その81 期待?不安?数年後の未来
■その81 期待?不安?数年後の未来 ■
後夜祭は、軽音部を中心に盛り上がっています。
時間も時間なので、中等部の生徒は高等部になってからのお楽しみと、保護者や外部のお客さん達と共にお帰りです。
今回の文化祭についてのクイズや、有志生徒のお笑いライブ、モノマネ等、高等部の生徒と校長先生を含めた教員達が、校庭で最後の時間を楽しみました。
クイズには、『2階から狙撃した先生は?』なんて問題もありました。
そんな賑わいを、僕の主の桜雨ちゃんは美術室で聞いていました。
明かりのない美術室の一番奥、窓際に描き上げた油絵を飾って、その前に膝を抱えて椅子に座っています。
文化祭で飾られることのなかった『家族』の絵と、その奥に広がる星空。
主は、絵と星空を見つめながら、桃華ちゃんの歌った『ビリーブ』を思い出していました。
「・・・いま未来の扉をあける時
・・・かぁ」
スっ・・・と、主は手にしていた一枚の名刺を目の高さに上げました。
「満月出版社
代表取締役 月島満子」
主の後ろから、桃華ちゃんが名刺を読み上げました。
「桃ちゃん・・・ビックリした」
「探したわよ、桜雨」
桃華ちゃんは近くの椅子を引き寄せて、主の隣に座りました。
「皆は?」
「後夜祭、楽しんでる。
水島先生は校内の見回り。
笠原先生は後夜祭の安全確保。
兄さんは、正門の門番。
たまに、変なのが入ってくるからね」
そう言って、桃華ちゃんは指をピストルに見立てて、「バァン」と斜め上に上げました。
昼間の三鷹さんと笠原先生を思い出して、主はクスクス笑いました。
「この絵さ、良い絵だけれど、不完全よね」
「不完全?」
主が聞きます。
「そう。
だって、家族の絵なのに、桜雨が入ってないじゃない。
油絵って、削って描き直せるんでしょ?
ちゃんと、桜雨も描いて。
それで、家のリビングに飾りましょうよ。
しまいっぱなしなんて、勿体無いわ」
そうですね。
桃華ちゃんの言う通り、主が描かれていませんね。
笠原先生は、しっかり描かれてますけど・・・そのことに関しては、何も言わないんですね?
「・・・うん」
「で、その名刺は?」
微笑んだ主の手にある名刺を、桃華ちゃんは指さしました。
「顧問の芳賀先生のお友達。
・・・さっき、職員室で紹介されたの。
出来立てホヤホヤの、小さな出版社なんですって」
主は、職員室で紹介された女の人を思い出します。
白髪混じりの柔らかい髪を綺麗に編み込んだその人は、主と同じくらいの身長で、小さな花を散らしたワンピースが包む体は、主の倍はありました。
丸い顔に、つぶらな瞳。
真っ赤な口紅が塗られた小さな口からは、おっとりと柔らかい声が出てきました。
「出版社?」
「うん。
社員、6人」
「小さすぎない?!」
桃華ちゃん、ビックリし過ぎて、声が裏返っちゃいました。
「月島さんも、笑って言ってた。
今までの仕事を辞めて、お友達と作った会社なんですって。
芳賀先生もあと2年後、定年退職したら、ここで働くつもりなんだって。
今は、お手伝いしてるって言ってた。
あ、これは皆に内緒ね」
「で、その人が、桜雨になんで名刺を渡すの?
まさか・・・」
「ここで働くって言うんじゃなくて、絵本や子供向け小説の挿絵を描いて欲しいって。
社員さんの中に、文を書く人はいるんだけど、皆、絵が描けないって芳賀先生に相談が言ったんだって」
「それで、桜雨が紹介されたわけね」
会社の皆さん、主の絵をとても気に入ってくれたみたいです。
進路が決定する前に、捕まえて来いって社員さんに急かされたのって、言ってましたね。
「私ね、お嫁さんになる事しか考えたなかったから・・・」
「外に出るの、怖い?
卒業して進学なり就職なりすれば、一人だもんね。
今までとは違うじゃない?
・・・私は、少し怖い」
桃華ちゃんも、主のように椅子の上で膝を抱えました。
「今までは、兄さん達が護ってくれてたから。
でも、卒業したら、自分で立たなきゃいけないんだもの。
今までみたいに、甘えてられない」
「桃ちゃん、ちゃんと考えてて、すごいな。
それでも、進学して就職するんでしょ?」
「やってみたいから。
進学も就職も、頑張ってみるわ。
どうせ、兄さんは口を出してくるでしょう?」
主と桃華ちゃんは、顔を見合わせて笑いました。
「恋愛も、頑張るの?」
「・・・うん。
自分の気持ちに、気が付いちゃったから。
初恋よ」
桃華ちゃん、ちょっと恥ずかしそうに言って、今日歌った『ビリーブ』を口ずさみ始めました。
それを聞きながら、主はそのままだな・・・って、思いました。
「I believe in Future(私は未来を信じてる)
信じてる・・・」
その部分だけ、主も口ずさんで、もう一度名刺を見つめます。
名刺の向こう側に星空を見て、主の唇から、もう一度零れました。
「I believe in Future(私は未来を信じてる)
信じてる・・・」
そんな主と桃華ちゃんを、美術室の後ろのドアに隠れて、見守っている人達が居ました。




