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芽吹くものたち

 ピョコピョコとチューリップやクロッカスなどの球根の芽が春の訪れとともに伸びだしてきた。


「はぁ………」


 庭に出て、これから仕事へ行こうとすると重い溜め息が聞こえた。


「珍しいわね?トーマスが憂鬱そうなんて、どうかしたの?」


 スーパー庭師で農業にも長けているトーマスはいつも優しく、穏やかな人だ。私の小さい頃から、その性格にずいぶん心を癒やされてきた。


「わっ!セイラ様!すいません、なんでもないですよ」


「作物や植木のこと?なにかあった?」


「……いえ、仕事のことではないんですよ。娘のことです」


 トーマスの娘さん?確か成人して遠くに住んでるとか言っていたような?一人娘だった気がする。


「まさか……病気とか!?」


 ち、ちがいます!と慌てる。


「今度、娘が結婚することになって、相手を紹介しにくるそうです」

  

「えええー!ご結婚されるのね。おめでとう!」


「めでたくないですよ。相手の男がどんなやつなのか心配なんです」


 ……まぁ、娘を持つ父親の普通の反応かもしれない。どんな良い男の方であろうと心配になるだろう。


「トーマス、ご家族とその男の方を『花葉亭』に招待させてくれない?」


 え?と驚くトーマス。


「私、トーマスには小さい頃から、可愛がってもらって、すごく救われてきたし、私に何かさせてほしいの」


 そ、そんな!と慌てるトーマスに私は微笑む。花の芽や木々が芽吹く、春が始まる庭で大丈夫よと私は言った。


 その数日後、トーマス夫婦、娘さんと相手の男の方が『花葉亭』にやってきた。


 お食事会をしながら会話してもらう予定だ。私は飲み物を置いていく。コース料理となっている。


「はじめましてッス!いやー、立派な両親ッスね!緊張するッスー!」


 砂色の短髪、軽そうな口調のノリ、キョロキョロとしていて子どものように周りを見回す男。服装も上のボタンが外れていて、ややだらしない。そこから見えるネックレス。

 

 娘さんが静かに座る両親に男を紹介する。


「父さん、母さん素敵な温泉旅館ねー!紹介が遅れてごめんなさい。同じ職場で働いていて、その先輩なの。カールはこう見えても、植物研究にとても真面目なの」


「まあ!お仕事を真面目にされているのね。それは……見た目じゃわから……いえ、なんでもないわ」


 トーマスの奥さんがハッ!として我を取り戻し、口を開く。真面目なのよね?とドキドキしているのがわかる。


 私は前菜を並べていく。春の山菜が使われているのを見て、カールがおおっ!と喜ぶ声をあげた。


「うまそうッス!……まぁ、仕事はテキトーに頑張るようにしてるッス」


「て、適当?」 

 

 トーマスがタラリと一筋の汗をかいている。アハハハと楽しげに笑うカール。


「あんまり本気ですると疲れるッスからね!」


「む、君はどういうつもりで……娘のことは本気なんだろうね!?」


「もちろんッスよ!」


 春の魚をソテーしたものを菜の花を添えて置く。


「うわ!良いッスね!山菜や春の花が入っていると浮足立つッス」


 私はフフッと笑って尋ねてみることにした。


 天ぷらの時も煮物を出した時も『この山菜や野菜は……』と必ず料理に入ってる植物を目に止めていた。彼は見た目よりきっと……。


「もしかして、研究に没頭しやすいのではありませんか?」


 娘さんがそうなのよ!と呆れたように言う。


「こーんな軽薄な見た目だけど、植物研究してて、気になるとずーーっとそればっかり!身なりも気にしないし食事もまともにとらないのよ!だからテキトー仕事することも覚えてって言ってるのよ。いずれ体を壊すわ!」


「研究者にありがちですわ。じゃあ……これからはお体を気にしてくれる奥様ができるのですし、安心ですね」


 言う事聞いてくれるかしらっ!?と娘さんが言うとカールはペロッと舌を出している。


「なぜわかったの?」

  

 娘さんが不思議そうに私に尋ねる。


「エスマブル学園にも、よく似たタイプの方がいましたわ」


 フフフと笑って言った、私の一言にガタッと立ち上がる。カール。


「エスマブル学園にいたことがあるんッスか!?」


「えっ?………ええ」


 私はカールの勢いに驚く。


「薬草学のドリー博士をご存じなんッスか!?」


「……先生でした」


「良いッスよね!講演会に何回も行ったッス!」


 ヤバいスイッチが入ってしまった。石オタクのレインの顔がよぎる。彼と同じ匂いがする。こちらは植物オタクだ。


「カール!その辺にしておいて。仕事じゃないでしょーー!」


 娘さんに怒られる。トーマスと奥さんがアハハハと笑い出した。


「ごめんッス!つい……なんで笑われているんッスか!?」


 私は和やかになった場の空気を見て部屋から退室することにした。


「後で温泉にもゆっくり入ってください」


 ありがとうございますとトーマスが私に言った。日本にはお風呂は裸の付き合いっていうものがある。きっとカールと仲良くなれるだろう。


 私は旅館の庭先へ出て、背伸びした。春が来た。空気も陽射しもどことなく春の匂いがした。

読んで頂きありがとうございますm(_ _)mカクヨムでもカエデネコで活動しています。よかったらのぞいてみてください(*^^*)更新はあちらのほうが早いかと思います。

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