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その61 大人の恋愛爆弾

■その61 大人の恋愛爆弾■


喫茶『エアル』は、桃華ちゃんの両親が二人で切り盛りしています。

店内は木目調で整えられていて、流れている音楽はレコードのクラッシックです。

カウンターの隅に季節の花と一緒に置かれていて、独特の音を流しています。

その番人のように、白髪混じりの髪をオールバックにした店主・桃華ちゃんのお父さんがカウンターの中で静かに読書をしています。


カウンター一番奥に、桃華ちゃんと主が座って、アイスティーを飲んでいます。

カウンターの一番近くの4人掛けに、大森さん・田中さん・松橋さん・笠原先生が座って、こちらはアイスティーの他に、サンドウィッチやパンケーキ、パフェも注文していました。

6人の視線は、窓際の席の3人に注がれています。

といっても、間に他の席はありませんが。


窓際の六人席。

窓のすぐ横に、三鷹さんのお姉さんの二葉さんが座って、ホットミルクを飲んでいます。

その前に、不機嫌を隠さない三鷹さんと、疲れ切った顔の梅吉さんが座って、珈琲をすすっています。


「で、いい加減、頷いてくれてもいいと思うのよね」

「・・・」


サングラスを取った二葉さんは、目じりの切れ上った綺麗な瞳で、三鷹さんを見下ろしています。

いえ、視線の高さは変わらないんですけどね、高圧的で・・・見下ろすって印象が強いんですよね。


「まったく、昔からこうなんだから。

ちょっと梅、アンタからも何とか言ってやってよ」


何も話さない三鷹さんに、二葉さんはイライラしてバックから煙草を出しました。


「当店は禁煙でーす。

そもそも、妊婦さんが喫煙しちゃダメでしょう?

それとも、妊娠は嘘ですか?」


梅吉さんは素早く煙草を取り上げて、グシャっと箱ごと握りつぶしました。

笑顔で。


「妊娠は、嘘じゃないわ。

とにかく、私の結婚を三鷹が認めないと、父さんが結婚に同意してくれないんだってば」


二葉さん、嫌そうな顔をして、口調を粗くしました。


「結婚話だって、去年からでていたのよ。

アンタがいつまでたっても私の婚約者の事を認めないから、子どもできちゃったじゃないの。

おかげで、母さんに『順番が違う』って怒られたわ。

正月ぐらい、実家に帰ってきなさいよね。

それか、せめて電話ぐらい出るか、LINE返すかしなさいよ!

まるっきり無視って、どういう事よ!!」


二葉さんの怒りのボルテージは、どんどん上がっていきます。


「ちょっ、ちょっと待って、二葉さん。

そんなに怒ったら、お腹に響きますって。

それに、未成年じゃないんだから、そんなに結婚したかったら、婚姻届け書いて出しちゃえばいいじゃないですか」


梅吉さん、二葉さんの目の前に両手を広げて、落ち着くように促します。


「婚約者は実家の総合病院の外科医で、水島の性になってもらうつもりなの。

『婿』じゃなくて『婿養子』。

姉さんは結婚する気も病院経営も興味ないし、跡も取るつもりないって言うから。

三鷹も、もう医師にはならないでしょう?

だから、跡取りとして親と養子縁組するから、旦那にも相続権ができるわけ。

姉さんと、私と、三鷹の3人で分けるはずの遺産が、4人で分けることになるの。

だから、父さんは三鷹の許可を取れって。

なのに、コイツ・・・」


梅吉さんと笠原先生は、物凄く納得しました。

が、学生組は、田中さんを抜いてイマイチ分かっていないようなので・・・笠原先生、紙ナプキンに図解しながら説明しています。


「三鷹、さすがにこれは・・・」

「知らない」


三鷹さん、素っ気なく言うと、スラックスのポケットからスマホを取り出して、LINEを開きました。


「・・・二葉さん、三鷹にLINEもLINE電話も・・・普通の通話もきてない・・・あれ?」


梅吉さんがチェックするも、言葉通り何もありません。


「そんなはずないわ。

ほら・・・あら?」


二葉さん、バックからスマホを取り出して、LINEをチェックしだしました。

梅吉さん、上からヒョイと覗き込みます。


「あー・・・タカ違いで、お友達に送ってますね。

しかも、既読にもなってないから、この人、ID変えたんじゃないですか?」


二葉さんの勘違いの様です。

凄いです、長期間の勘違い。


「私だって忙しいんだから、送った相手がアンタかどうかなんて、チマチマ確認なんかしないわよ。

アンタが、正月ぐらい実家に帰ってくれば良かったんでしょう!!」


三鷹さんに、噛みつきそうな勢いです。

僕には、ほぼ逆切れに見えます。


「両親と長女は仕事。

二女は友人と豪遊。

帰る意味があるのか?

それに、冬休み期間は短いから、学校は休みでも仕事はある」


ここに来てようやく、三鷹さんがまともに口を開きました。


「長男が帰って来るって言えば・・・」

「外来は閉めていても、内科・産婦人科・外科は入院患者がいるから、ゆっくりする暇はないだろう。

そもそも、二葉姉さん自身が仕事を始めてから、正月は旅行に行って帰って来なくなったんだろう」


ああ、身から出た錆なんですねぇ・・・


「まぁ、いいわ。

で、私、婿養子とってもいいかしら?

跡取りになるけれど?」


今までの怒りは、一気に消えたようです。

自分の勘違いを棚に上げてます。


「興味ない」

「あっそう。

じゃぁ、後で父さんに電話しておいて。

次の大安には、入籍だけでもしたいから。

それまでに、電話!」


ビシッ!っと三鷹さんの目の前に人差し指を立てて、二葉さんは慌てだしく立ち上がりました。


「二葉さん、足元、気を付けてくださいね」


その勢いの良さに、梅吉さんはハラハラしながら立ち上がりました。


「本当、相変わらず人の事ばっかりね。

少しは我がまま言いなさいよ。

じゃないと貧乏クジばっかり引いて、婚期逃がすわよ。

うちの姉さんみたいに。

(よし)も、三鷹の子守り、ありがとうね」


女子高校生に囲まれている笠原先生にヒラヒラと手を振って、二葉さんは颯爽とお店を出て行きました。


「疲れた・・・母さん、濃い珈琲お願い」


倒れ込む様にテーブルにオデコを付けた梅吉さんの前に、大森さんが座りました。


「三鷹先生は、遺産の取り分が少なくなってもいいんですか?」


大森さん、直球です。


「親の稼いだ金で、俺が稼いだものじゃない。

自分の稼ぎで、不自由なく暮らしている」

「・・・女子高校生を相手に、遊べるぐらいには?」

「大森・・・」


珍しく、梅吉さんの声にピリッとしたものが入りました。

真面目な表情になった梅吉さんを、三鷹さんが片手で止めて、優しく主を呼びました。


「桜雨」


梅吉さんが席を譲ると、主は三鷹さんの隣に座ります。


「遊びじゃない。

学生と教師だから、手を握ることも、抱きしめることも、確定的な言葉も贈れない。

けれど、遊びではない」


ちょっとはありましたよね。

主は三鷹さんの横顔を見つめて、ニッコリとほほ笑みました。


「不安がないって言ったら噓になるけど、水島先生・・・三鷹さんは、ずっと傍に居てくれてたから。

私が困った時には、助けてくれるから」


そこまで言って、主、キョロキョロと辺りを見渡しました。


「三鷹さん、梅吉兄さん、笠原先生・・・女子会したいんですけど、いいですか?」

「もちろん、OKだよ」


梅吉さんがニッコリ笑って立ち上がろうとしたのを、主が慌てて手で制して立ち上がりました。


「女子会は、女の子のお部屋でやります」


主がニコニコしながら席を放れて、大森さんに手を差し出しました。

大森さん、戸惑いながらもその手を取って、桃華ちゃん達とバックヤードに消えて行きました。


「ねぇ、梅吉、良い人いるなら、いつでも連れて来るのよ」


椅子の背もたれにだらしなく体を預けた梅吉さんに、桃華ちゃんによく似たお母さんが、濃い珈琲を持って来てくれました。

三鷹さんの分もです。


「出来たらね」


濃い珈琲の香りに癒されながら、梅吉さんは自虐的に呟きました。


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