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クズと死別希望

作者: 輪ゴムパスタ

 クズと死別希望。

 それが私のプロフィール。二十五歳、実家は毒親であるため、頼れない。はじめは心の癒やしとなっていたアレも、すっかり家では邪魔な存在になった。

 身だしなみも適当になってきたし、なんだか異様にもっさりしている。

 旦那は動く漬物石なんていうが、アレもそうなら言い当て妙だ。


 家事は手伝わない。身の回りのこともしない。勝手に散らかすし、場所は取るし、なにより少しでも何かすればトゲを刺してくる。


「最近、モラ男は家の中でごろごろ、家事を私に押しつけるだけじゃなく、脳もないのか疑いたくなる」


 書いてある投稿に、いいねボタンを押したくなるも、こらえる。正直、テラスで日光浴をしている姿を見るだけでも、切り捨ててしまいたい。とはいえ、アレはあまりにも粘着質で、一度切った日には、私自身が殺されるんじゃないか、とすら思えるくらいには面倒な性格をしていた。


「私がもし離婚したいって言ったら、どうする?」


 そう聞いてみたことがある。アレは高い鼻を外に向けて、なんとも薄気味悪い笑みをうかべた。きっと冗談だろう、という表情に思える。目は笑っていない。

 その通りだけど、もはやそうじゃない。それを見透かしているかのように、アレは体を揺らして伸びをする。


 愛していた日には感じていたそのチャームポイントが全て、消えさってしまったかのようにくすんで、私の家の床に腐り落ちているかのように感じた。


「僕は、君のことを逃がさない」


 そう言っている気がした。


 家から離れてくれればいいのに。私に寄生しきったくせに謎のマウントを取ろうとするところも、もう不快害虫の巣みたいで、腹が立つ。まだたまに現れる小バエだとかアリのほうが良心的だとさえ思う。私に精神的苦痛を与えたとしても、一瞬でかたはつくんだから。


 でもアレは一生だ。専属○隷契約を結んでしまった私が完全に悪いのだが、責任能力のある大人としては、もう十分だといいたい。でも、やはりアレと別れるとなると私の中で、少しの情が湧いてしまう。小さいころから世話を焼いてきたし、苦しいときには支えになってくれた所はある。だから昔の姿に戻ってくれる保障があるなら、ほんのわずかだけど、別れるかどうかを悩みたくなるところもある。

 でも、正直ウザすぎる。アレの態度は私にとっても、この家に対しても、害しかない。


「そんなに言うなら、捨てちゃえばいいじゃない。さっぱり切ってさ」


 姉さんからも、そう言われる。

 確かに、トラブルになったら迷惑になるかもしれないし。そのへんは考えるけど……


「アプローチはしたよ、私」


 そう、そしてあの後離婚届を突きつけた。それでもアレはあっさりとそれを無視した。意地でも名前を書こうとはしない。むしろ、態様は完全に悪化した。


 私は携帯をなんとなくキッチンのへりに放置して、今日も少し小洒落た料理を作る。まず低温調理器で蒸し鶏状にしてあったものを強火で表面をバターで揚げ焼きにしたローストチキン風。それとブラックタイガーを使ったアヒージョに、アリゴソースのサラダ。


 手のこんだ調理は、彼に対する嫌がらせも兼ねている。アレのくせに塩分は気にしている様子だったし、毎日少しずつ量を増やしていけば、いつかは青菜のごとくダウンするだろう。しかも健康に気を遣っている風にして、調味料に高カロリーでいかにも悪玉コレステロールがたまりそうなものをつけて作ってやろうという、地味な作戦である。


 それに、私はこの料理に虎の子を混ぜている。油には除草剤。これは服毒殺人の定番だ。人間がこれを摂取すれば、内臓を悪くし、腎不全で倒れる。

 ほんの少しずつ混ぜれば苦しみが長くなるって、ネットに書いてあったし。きっと奴もゆっくりと効き目を発揮し、次第に顔色を悪くしていくに違いないと思い、私は混ぜ始めた。そろそろ効いてくれればいいのだが。

 意図的に換気扇を弱めて室内を煙たくして待つ。これもささやかな抵抗だ。


 近所の人たちはあんなに友好的に接してくれたり、自治会の会合に出席してくれたりするというのに、このクズは何の努力もしやがらないで、床に寝そべってばっかりいる。それどころか、日が沈んだ後は全くといっていいほど動かないのだ。私が職場から帰ればすでにいるし、カーペットの上にも進出している。だから煙たい部屋を喰らえばいい。今日は早めに帰ったからな。

 

 予想通りチーズづくしの夕食には、食いつきがいい。栄養をふんだんに摂取してやろうという気概を感じる食べっぷりで私は満足した。そのまま、静かに眠るように逝ってくれれば、どんなにうれしいことか。


 翌日、アレは元気そうに腕を伸ばしている。のんきに私のほうを見て、やあ、とばかりに顔を向けた。


「私は許さないからね」


 出勤準備を整えながら、私は冷戦状態にある奴をみやる。のんきに日光浴をしやがって。そのまま焼かれてしまえばいいのに。


 私はなんとなくSNSを見た。今日もエコーチェンバーとなって配偶者への積年の恨みが残っている。私はこうはなりたくないなと思いながらも、でも正直、もう同類になりかけている自分を感じる。それでもこれを平然と共有するほどにはなりたくないな、とも思う。なんか他人のこと考えられないみたいじゃん。


 電車の窓からもじゃハウスになった家を見るたびに、あれもかつては小学生のもらってきた朝顔みたいな背丈だったのだろうなと思う。けなげに伸びる姿に一切の害はなさそうに見える。緑のカーテンとやらで一時期、冷房を節約しようという取り組みもあった。そこではつる植物は一世を風靡したアイドルがごとき扱いだった。

 すぐ成長して、蒸散で生活を助けます。家計を豊かにしてくれます。見た目もかわいいです。


 それが成長するとどうだろうか。カメムシも来るし、蚊は増えるし、なにより壁が傷ついて跡が残る。室温の低下も微々たるもので、家計を助けるどころか、直感的に不快、厄介が勝つ。


 まるで毒旦那をみているようだ。

 はじめはニコニコした顔で、君が好きだよ、みたいな感じで優しく、理解あるけれど守りたいような小動物的魅力を感じるし頼りになるけど、いざ年を経て家族になったら自分のことばっかり考えて、配慮する様子はない。

 一生懸命なのは分かるけど、ちょっとくらいは見てくれてもよくない、家のこと。

 

「なんて、思っちゃう私がバカなのかな」


 同僚の志紀さんに漏らすと、彼女は飲みきったアサイーミックスをレジ袋に落とした。


「いや、それは由美さんが正解なんじゃない?流石に今は共働きばっかりだし、お金入れてるんでしょう、いいとこなくなったら離婚してもいいと思うよ、私は」


「そうですね、お金はかからないんですけど、全く言うこときかないですし、何度も私のほうから離婚しようとしてるんですけど、何度も固く拒否されて」


「流石にそれはクズだと思うわ、もう切っちゃおうよ」


「やめてくださいよ、クズはしつこいですから、そんな簡単にはいかないですし」


 そうだね、と彼女は頷く。


「それでも、うん、この際ズバッと切っちゃおう。あなたはもういらない、って固い意志を示すべきだよ」


「そうですか?」


「そうだよ」


 私は今までの奮闘を考える。何度も何度も切り捨てようとして、それでも捕まえられて、私があのクズと離れることはできなくて、無駄だと思っていた。けれど、私のほうが本気でいけば、もしかしたら完全にあのクズとは離れられるかもしれない。


「でも、確かにそろそろ切り時かも。もう業者に頼んで、きれいさっぱり掃除して貰うかな、今回はもう銃器使ってもらってもいいし」


「銃器?」


「え?」


 ぽかんとして、志紀さんが私を見た。ありえないと言う顔である。

 流石に、もうこれ以上アレを放置するわけにはいかない。生かしておくのも、面倒だし。何よりお金が増えるから、その分の生活は楽になる。


「何がいけないの?」


「殺人罪になっちゃうじゃん、そんな手を汚してまで、することじゃないよ。私が協力してあげるから、弁護士に相談して離婚しよ」


 志紀さんは、私の右手をぎゅっと握った。


「大丈夫です、一人でできますから。弁護士もいらないし」


 さらに志紀さんは狼狽して、私の肩を持って、瞳をのぞこうとする。


「落ち着いて」


「何か、勘違いしてませんか、志紀さん。人じゃ、ないですよ。アレ」


 私は携帯に残ってある写真を見せる。それは完全にもじゃハウスと化した私の社宅の姿であった。その外側に取り憑いているのが、うちのクズである。


「この植物のことです」


 社宅の庭から無限に生えてくるつる植物。それを私は前の住人が緑のカーテンか何かだと思っていたが、最近調べてみて、それが超厄介な存在であることに気づいた。


 どこから入手してきたのかは知らないが、なんとそれは葛だったのである。わたしはこの奇妙な同居人の成長速度に驚かされ、何度も自分で駆除しようと試みたのだが、テラスを通り越して最近は居間にまで進出してこようとしている始末だった。


 それで、何度も除草剤を混ぜた料理の油だのをかけているのに、ピンピンしている。ちょっとの愛着はあったけれど、流石にもう限界だった。


 私は業者に連絡し、庭から家に取り憑いたクズを重機で伐採してもらうことにした。


「すみません、私の実家にいるクズなんですけど、離根、お願いしたいんです」


[クズと死別希望 以上― ]

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