第7話 谷底亭
薬草で大金を手に入れた俺だが・・この世界に転生して口にしたものと言えば、近くの草原に流れていた小さな川で飲んだ水だけだ・・。腹も減ったし、寝泊まりする宿も無い・・
「マチルダさん・・ちょっとお聞きしますが・・この近くで食事が出来るところは有りますか?それと・・未だ宿も決まっていなくて・・」
「ええ!・・それは大変だわ!・・ギルドの前の表通りは高級なお店が並んでいて、ホテルも豪華なところが多いわ・・でも・・
その格好では、いくらお金を持っていても、何処も入れてもらえないわね・・この建物の裏側は中級以下の冒険者が御用達にしている店が多くて、雑貨店や洋服店、道具屋から武器屋まで色んなお店で賑わってるわよ。
少しガラの悪い連中が多いのがのが玉に傷なのよねー・・でも、逆にその格好なら違和感が無いわ。
裏通りの宿に泊まるなら『たにぞこ亭』に決まりね!まるでどん底のような店の名前だけれど、下の階が酒場になっていて、料理は人気なの。上の階が宿屋になっていて、中級以上の宿泊客がメインよ。
更にその奥の通りにも宿屋や酒場が有るけど・・行くのは止めておいたほうが利口よ・・
たにぞこ亭に泊まるなら、早く行ったほうがいいわ、満室になっちゃううわよ!」
「わ、分かりました、急ぎます!・・有難うございました!!」
「またいらっしゃいね!何時でも大歓迎よ!!」
「それじゃぁ!」
俺はギルドの裏通りを急いだ・・
すると、下が酒場になっている大きな宿が目に飛び込んできた。
「こ、ここだ!・・随分賑わってるな・・あー・・腹減った・・」
俺は谷底亭のドアを開けた。
すると、その途端・・酒場に居て騒いでいた連中の目線が一気にこちらに注がれた。
そして、一瞬空気が張り詰めた。が・・一気に和らいだ。
「なんだよ・・あのきたねえガキは?駆け出し冒険者か?」
「駆け出しっても・・腰紐に小さなポシェットだけだぞ?・・」
「おい、お前!ここは冒険者の集まる酒場だぞ、田舎のガキが何しに来た!」
「あ・・あの・・薬草採取の冒険者になりました・・」
「なに!薬草採取だと?・・そんで、薬草は採れたのか?」
「はい・・小金貨5枚ほどになりました」
「な!・・小金貨5枚だと?!」
「1日でか?」
「はい・・今日1日で・・」
俺は、中級冒険者なら、大衆の面前で高々小金貨5枚など奪うはずが無いと判断し、稼ぎの金をポシェットから取り出して、手を広げた。
「おおー、大したもんじゃねーか!皆んな!このガキが今日から薬草採取だとよ!
1日で小金貨5枚も稼ぎやがった!歓迎会を始めるぞ!!」
「ええ・・?か、歓迎会?」
「良いって事よ!お前、名は何ていうんだ?」
「はい・・ジンです」
「此処に泊まるのか?」
「そのつもりです」
「なら、さっさと部屋を取ってきな。終わったらここに来い、腹減ってんだろ?」
「はい・・凄く・・」
俺は急いでカウンターへ行き、部屋を取って酒場に戻った。
「おーい、ニーナ !このガキに旨そうなもん適当に持ってきてくれ!」
「はーい!」
「ニーナはここの看板娘でな、未だ15歳だが、よく気のつく頭の良い子だ。この街のことにも詳しい。お前くらいの歳の駆け出し冒険者の面倒もよく見てんだ。分からん事があったら、あの娘に聞くといい」
「はい・・分かりました」
ニーナが料理を運んできた。料理をテーブルに次々に置いてゆく。
「こんにちわ。私はニーナって言うの。あなたは?」
「僕はジンっていいます」
「人君ね。歳はいくつなの?」
「えっと、13歳と半分です」
「そうなの?・・私は15よ。薬草の冒険者になったの?」
「はい・・今日からFランクの『薬草冒険者』です・・はは・・」
「薬草採取はランクが上がりにくいから、小銭が溜まったら皆んなやめちゃうの。だから、君のように薬草採取をしてくれる子はとっても大切なのよ。頑張ってね!」
「ま、そんな訳だ! おーい!薬草採取のジンに乾杯だ!!」
「おおー!かんぱーい!!」
乾杯が終わると、何だか人が集まってきた。
「お前、名はなんて言うんだ?」
「はい、ジンです」
「ジン?!・・王国の宮廷騎士団の団長も・・」
「おお!そうだ・・『剣聖のジン』だな!・・ならこっちは『薬草のジン』だ!」
「おまえ!!・・良いこと言うねー!よし、今日からお前は『薬草のジン』だ!」
「がんばれよ!最近ポーションが高くて・・ダンジョンの入口付近しか入れないんだ・・」
「おおよ、お前、今日1日で小金貨5枚分の薬草を採ってきたんだろ?その調子で行けば30日で小金貨150枚じゃねーか!つまり、それだけ薬草を採ってきたって事だ。
ポーションが手に入りやすくなったら、俺たちも仕事が楽になる。
お前のように俺たちを下から支えてくれる奴が居ないと、俺たちも商売上がったりだからな!期待してんぞ!!」
「あ・・はい、頑張ります!」
「よーし!!まあ、食えくえ!今日は俺たちの奢りだ!好きなだけ食え!」
「お前・・ジンっていったよな?」
「はい、そうです」
「お前・・どこの出身だ? この辺じゃ見かけない顔だな?」
「おお、そう言えばそうだな・・黒髪に黒眼・・確かに見ないな・・」
そう言われれば、確かにこの街で見かけるのは・・金髪か赤毛・・黒髪も見かけるが眼は碧眼か緑・・
「で、どこ出身なんだ?・・ま、嫌なら答えなくても良いんだが・・」
ピッ!
出身はエルデ諸島・ヤパニス帝国・・通称『東方国』です。
エルデ諸島は、このナチュリオ大陸中央に位置するガルフゼン王国から、東に2万キロ東方の洋上位置する、17の島から構成される諸島です。
その中央島にヤパニス帝国の帝都があります。
え??・・ま、また・・頭の中に・・声が聞こえる・・
「ん?どうした?」
「いえ・・何でもありません・・えっと・・出身は『ヤパニス帝国』です」
「ヤパニス?・・知らんな・・・」
「ヤパニスなら聞いたことある・・途轍もなく遠いって事だけは知ってるわ」
「おう、サラ、来てたのか」
「ジン君って、あなたね?クレスが話していた子は・・私はサラ。冒険者チーム『谷の番人ドルフ』通称『谷番のドルフ』で炎属性持ちで弓師をやってるの。
谷番のみんなも来てるわよ。
クレスが、下民のような格好をした貴族のような子って言ってたけど、丁寧な言葉づかいや立ち振舞を見ていると、確かに平民以上のようね・・
みんな!ジン君って子、ここに居るわよ!!」
「おおー!また会ったな!どうだ調子は?」
「あ、クレスさん、はい、お陰様で・・何とか食事と寝床に有りつけました」
「そうか!それは良かった!!」
「君がジン君か。私はこのチームのリーダーをしている『ドルフ』剣士だ。
よろしく。クレスとサラはもう知ってるね。こっちがクリスタだ。」
「クリスタよ。私は後衛で治癒と防御を担当しているわ。それとアンデッドね。よろしくね!」
おおー!きたきた!
やっぱ、異世界ではこういった正統派の剣士が居ないとなー!
「こちらこそ宜しくお願いします」
「そう言えば、俺の自己紹介がまだだったな、俺は『ミガルド』ってんだ、フリーの冒険者だ。炎と雷の2属性持ちでな、要請があれば、色んなチームに参加するんだ。
いわゆる『傭兵冒険者』ってところだな。ランクはCだ。宜しくな!」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
そんなこんなで、けっきょく「俺」をダシに使って、みんなでどんちゃん騒ぎをしたかったようにしか見えなかったが・・
でもまあ、沢山の冒険者と顔見知りになることが出来て、少しホッとした。
一夜が明け、俺は安宿の窓からぼーっと外を眺めながら考えごとをしていた。
魔法の存在する中世に転生し、初日から薬草採取でいきなり大金を手に入れた。
何とか生きる術を手に入れることは出来たが・・そもそも、おれは何で転生したんだ?