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おまけの話89 敷かれたレールから外れて君と歩く道30

■おまけの話89 敷かれたレールから外れて君と歩く道30■


 久しぶりに、お屋敷が人で賑わっていた。

その殆どが、私と同じ女中の制服を着た女の人達。

私ぐらい若い人から初老の人まで、皆同じ制服を着て、当たり前のようにお屋敷のお掃除をしている。

その動きや会話に無駄はなく、ニコリともしないその人達の顔は誰一人と見覚えが無かった。


「勇一様、この方たちは?」

「…」


 まぁ、答えは期待していなかったけれどね。

勇一さんは私の手を確り握って、とりあえずいつもの和室へと進んだ。


 パタパタパタパタ…

見たことも無い、けれど同じ制服を着た大勢の女の人達が迷うことなく働いている間を動くのは、まるで自分が幽霊か透明人間になった気分だった。

誰も、私の事を気にしていなかったから。


昔のお屋敷は、こんな風に活気があったのかな?


 そんな事を思いながら縁側から和室に入ろうとしたら、聞きなれた声に呼び止められた。


「勇一様、ミヨ、奥様がお待ちです。

こちらへ」


 久しぶりのタカさんは、相変わらず高圧的だった。

けれど、こんなにも知らない人達ばかりの中では、とっても心強かった。


「タカさん! お久しぶりです。

お変わりありませんか?

チヨさんはご一緒ですか?

これは、何の大掃除ですか?」


 心強くて、ホッとして、タカさんの後ろを勇一さんと並んで歩きながら、矢継ぎ早に聞いた。


「私の体調管理はいつも通り完璧です。

チヨは、奥様の補助をしています。

今、お屋敷で働いている女中は、全て『東条家』で働いている者で、各お屋敷から本日限定で派遣されました。

後30分ほどでお客様方がいらっしゃいます。

勇一様、今日は『東条の長男』として… お客様の接待をお願いいたします」


 最初こそ私に答えてくれていたけれど、後半は勇一さんへの言葉だった。


「タカさん、『東条の長男』として、て…」


その肩書は、母親の奥様に剥奪されたもの。

今更何で… 


「ミヨ、私はいつも言っていましたよね。

『立場をわきまえなさい』と」


 タカさんは客間の扉の前で立ち止まって、静かにいつものフレーズを口にした。

その視線は、私と勇一さんの繋いだ手に向いていた。


「あ~… はい、スミマセン」


でも、これは私一人が望んだ事じゃないし、私が立場をわきまえても勇一様がねぇ…


「勇一様、その手を放したくないのでしたら、それなりのお覚悟を」


 チラッと勇一さんを見て小さく謝った私に溜息をついてから、タカさんは私達に一歩近づいて密かに、けれど確りと言った。


「ミヨ、このドアを開けてもその手を放せないのなら、勇一様以外は諦めなさい。

それが出来ないのなら、今すぐに他の女中と一緒にお屋敷の掃除をなさい」


 タカさんの言葉に、私と勇一さんはお互いの顔を見た。


 『覚悟』なら、出来ていた。

何が起こっても、勇一さんのそばを離れない『覚悟』は出来ていた。

 この時の私はまだ子どもで、大人の考えを裏の裏まで考える事なんて出来なかったから、タカさんにしてみたらその『覚悟』はとても甘いモノだろうけれど。


「勇一様、ミヨは放しませんよ」


 繋いだ手を二人の目線の間まで持ち上げてニコッと微笑むと、勇一さんも大きく頷いてくれた。


「まったく… チヨとサヨが甘やかすから」


 大きなため息をついて、タカさんが客間のドアをノックした。


「失礼いたします、タカです。

勇一様をお連れ致しました。

ミヨも同行しております」

「どうぞ~」


 中から聞こえたチヨさんの声は、いつも通り少し間延びしていた。

タカさんがゆっくりとドアを開けるのと同時に、勇一さんの私の手を握る力が強くなっていった。


勇一様、緊張している。

そうだよね… この部屋だもの、奥様に『要らない子宣言』されたのは。

しかも、あの後、一回も奥様にお会いしていないし。


 なんてことを思い出したら、私も緊張してきてしまった。

勇一さんの手を、私もギュッ! と握りしめて、ドキドキし始めた胸に右手を当てた。


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