僕はまだ…
俺の名前は佐々木守。
25歳の若手サラリーマンだ。
高校時代に部活で柔道をやっていたせいか、営業職に配属されてもう3年になる。
決して高くない給料で細々と生活している。
そんなありきたりな俺の人生に、彩りをくれる人がいる。
その人の名前は高橋あかり。
俺の彼女だ。大学で出会って、付き合い始めてもう5年になる。
映画を見るのが好きで、感受性が豊かなのか、見るたびに泣いている。
どうして俺を好きになってくれたのかは、いまだによくわからないが、あかりが俺のことを愛してくれていることが伝わってくるし、あかりは俺にとって愛すべき大切な人だ。
そろそろ結婚を考えようかと思っていて、まずは同棲から始めてみようと思っている。
ある休日のこと。
いつものようにデートをした帰り道に、その事件は起こった。
その日は雲ひとつない青空で、気温もかなり高かった。
「アイス食べたいからコンビニ寄ってかない?」
あかりがそう言うので、俺は後ろからついていく。
コンビニの出入り口近くに来たとき、ふと誰かがこちらを見ているのに気がついた。
振り向くと、数メートル離れたところから、帽子を被ったおじさんがこっちを見ていた。
どうやら自分たちを見ているのではなく、コンビニの方をじっと見つめていているらしい。
何かが引っ掛かったが
「まもる〜」
と呼ぶ声がしたので、慌ててコンビニへ入って、アイスのコーナーへ向かう。
幸い、アイスのコーナーは出入り口からすぐのところにあり、楽しそうに選ぶあかりがそこにいた。
(何を食べようか、チョコ系がいいかな)
などと考えていると、突然
「強盗だ!」
「おい、お前ら動くんじゃねぇぞ」
という怒鳴り声がする。
声した方を見ると、さっき外からコンビニを見ていたおじさんが店員にナイフを突きつけている。
コンビニ内が静まり返る。
あかりも状況を認識したようで、不安そうな顔で、目に涙を浮かべながら、俺の袖を掴んでいる。
「おい、そこの店員。金をこのカバンにつめろ!」
店員も怯えているようで、強盗の指示に逆らわず、おどおどしながらレジから取り出した札束をカバンに詰めていく。
誰も怪我をしなくて済むのなら、賢明な判断なのかもしれない。
大して時間もかからずに、お金を入れ終わったようだ。
店員からカバンをひったくると、現金を奪って逃げようとする。
(ひとまず助かった)
そう思いたかったが、なぜか出入り口手前で強盗が足を止めて、こっちを見ている。
(なにこっち見てんだ)
(用事は済んだだろ、さっさと出ていけよ)
強盗はじっとこちらを見て続けている。
いや、正確にはあかりを見ているようだ。
まるでありえないものを見つけたかのように驚いた表情をしている。
嫌な静寂が続き、ついに強盗が口を開く。
「お前、どうしてここに…?」
「いや、そんなことはどうでもいい」
「お前のせいで俺は………」
(いったい何の話だ?)
悲しみと、後悔と、恨みと。
強盗は、なんとも表現し難い苦々しい表情を浮かべる。
嫌な予感がした。
「ぜってぇゆるさねぇ」
呪いのように低い声で呟くと、強盗は手に持っていたナイフを振りかぶる。
強盗が動くとほぼ同時に俺も動いていた。
(あかりだけは絶対に守らねば)
その一心で身を挺してあかりの前に出る。
強盗のナイフが少しずつ振り下ろされるのが見える。
ふと、あかりとの幸せな5年間が思い出される。
(ああ、これが走馬灯ってやつか)
(俺には愛してくれる人がいる)
(俺には愛すべき人がいる)
(もう十分なくらいに幸せだ)
(最後に大切なひとを守って死ぬならいいか)
走馬灯の中のあかりは
泣いていた。
気付いたら、強盗は投げ飛ばされていた。
俺は強盗の手首を掴んでいて、強盗の手から落ちたナイフが床に転がっていた。
どうやら無意識で強盗を投げ飛ばしていたらしい。
高校で柔道をやっていて本当に良かったと思った。
その後、店員が警察を呼び、強盗は連行された。
コンビニからの帰り道、ようやく落ち着きを取り戻したあかりが言う。
「強盗を投げ飛ばしちゃうなんて、まもるはすごいね。」
「それはあかりのおかげだよ。」
「えっ?」
「正直、最初は身を挺してあかりを守ろうと思った。」
「それで刺されて死んでも仕方がないとまで思った。」
「うん…」
「けど、泣き虫のあかりを思い出して、なんとかして撃退しようって思って」
「そしたら体が勝手に動いてた。」
「ん??どういうこと?」
「だって俺が死んだら、あかりが悲しむだろう?」
「何日も何日も泣き続けそうだなって。それは嫌だなって。」
「俺はまだ死ねないなって。」
「自分の身を挺して守ることが必要な時もあるかもしれないけど、」
「俺はあかりを悲しませない選択をしたいなって。」
後日談
強盗犯の男は、昔悪い女に騙されて、借金を抱えていたとのこと。
生活費に困ってコンビニ強盗したのだが、自分を騙した女と「あかり」の顔が似ていて、勘違いして襲ってきたらしい。