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おまけの話88 敷かれたレールから外れて君と歩く道29

■おまけの話88 敷かれたレールから外れて君と歩く道29■


表玄関から入るのは、何時ぶりだろう?


 私達女中は勝手口からの出入りが当たり前で、表玄関はお客様や東条家の方たちをお出迎え•お見送りする場所、そのために綺麗にお掃除する場所だった。

その玄関から、勇一さんと仲良く手を繋いで、コソコソと中に入る… ちょっと可笑しくて、声を殺して笑ってしまった。

肩が揺れているのを見て、勇一さんが私を見た。


「あ、ごめんなさい。

きちんと玄関から入るなんてなかなか無いのに、こんなにコソコソ… フフフフ… 泥棒みたいだけど、泥棒は玄関から入るのかしらと思って」


 なるほど… と、思ってくれたのか、うなずく勇一さん。


「それにしても、あのシルエットはマリさんですよね?

今回は、何しに来たんですかね?

そう言えば、前回も何しに来たんだろう?」


 そっと階段を上がって、勇一さんのお部屋に入ると、一気に緊張が解けて、フニャフニャと床に座りこんでしまった。

そんな私の目の前で、勇一さんは脱いだ上着類をポイポイとベッドに投げてYシャツ姿になると、座り込んだ私を抱っこして、ベッドに背中を預けて胡座をかいた。

もちろん、私の体は勇一さんの左右の足にガッチリ捕まえられている。


「勇一様〜、先生でもダメなんですか?」


 後ろからギュ〜と抱きしめて、私の首筋や耳を中心に鼻を擦り付ける勇一さん。

『懐紙ラブレター』以降、勇一さんは私が帰宅すると後ろから抱きしめてくれるようになった。

それがそのうち、私の首筋に勇一さんの鼻先をスリスリ…

また少しすると、首筋だけじゃなく耳まで鼻先でスリスリ…

最近は… 今もだけれど、鼻先だけじゃなくて、唇も当たっていたりする。

しかも、今日みたいに勇一さんの前で他の男の人といたりした日は、何箇所か甘噛される。

困ったことに、これが嫌とか痛いとかじゃなくて、その… 気持ち良かったりする。

もちろん、勇一さんには言わなかった。


「っう!」


 この日は、返事の代わりに、初めて耳の後ろを思いっきり吸われた。


「勇一様?!

ちょっと、待って…

いたっ…」


 チクチクとゾクゾクとジンジンと… 初めての感覚が容赦なく襲ってきた。

体の力はとっくに抜けていて、勇一さんの腕に手を添えているのがやっとだった。


「ゆ、勇一様…」


 甘噛された時より強く痺れる感じに、私の息も上がっていた。


「はい、ストップ」


 ベリっと、黒いライダース―ツ姿のコ―ジさんが、私と勇一さんを引き剥がした。



「ユウイチ、それ以上は、春までお預けだって言ってんじゃん。

しかも、ミヨちゃんまだ制服から着替えてないじゃん。

その時点でアウトだってば!」

「え―、勇一様ってば年下趣味なんですか?

マリ、ショック!」


 コ―ジさんが開けっ放しにしていたドアから、見慣れた丸いフォルムが入ってきて、しゃがみ込んでいる私を思いっきり押し退けて、勇一さんの両手を握った。

後ろに飛ばされそうになったのを、コ―ジさんが支えてくれた。


勇一様、ムッとしてますけど、コ―ジさんは助けてくれたんです!

私もムッとしていますからね! マリさんに手なんか握られて!


「こんな胸なし子なんかより、肉体美の魅力あふれる大人の私の方が、絶対! 絶対! ずえったい! 良いに決まってます!」


 マリさんは、握りしめた勇一さんの手を自分の豊満な胸へと引き寄せようとした。


「この、デブ!!」


 けれど、そんなマリさんの頬を、今度はエプロン姿のサヨさんが横から思いっきり引っ叩いた。


「ブヒャ!」


 重さがあるから飛ばなかったけれど、見事に倒れた。


「あんたのは、肉体美の魅力なんかじゃないわよ!

贅肉よ贅肉!

確かに胸はあるけど、腹も背中も太ももも… どこもかしこも贅肉だらけで、絞まってるところないじゃない!

肉屋に行って、1キロの肉塊がどれだの大きさか、見てご覧なさいよ!

あんたはその肉塊を、どれだけつけてんのよ!!」


サ、サヨさん… すんごい興奮してるけど、お腹が大きいんだから…

お腹の子に響かないか、私はそっちが心配。


「サ〜ヨちゃん、マリさんが趣味っていう方々もいるからね~」


 コ―ジさんは、呑気に突っ込んでるだけだし。


 この時のサヨさんは、8ヶ月の妊婦さん。

お屋敷のお仕事も週に3日程、体調とお天気の良い日に、お散歩がてら来てくれていた。

初めての出産を前に、心穏やかに過ごして欲しいのに、この日のサヨさんは… まぁ、以前からマリさんが絡むと、こんな感じではあったけれど。


「何よ!

女中のクセに!!」

「もう、女中じゃありませ〜ん!

こちらのお掃除は、趣味です」


マリさん、鼻血が…


「掃除が趣味だなんて、暗いわね〜」


この言い争いは、いつまで続くんだろう?

マリさん、鼻血を止めた方がいいのでは?

サヨさん、仁王立ちで全身に力を込めたら、産まれちゃわない?


 二人の迫力に気圧されて、ボ―っとそんなことを考えていると、勇一さんが私をヒョイと抱き上げて部屋を出ようとした。


「他にも、何方かお見えになったんじゃないですか?」


 久しぶりに、玄関が数人の声で賑わっていた。


「あ―!

もう来ちゃった!

ミヨちゃんが帰ってくるの遅いし、コソコソ私に隠れて家に入ったりするから!

せっかく、出し抜こうとしたのに」


 勇一さんは、後ろから来るマリさんをヒラッと避けた。

マリさんはあまり気にせず、むしろ玄関に居る人達が気になるようで、ドスドスと足音を立てて、大きなお尻をフリフリさせて、玄関に向かっていった。


「団地爆破の件で、色々面倒くさくなったって言っただろう?

まぁ、決めるのはユウイチだ」

「勇一様、私、勇一様を信じていますからね!」

ミヨちゃん、私はミヨちゃんの味方だから!」


 コ―ジさんとサヨさんは、すっごく真面目な顔で私達に言うと、揃って玄関へと向かった。

残された勇一さんと私は顔を見合わせて、とりあえず着替えることにした。



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