表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/434

その77 浮かれてもいいじゃない?先生がいるから大丈夫

■その77 浮かれてもいいじゃない?先生がいるから大丈夫 ■


 文化祭、2日目です。


 昨夜、桃華ちゃんと女子会をした主は、梅吉さんが綺麗にアイロンをかけてくれた制服を着て、花火大会の後に大事にしまった鬼灯(ほおずき)(かんざし)を、ハーフアップお団子にした頭に挿して登校しました。

白いセーラー服の中、胸元にはネックレスのチェーンに通して、指輪が潜んでいます。

三鷹さんに貰った、緑色のガラスの指輪です。


少し前まで、主のお守りは僕だけだったのに・・・


そう思うけれど、主はいつも学校に行く前、傘の僕をギュッ!と抱きしめてくれるし、変わらず持ち歩いてくれるので、三鷹さんの独占欲の現れだと思う事にしました。


 主、今日はクラスのお当番は無いので、午前中は美術部のブースです。

第2体育館の2階、まるまるワンフロアーを使っています。

部員の作品展示と、実際に画材を使って絵を描けるスペースがあります。


 主の作品は、油絵が2点。


『剣士』

その題名が付いているのは、白と青系の炎の様な闘気を纏った、一人の剣士です。

防具や面が濃淡の黒で書かれ、藍色の道着は闘気と溶け合っています。

容赦なく振り下ろそうとしているその剣先は、今にも飛び出してきそうです。


 『私の歌姫』

横向きの少女は、少しつま先立ちです。

春風を連想させる柔らかな空気を受けて、艶やかな長い黒髪をなびかせています。

その空気に向けて、細く長い両手をゆったりと開いています。

開かれた小さな口は赤い色。


皆、必ず主の絵の前で長く足を止めます。

感想を交わす人達や、息を飲み込んで見入る人とか・・・


僕の主、素敵な絵を描くでしょ?!


って、自慢したいです。

でも、主はさっきから元気がありません。

朝一番に顧問の先生とお話をした後、美術室に来ちゃいました。


美術室の一番奥、窓際が主の指定席です。

いつもなら、窓に向かってイーゼルにキャンパスを立てて描いているんですけど・・・

今は椅子に座って、僕をギュって抱きしめて、開けた窓の外を見上げています。

外からは、今日の準備に駆け回る生徒たちの声が、小さく聞こえます。


「桜雨ちゃん」


小さな肩に、梅吉さんが優しく触れました。


「梅吉兄さん・・・」


振り返った主の眉も目尻も、いつにも増して下がっています。

予防接種を受ける直前の、秋君の尻尾みたいです。


「顧問の先生から聞いたよ」


梅吉さんは近くの椅子を引っ張ってきて、主の前に座りました。


「・・・お気に入りの絵だったの。

皆の事を想って描いたの。

でも・・・出しちゃ駄目って」


ポロポロポロポロ・・・

僕を抱きしめたまま、大きな涙が零れます。

梅吉さんは、ハンカチで主の涙を拭いてくれました。


「見たよ、桜雨ちゃんの描いた『家族』の絵。

皆の笑顔が暖かくて、素敵だった。

家族の事がとても大事なんだって分かるし、見てる俺も、気持ちが暖かくなったよ」


主が泣くのを見るのは、本当に久しぶりな梅吉さんです。

主、いつも基本はニコニコ笑っていますから・・・


「ありがとう。

顧問の芳賀先生も同じ事言ってくれた。

兄さんと同じこと言って・・・

「だから、飾れないの」

って、言われたの」

「桜雨ちゃん、それは・・・」


主の涙が止まりません。

梅吉さん、ハンカチを主に手渡して、よしよしって頭を撫でます。


「大事な家族だと分かるから、守らなきゃ駄目よって・・・」

「芳賀先生は、うちの事情を知っているから、言ってくれたんだよ。

高浜先生が口うるさいのも、同じ理由だ。

あの絵、三鷹や笠原も描いてあるだろう?」

「家族だもん・・・」


ちょっと拗ねた声に、梅吉さんは苦笑いです。


「あの絵を、好意的に見てくれる人だけじゃないからね。

下衆の勘ぐりで、三鷹や笠原が学校を辞めなきゃいけなくなる可能性がある。

そうなったら、桜雨や桃華だって、色眼鏡で見られる。

三鷹が、桜雨に降れるのを我慢しているのも、本当は叫びたいほど言いたい言葉を我慢しているのも・・・桜雨を守るためなんだ」


梅吉さん、とっても優しく話してくれます。

本当に、お兄さんです。


「私が・・・学生だからでしょう?」

「うん、そうだね」

「先生の言っている事、ちゃんと分かる。

私が浮かれてた・・・

あの絵を否定されたんじゃないって、分かっているんだけど・・・」


涙と言葉と一緒に、心に詰まったのも吐き出したんでしょうか?

主はようやく涙が止まって、鼻をすすりながら、顔を上げました。


「桜雨は、頭のいい子だから。

頭と心は違うよね。

頭では分かっていても、心が付いていかなかったんでしょ」


梅吉さんも、いつもの口調に戻って、もう一枚ハンカチを出しました。


「最近、嬉しいことが多かったから・・・浮かれすぎてた。

ごめんなさい、反省します」


一枚目のハンカチは、涙でビショビショ。

二枚目を受け取って、主はそっと顔を拭きました。


「いいんだよ、浮かれたって。

まだ、学生なんだからさ。

間違えたっていいのさ」

「でも・・・」

「桜雨ちゃんや桃華ちゃんは子ども。

俺たち先生は大人。

先生はね、子ども達を導くために居るんだから。

いいんだよ、浮かれたって、調子に乗ったって。

そこから学ぶこともあるんだから」


梅吉さん、主にウインクです。


「梅吉兄さん、先生みたい」


主の笑顔が戻りました。

フニャっと笑ったら、残っていた涙が一粒、ぽろっと零れました。


「桜雨ちゃんたら、酷いわ!」


いつもの調子でおどけて見せながら、椅子から立ち上がりました。


「本当は、三鷹が来るつもりだったんだ。

いや、芳賀先生から話を聞いたのは俺なんだけれど、タイミング悪く三鷹が居合わせて・・・

でもさ、最近の三鷹だと、桜雨ちゃんのことギューってするでしょ?

まぁ、今までよく我慢してきたとは思うし、今も手を握るのでストップしてるのは、偉いと思うのよ、俺もね。

でもさ、ここ学校だし。

学校ってこと忘れて、桜雨ちゃん慰める事に全力使うでしょ?

それこそ、万が一、誰かに見られたら大変だからさ・・・芳賀先生も、それを考慮して、俺だけに話をしたんだけどねぇ・・・」


梅吉さんが、そっとドアの方を指さしました。

視線を向けると、ドアのついているガラス窓に、人影が見えました。


「二人とも、ここ、学校だからね。

先生、ここに居るんですからね」


梅吉さんの声を背中に、主は小走りにドアに向かいました。

ちゃんと、僕を持ってくれてます。


「桜雨」

「学校!」


三鷹さんが主の姿を確認した瞬間、梅吉さんが釘を刺しました。


「・・・水島先生、今から1枚描きたいんで、お昼の差し入れ、お願いします」


主も三鷹さんと手を繋ぎたいのを、僕をギュって握りしめて我慢しました。


「ああ」

「さ、美術部のブースに戻りますよー」


主が我慢したんだから、勿論、三鷹さんも我慢ですよね。

そんな2人の肩をポンポンと叩いて、梅吉さんが促しました。


 美術部のブースに戻った頃には、文化祭2日目がスタートしていました。

日曜日って言う事もあって、生徒の家族や他校のお友達も、スタートからたくさん来ています。

 主はいつもの油絵用のエプロンをして、幾つかセットされた、イーゼルとキャンパスの1つの前に座りました。


「水島先生、お昼ね」


と、三鷹さんにウインクを飛ばして、主はキャンパスに向かいました。


「水島先生、ここ、学校だかんねー」


色々と我慢している水島先生に、三鷹さんは一応と釘を刺して、美術部のブースを放れました。

三鷹さんは、部員が持って来たくれた椅子に腰を掛けて、集中して描きだした主の背中を優しい目で見ていました。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ