その8 学校では教えてくれないコト
■その8 学校では教えてくれないコト■
皆さんこんにちは、桜雨ちゃんの『カエル』です。
この1週間、中間テスト前で部活はありませんでした。
主と桃華ちゃんは、勉強ばかりでは運動不足になるからと、庭で剣道の素振りをしながら、朝のランニングをしながら、お互いに問題を出し合っていました。
『ながら』勉強法ですね。
主と桃華ちゃんの両親はお家の1階でお店をしているので、テスト1週間前と言っても、部活が無くなるだけで、他の生活は変わりません。
なので、机に向かい過ぎて疲れると、主はクッキーやケーキを焼いたり、夕飯や掃除に力を入れたりします。
桃華ちゃんは、いつにも増して、鼻歌が多くなります。
お風呂、洗濯を干す時、掃除中・・・いつでも鼻歌です。
「桜雨のチョコレートケーキ、大好き」
キッチンの対面カウンターで、主がチョコレートケーキを作るのは、頭の中が勉強内容でいっぱいになった時が多いいです。
手際よく作っている主のすぐ前で、桃華ちゃんは椅子に座って見ながら、機嫌よく色々な歌を歌います。
「あ、それ、マルソチョコレートの新しいCMソング」
「当たり。
じゃぁ、これは?」
たまに、イントロクイズになったりもします。
これが夕飯の支度中だったりすると、主によく似た小2の双子君たちは、お風呂をさっさと済ませて、一緒に歌いながら床に宿題を広げて、寝っ転がって勉強をしたりします。
たまに、そのまま寝てしまう事もあります。
そうなると、梅吉さんの出番です。
二人を担いで、三階の部屋まで運んでもらいます。
そんなこんなで、中間テスト当日です。
今日は久しぶりの雨です。
激しくはないけれど、傘をささないと濡れますね。
こんな日の桃華ちゃんのヘアースタイルは、学生らしいお下げです。
通学のバスの中でも、主と桃華ちゃんは問題を出し合っています。
バスの中の8割は、学校前のバス停で降ります。
バス停から校門までは約5分。
その短い距離を、大小さまざま、色とりどりの傘が流れていきます。
桃華ちゃんは、丸みのあるチューリップを逆さまにしたような真っ赤な傘。
今日みたいに激しい雨じゃなければ、主は僕を差してくれています。
激しい雨だと、折りたたみの僕が壊れちゃうからって、濡れて帰るんです。
そうすると、桃華ちゃんに怒られます。
「白川さん?
あなた、白川さんよね?」
昇降口で上履きに履き替えていた主に、声をかける女子が居ました。
いつもの様に、桃華ちゃんが主より一歩前に出ました。
「聞きたいことがあるんだけれど?
あなた、水島先生のナニ?」
『水島先生』の言葉に、僕を握る主の手に力が入りました。
「随分と失礼な方ね。
人にモノを訪ねる時は、名乗ったらいかが?」
桃華ちゃんは、もう一歩前に出ます。
美人の真顔は、とても怖いです。
「・・・3年の鈴木よ。
あなた、東条さんよね?
あなたには聞いていないわよ」
桃華ちゃんの気迫に押されて、その先輩は二歩下がりました。
「水島先生は、私の従兄・東条先生の幼馴染です。
私の家族と東条の家族は、私が生まれる前から同じ家に住んでいますから、水島先生は私が生まれる前から家に遊びに来ていたと思いますよ。
だから・・・妹、みたいな感じなんじゃないですか?
さすがに、オムツは変えてもらってないと思いますけど」
主は困った顔をして、桃華ちゃんの後ろから答えました。
「・・・妹ねぇ。
じゃぁ、水島先生の好きな食べ物は知ってる?
嫌いなものは?」
「好き嫌いですか?
水島先生、私が作ったものは、何でも美味しいって食べてくれるので・・・」
先輩の質問に、主は困ったように言葉を濁しました。
それを聞いて、桃華ちゃんは主の腕を取りました。
「好き嫌いぐらい、ご自分で聞いてください。
私達がお話ししたら、個人情報流出になりますから。
テストの時間に遅刻しますから、失礼します」
桃華ちゃんはきつい口調で言い放つと、主を引っ張って教室へと向かいました。
「まったく、あの仏頂仮面がモテるのが不思議だわ」
「三鷹さん、表情のレパートリーは少ないけれど、とっても優しいもの。
私・・・」
そこまで話して、主は今さっき自分で言った言葉を思い出しました。
『妹みたいな感じ』
自分で言った言葉に、主は胸のチクチクを感じていました。
けれど、なんでチクチクするのか、主は分かりませんでした。
「どうしたの?
気分でも、悪くなった?
顔色は、大丈夫だけど・・・」
そんな主を気にして、桃華ちゃんは足を止めて、主のオデコに手を当ててくれました。
「熱も、ないみたい。
あの先輩、気になる?」
「ううん。
いつもの事だから、大丈夫。
それより、急がないと遅刻になっちゃうね」
主は胸のチクチクを振り払うように頭を振って、左手で桃華ちゃんと手を繋いで歩き始めました。
「そうね、頑張ろうね」
いつもの笑顔の主を見て、桃華ちゃんはホッとしたようです。
気を取り直して、また問題を出し合いながら、3階までの階段を登りました。
けれど、主の胸のチクチクはテストが始まっても、2時間目が終わっても取れなくて・・・
「今日、最後のテストを始める」
それどころか、4時間目のテスト監督で来た三鷹さんを見て、チクチクが
ズキン!
になっちゃいました。
主は頑張ってテストに集中しようとしたけれど、机を周回する三鷹さんの足音にもドキドキしていました。
真横に来た時に、答案用紙の名前の所を、筋張った長い人差し指でトントンとされて、主は名前を書くのを忘れていることに気が付きました。
そんな初歩のミスに、恥ずかしいのか情けないのか、主は耳や首まで真っ赤にして、慌てて名前を書いていました。




