おまけの話87 敷かれたレールから外れて君と歩く道28
■おまけの話87 敷かれたレールから外れて君と歩く道28■
「東条さん、女子に学問はいらないなんて時代は終わりました。
美世さんは学力のあるお子さんです。
高校に行かないのは勿体ない!
相当な高望みをしなければ、選択肢は迷う程あるんです。
どうか、東条さんからも美世さんに進学を薦めてください!」
中学3年生の秋。
受験する高校を決めるには、ギリギリの頃。
私は2学期に入ってすぐの進路希望プリントに、『就職』と書いて提出したのに、担任の先生は私の進学を諦めきれないようで、ことあるごとに高校生活の素晴らしさをアピールしてきた。
けれど、私が全然なびかないので、とうとう勇一さんを呼び出しての三者面談に。
「東条もな、就職って今お世話になっているお屋敷の女中のことだろう?
それなら、今まで通り学業と仕事、両立出来るだろう?
勉強、しておいて損はないぞ。
お前ぐらい学力があるなら、高校での勉強は未来への糧になるぞ。
たかが3年だ。
今の生活が、あと少し伸びるだけだ。
な? 高校で勉強しよう!」
先生、一生懸命だな〜。
なんて、先生は私のことに一生懸命になってくれているのに、肝心の私はまるっきり他人事だった。
だって、気持ちはすでに固まっていたから。
「先生、私にはまだ下に弟と妹が3人いるんです。
私は学校にも通えて、お仕事もできていて、満足しているんです。
だから、田舎の弟妹が私のようにきちんと学校に通えるように、お仕事に専念して仕送りを増やしてあげたいんです。
私より、弟妹達のほうが、生きるのに学力を必要とするでしょうから」
「でもなぁ•••。
東条さんは、どう思いますか?」
先生は渋い顔をして、私の隣に座る勇一さんに意見を求めた。
「…」
けれど、勇一さんは一度私を見たあと、先生に向き直って無言。
まぁ、面談の最初から無言なんだけれど。
勇一さん、挨拶もお辞儀をするだけだし。
「それに、お勉強したくなったら、自分のお金で進学します。
ここから先は東条のお金ではなく、自分のお金でやっていきたいんです」
本心だった。
私と私の家族を助けてくれたことには、とても感謝している。
けれど、勇一さんが『東条』とは関係のないところで頑張っているのだから、私もそうしたいと思った。
「でもなぁ…」
先生は最後まで渋っていたし、勇一さんは一言も話さないし、私は『就職』一択だしで、三者面談は時間だけが無駄に過ぎていった。
その無駄な時間を終わらせたのは、先生を呼ぶ職員室からのアナウンスだった。
先生が行ってしまうと、勇一さんは私の手を取って歩き出す。
校内なのに。
まだ、残っている生徒がいるのに。
でも、誰に見られても、勇一さんは私の手を放さなかった。
会話はなかったけれど、大きな手に引かれて、ホクホクした気持ちでお屋敷まで帰ったら…
勝手口に真ん丸い影が見えて、ビクッ! と体が震えてしまった。
見覚えがありすぎるそのフォルムを、見なかったことにしようと、私と勇一さんは無言の一致で表玄関へと向かった。




