表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/434

その49 手を差し伸べてくれる人(小さな命4)

■その49 手を差し伸べてくれる人■


 真夏の昼時、主はエプロン姿のままで商店街の裏道を走って、通い慣れた図書館に入りました。

ここの図書館はすごく大きくて、3階建てだし、大きなホールと体育館が隣接していて、冷房の効いた広い廊下で繋がっています。

その廊下の一番奥、人目につかないベンチで、主は膝を抱えて座っていました。

目は真っ赤で、涙は止まっていません。


「私、何してるんだろう。

三鷹さん、私のこと見て驚いてた」


グズグズと鼻をすすりながら、ため息も零れます。


「ハァイ、可愛い子猫ちゃん」


そんな主に、明るく声をかける男の人が居ました。

差し出された右手が、ぼんやりと主の視界に入りました。

親指の付け根に、ホクロがあります。


「こんな所で・・・

可愛い顔が、台無しだよ?」


右手が視界から消えたと思ったら、今度は白いハンカチが差し出されました。


「可愛くなんか、ないです」


いつもなら、右手の親指の付け根にホクロがある手を差し出してくれるのは、三鷹さんでした。

三鷹さんしか、主は知りませんでした。

けれど、今は違います。

顔を上げて見なくても、声と口調で分かります。


「小暮先生、なんでこんなところに居るんですか?」


主は顔を上げるどころか、抱えた膝に顔を埋めちゃいました。


「子猫ちゃんの鳴き声が聞こえたから」


小暮先生は、覗き込むように片膝をついて、主の肩に手を置きました。

白いスラックス、汚れても知りませんよ?


「私、そんなに可愛くなんかないです」

「僕には、可愛い子猫ちゃんだよ。

遊びに、行こうか?

ドライブなんて、いかがかな?」

「知らない人に付いて行っちゃ駄目って、皆に言われているんです」

「知らない人って・・・僕のこと、知っているでしょ。

職業だって、お堅い公務員の学校の先生でしょ」


小暮先生がちょっといじけた声を出すと、主は少しだけ笑って顔を上げました。

梅吉さんとそっくりな顔が、主を見つめています。


「先生なら、なおさら付いて行けません。

怒られちゃいますよ?」

「誰に?」


話をしながら、主は三鷹さんの事を考えています。

主、分かっているんです。

三鷹さんが主に必要以上に触れないのは、誰かに怒られるのが怖いんじゃないって事ぐらい。


「・・・偉い人、かな?」

「そうだね。

でも、子猫ちゃんが手に入るなら、先生辞めちゃえばいいし」


小暮先生は、白いハンカチで、主の目元をそっと拭いてくれました。

主は、三鷹さんに先生を辞めて欲しいわけじゃありません。


「ドライブ、行こうよ」


三鷹さんは、図書館に来た主をドライブには誘いません。

なぜなら・・・


「桜雨、行くぞ」


主は、ドライブより絵本の方が好きなことを、知っているからです。

颯爽と・・・まではいきませんけど、現れた三鷹さんは、小暮先生から奪うように主を抱き上げて、図書館のブースへと歩き出しました。

全速力で走って来たんでしょうか?

随分と呼吸が乱れていますね。


「えー・・・

また、僕の存在、無視かぁ・・・」


大きくため息をついて、小暮先生は立ち上がると、ニコニコしながら声をかけました。


「僕なら、泣かせないから、いつでもどうぞ」


そんな小暮先生に、三鷹さんがチラリと怖い視線を投げました。


「そんな怖い顔するぐらいなら、綺麗ごとばかり並べなければいいのに」


小暮先生はフフンと笑って、出口に向かって歩き出しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ