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第二十九話『深夜の逃亡者』




 深夜の街を黒い影が疾走する。家の屋根を駆けながら、次々と屋根を影が移動していく。

 失敗した。その結果が、その者の黒い表情を歪めていた。

 事前に聞いていた話を違う。簡単な仕事のはずだった。

 宿で眠る赤毛の少女を殺すだけ。他には手練れの黒髪の男が一人と銀髪の子供が一人、本来なら何事もなく終わる仕事になる予定だった。

 黒髪の男が宿から出て行くのを確認し、気配を消して忍び込めばすぐに終わる。そうなる予定だと、影は思っていた。

 万全を期して、風の魔法で自身の周囲の音を消し、存在を消すために希少な闇の魔法まで使用した。間違いなく、失敗などするわけがなかった。

 しかし蓋を開ければ、全く理解できない状況だった。事前に情報のなかった得体の知れない黒髪の子供――アタラクシアが音もなく現れ、そして魔法を行使した。

 風の第三魔法を第一魔法だけで防ぐという不可解な現象に、影は理解の範疇を超えていた。

 原則、魔法を防ぐには防ぐ魔法と同等の強さの魔法が必要となる。第一魔法には、第一魔法を。そして第二魔法には、第二魔法以上の魔法を使用しなければ、その魔法は防げない。

 しかしその原則を無視して、あの黒髪の子供は魔法を防いだ。それもよりにもよって――闇の魔法を使用して。

 それにより、アタラクシアに目的を邪魔をされ、目的の子供が目を覚ましたことで、これ以上の仕事の継続は不可能と判断して――影は撤退を選択した。




『水よ――我に癒しを』




 走りながら、黒い影が詠唱を唱える。

 水の第一魔法。癒しの術式である。しかし第一魔法の力では、外傷に対して可能なのは止血と悪化を防ぐ程度の応急処置しかできない。

 血を流し続けるのは拙いと判断して、影は魔法の使用を選んだ。

 アタラクシアが刹那に撃った魔法。放たれた闇の球が作り出した手首の傷から、血がひたすらに流れ続けていた。

 押さえて止血を試みても、止まる様子がない。闇の魔法の恐ろしさを、影は再確認していた。

 闇の魔法で作られた傷は、魔法で癒さなくては傷は治らない。それを自分も経験することになるとは、影は思いもしなかった。

 しかし無事に魔法で止血を終え、影は内心で安堵する。これで傷の問題はなくなった。




「次は――必ずッ――‼」




 影が苦悶の声を漏らす。

 次こそは、必ず赤毛の少女を殺すことを決意して。

 夜が駄目ならば、昼間に隙を見て殺す。そう考えて、影が走っていた最中――




「お前に逃げられると困る。少し付き合え」




 咄嗟に、影が両腕で顔面を守った。腕に鈍痛、衝撃を殺せず、影はそのまま後方に蹴り飛ばされた。

 空中で体制を整え、地面に落ちる瞬間に影が受け身を取る。そしてすかさず、影は黒髪の男――ノワールに駆けていた。

 前傾姿勢のまま走り、影がノワールの顔面に向けて蹴りを放つ。

 しかしノワールは一歩下がると、その蹴りを回避した。影の足が空を切る瞬間、ノワールが影に向けて右の拳を振り抜く。

 影の顔面に向けていたノワールの拳がその頬を捉える寸前、影は振り抜いた足を引き寄せて彼の身体へ前蹴りを行っていた。

 腹部を狙われた前蹴りをノワールが左手で右側へと弾いたが、彼は顔を顰めていた。

 影が身を翻しながら、もう片方の足でノワールの顔面に向けて蹴りを放っていた。

 反射的に左腕で守るが、渾身の力で放たれた影の蹴りはノワールを数歩後ずさるのに十分な威力だった。




「随分と足癖が悪い奴だなッ!」

『風よ――我に与えよ、疾風の力をッ!』




 ノワールが表情を歪めるのもつかの間、影が詠唱を行う。

 風の第二魔法。それはノワール自身も使用したことのある魔法だった。

 ノワールもその魔法の効果はしている。風の力を付与する身体強化の魔法。その主な効果は、使用者の移動速度を大きく上昇させる。

 影が魔法を行使して、ノワールから目にも止まらぬ速さでその場から消えてしまう。




『風よ――我に与えよ、疾風の力を』




 対して、ノワールも同様の魔法を使用した。

 即座に身体の身体能力を上げ、ノワールが影を追う。




「チッ――魔石使いかッ‼」




 自分を後方から追うノワールを一瞥して、影が舌を打つ。

 魔法使い同士の戦いにおいて、魔法石の使用回数は大きな戦闘能力の差を生む。既に影は先程、魔法石を数回使用している。

 風の第三魔法。闇の第一魔法。更に風の第二魔法を行使している。

 追ってくるノワールがそれを把握しているか不明だが、おそらくは把握されていると影は察した。




「第五魔石を持っているなんて、大した奴だ。いや、それか第二と第三をひとつずつか? それに火の第四魔石以上も持ってるな?」




 影の背後を駆けるノワールに、影が苦悶する。

 ノワールが追ってきている時点で、影は理解していた。自分は誘われたのだと。

 そして自分の所持している魔法石を把握された。これは拙いと、影が顔を歪める。

 こちらがノワールの所持している魔法石を一切把握していないのに対して、相手は逆に把握している。

 現在、影のノワールの所持している魔法石と思われるのは、ひとつ。風の第二以上の魔法石をひとつ所持しているということだけだった。




『雷よ――穿てッ!』




 ノワールから詠唱。彼の手から稲妻が影に向けて放たれる。

 雷の第一魔法。速度を重視した殺傷力の低い魔法である。

 影は咄嗟に大きく左に移動して、放たれた稲妻を回避する。これでノワールは雷の第一以上の魔法石を所持しているのが判明した。

 そしてノワールがわざわざ殺傷力の低い魔法を使用したことで、影も彼の意図を察した。

 殺すつもりはなく、捕えようとしている。おそらくは赤毛の少女――セリカを殺そうとしたことを聞き出そうとしているのだろう。

 捕まるわけにはいかない。影はそう思いながら。詠唱を行っていた。




『炎よ――その加護を、灼熱の炎を、その力を以て、焼き尽くせッ!』

「おい冗談だろ――? 住居地区だぞ!?」




 影が使用した魔法に、ノワールが目を大きくする。

 火の第四魔法。それは広範囲に向けて炎を放つ魔法。それを影は上空に向けて放っていた。




「俺か、この地区の人間か、好きに選べ」




 ノワールに向けてそう告げると、影は走り去っていた。

 上空に放たれた魔法と、走り去る影を交互に見て、一度だけノワールが舌を打って――行動を開始した。




『風よ――我は命ずる、集いし風に、全てを撃ち払え、暴風の嵐をッ!』




 空中から飛来する炎に右手を向けて、ノワールが詠唱を行う。

 風の第四魔法。任意の方向に向けて、強力な風の渦を作り出す魔法。

 ノワールが作り出した風の渦が、飛来する炎を巻き込んで空へと舞う。だが、炎に対して風を当てるのは、ある意味では悪手だった。

 空に舞う炎が風の力を得て、熱を更に上げる。そしてその力が大きくなった時――空で大きな爆発が起きた。

 あまりに巨大な爆発に、ノワールが吹き飛ばされそうになるのを耐える。

 そして爆発による風が収まってノワールが空を見上げると、先程まで空から飛来していた炎は無事消え去っていた。




「ふざけたことしやがって……!」




 ノワールが腹立たしいと表情を歪める。

 魔法の対処をしてしまったことで、追っていた影には逃げられていた。

 どうにか追おうと一瞬だけノワールは考えたが、先程の爆発で住居地区の人間が騒ぎ出したことを察知した。

 これ以上、この場にいるのは拙い。下手に見つかって主犯と思われる訳にはいかなかった。

 ノワールはそう思いながら影が逃げて行った方向を一瞥して、アタラクシア達がいる宿へと向かっていた。

読了、ありがとうございます。


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