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おまけの話91 敷かれたレールから外れて君と歩く道32

■おまけの話91 敷かれたレールから外れて君と歩く道32■


 荷物は学校のカバンと、中位のボストンバッグ1つ。

中学校の制服に着替え直して、髪には勇一さんが買ってくれた赤いリボン。

羽織っているコートは、今年の冬用にと勇一さんが早々に新調してくれていたもの。


 勇一さんの荷物は、大きめのボストンバックが1つ。

来客用のスーツに着替えて高価なコートに身を包んで、久しぶりに髪までセットしたのに… 


 勇一さんは、私と2人きりで真っ暗な蔵の中。

上の方から落ちて来る月明かりと、埃まみれの色々な道具が押し込まれた蔵の中。

外から聞こえて来るのは、控えな声量で勇一さんと私を探す声。


「ここ、見つかりませんかね?」


 万が一、蔵の扉が開けられてもすぐに見つからない様に、コソコソと大きな荷物の間に入って、勇一さんと肩を並べて座っていた。


「今頃、勇一様のお見合い相手の皆様と、私のお見合い相手の皆様… 私達が居なくて何しているんでしょう?

奥様やタカさん達が、場を持たせているんですかね?」


 そう、勇一さんと私は、お見合いの直前に逃げ出した。

勇一さんは和室で、私は自分の女中部屋で、それぞれお見合いの為に身支度をしていた。

 後から聞いた話だけれど、コージさんとサヨさんは、このタイミングを待っていたらしい。


 勇一さんの身支度を手伝っていたサヨさんは、他の2人の下女中に適当に用をお願いして人払いすると、勇一さんの手を引いて縁側から裏庭に飛び出して、女中部屋の窓の外まで迎えに来てくれた。

私の身支度をしていたのはタカさんだったけれど、マリさんの後始末で呼ばれた隙をついて、私は着ようとしていたワンピースじゃなく、中学校の制服に袖を通して窓から外に出た。

荷物は… もともと少なかったから、サヨさんが窓から投げ入れてくれたボストンバックに入れるのに、そんな時間はかからなかった。

マリさんの失敗は、コージさんがちょっと悪戯したせいらしい。

 サヨさんに促されて、勇一さんと私は蔵の中で合図を待つことになった。


 そんな感じに、勇一さんと私はお屋敷から抜け出した。


「この蔵、探した?」

「そうよね、隠れるならもってこいの蔵よね」


 外で、数人の話し声が聞こえた。


もし、今見つかってしまったら、勇一様と私にどんなペナルティーが科せられるんだろう?

もしかして、もう勇一様と会えなくなる?!


 そんな不安に駆られて、私はギュッと勇一さんの胸元に抱き着いた。

勇一さんも同じことを考えていたのか? 私をギュッと抱きしめると、今まで以上に息を潜めた。


「あ、そこの蔵なら、私、お掃除したことがありますよ。

中は暗いし埃っぽいから、慣れている私が確認しますよ~。

お2人は、あちらをお願いできますか?」

「あらそう? じゃぁ、お言葉に甘えるわね」

「よろしくね~」


… 1人、残った?


 蔵の戸が重々しい音と共に開いて行くのが分かった。

けれど、その音は直ぐに止まってしまって、扉が全部開いたとは思えなかった。


「…お、思っていたより、重いです」


 とても聞き覚えのある声だった。

道具の隙間からそっと出入り口の方を見ると、外の明りを背中に受けて、しゃがみ込んで息を切らしている小さな影が見えた。

その影は大きく深呼吸をして、周囲の埃を吸い込んで一気にむせた。


「…失敗。

思ったより、緊張してたのかなぁ」


 呼吸を落ち着かせたその影は、ポケットから小さな懐中電灯を出して明りを付けた。

ポン! と、見慣れた幼い美和ちゃんのお顔が浮かび上がった。


「美和ちゃん!」

「美世さ~ん、勇一様~」


 思わずヒョコっと美和ちゃんの方に顔を出すと、女中姿の美和ちゃんがニコニコと手を振ってくれた。


「そろそろ、行きますよ。

走る準備、してくださいね」


 美和ちゃんが『来い来い』と可愛く手招きをするものだから、蔵の戸が少し開いているにもかかわらず、勇一さんと私は荷物を手にして駆け寄った。


「え? 走る準備って?」

「商店街の入り口に、お父さんが車を用意して待っているんです。

そこまで、頑張って走ってくださいね」


 言われてすぐ、勇一さんは私の手からボストンバックを取った。

それを見て、美和ちゃんは外に向かって、懐中電灯を何回かチカチカ瞬かせた。


「お2人とも、お耳、塞いでください」


 言いながら、美和ちゃんも自分の両耳を両手で押さえた。

慌てて、勇一さんと私もそれを真似ると…


ドッゴーン!!


 すぐに、お屋敷の方からすさまじい音と振動と爆風が襲って来た。

耳を塞いでいたけれど、それでも少しキンキンしていたし、震災かと思えるほどの揺れは直ぐに収まったけれど、足は震えていた。


「さ、車まで走りますよ!」


 美和ちゃんに促されて蔵を出ると… お屋敷から火が出ていた。

あれは、旦那様のお部屋のあたりだろうか?

そんなに大きくはない火のようだけれど、その真上の夜空を明るく照らしていた。

その火を消そうとしたり、貴重品を非難させたり、お客様を避難させたりと、お屋敷の敷地内は大混乱だった。


「美和ちゃん、見っけ!!」


 非難する女中やお客様が蔵の前を走って通り過ぎていく中に、作業着姿の修二君がいた。


「修二君、お仕事お疲れ様です」

「メチャクチャ、気持ち良かったぜー!

一発はやって見たかったんだ」


… この爆破騒ぎは、修二君か。

修二君はヒョイと美和ちゃんをオンブすると、いつもの悪戯な笑顔で私を見て言った。


「ミヨ、こんな壁、楽ちんだろ?」

「… ええ、楽ちんですとも。

修二様は、もちろん美和ちゃんをオンブしてですよね?」

「あったりまえじゃん!」


そうですよね、修二様はそれぐらい、朝飯前ですものね。


 外壁は、樹を登ればすぐに超えることが出来る。

もちろん、登れなくはない。

昔はよく、修二君と登ったのだから。

そんな昔を思い出しながら、久しぶりに木登りをした。

学校のカバンを持って。

思ったより体が動いたのが、少し嬉しかった。


 誰にも咎められなかったのは、蔵が影になってくれたから。

私達は、外壁に一番近い気によじ登り、一気にお屋敷から飛び出した。


「よし! ここからダッシュ!!」


 そして、修二君の抑え気味の気合で、お屋敷からワラワラを出て来る人たちで混乱する中から、夜の道へと走り出した。


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