 

「噂が出回るのって本当、どこからともなくですよね……」


 完全にいつかの特大ブーメランだわ、と頭を抱えそうになったところで、彼女達はズイッと身を乗り出した。


「というわけで、どうかお考え直しください!」

「な、何をですか?」


 さすがに三人に迫られては逃げ場がなく追い詰められる。

 思わず後退りするけれど、その距離をまた詰めながら彼女達は仲良く声を揃えて言った。


「「「婚約解消の解消を!!」」」

「……はい?」


 彼女達の言葉に思わず耳を疑った。


(え、ちょっと待って)


「……まさか、私を呼び出したのは、『王太子殿下に今後一切近付くな!』という意味ではないのですか?」


 そんな私に、三人は全力で首を横に振る。


「違いますわ!」

「え、どうしてです?」


 まさか周りから復縁を勧められるとは思わなかったわ、と目が点になる私に、彼女達は弾丸のように捲し立てる。


「見ていて辛いのですわ!」

「日に日に弱っていく王太子殿下のお姿!」

「ため息ばかり吐いているそのお背中!」


(……いやいやいや、学年が違うのになぜそんなことを知っているの? というかそんなことまで知っていたらもはや親衛隊ではなくストーカーでは)


 ツッコミどころしかないと唖然としながら怒涛のマシンガントークを聞いていた私に、アデラ様ははーっと長く息を吐く。


「……私だって、頑張りましたのよ。けれど、どう足掻いてもあなた様のようにはなれない。

 だって、あなた様を見ている時の王太子殿下は」

「この私が何だって?」

「「「!?」」」


 アデラ様の言葉が途絶え、彼女達を含めた三人が私の後ろで不自然に目が止まり、ハッと目を見開く。

 その声と彼女達の驚き方からして、声の主は簡単に予測出来てしまった。


(……ゲ)


 確認のため恐る恐る振り返ると、私のすぐ後ろに王太子殿下が笑みを浮かべ……、いや、正確には完全にご立腹状態のどす黒い笑みを湛えて立っていたのだった。


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