おまけの話83 敷かれたレールから外れて君と歩く道24
■おまけの話83 敷かれたレールから外れて君と歩く道24■
等間隔に並ぶ建物は緑の蔦と真っ黒な雲で覆われていた。
そこから垣間見える外壁は、元は何色だったのだろうか? 長年の雨風に汚されて、その殆どが黒っぽく見える。
等間隔に並ぶ箱の様な建物には、やっぱり等間隔に並ぶ窓やベランダ。
全てが同じサイズで、同じデザインで、同じ高さで、同じ位置。
それらにも、びっしりと蔦が茂っていた。
建物の入り口は一様に、ぽっかりと黒い口を開けている。
その近くの集合ポストは、どれもチラシが詰め込まれて、中には飛び出しているのもあった。
そのチラシも色褪せていて、ボロボロだ。
もちろん、建物の周りも丈の高い雑草が生い茂っている。
その全てに生活感はない。
「これが、二年間で?」
団地の入り口で、私はその異様な雰囲気に飲み込まれそうになって、勇一さんのシャツをそっと摘まんだ。
それに気が付いて、勇一さんは弓を持っていない左手で私の手を繋いでくれた。
「最後の住人が出たのが、二年前なんだと。
もう、十年ほど前から住人は減る一方で、手入れらしい手入れもしてなかったんだろうよ。
発破で終わらすのが、一番楽だな」
美和ちゃんのお父さんは、車の中にあった仕事道具のツルハシに体を預けながら、目の前の建物を眺めていた。
「はっぱ?」
「火薬使って、建物を爆発させて解体すんの。
俺、まだやった事ねぇんだよな」
私のオウム返しに、修二君が答えてくれた。
「まぁ、火薬の代わりに、俺様が暴れてやるよ」
普段の修二君なら、コージさんの言い付けはだいたいは守る。
けれど、今回は美和ちゃんの安否がかかっているから、最初から守るつもりはないのは分かっていた。
二本の真剣の鞘を抜き取る横で、勇一さんが空に向かって矢を放った。
それは厚く真っ黒な雲にスッ… と吸い込まれた瞬間、そこを中心に雲が晴れだした。
「うっし! 行くぜ!!」
行くぜ!! も何も、美和ちゃんがこの団地のどこに居るかも分からないのに、修二君は真剣を振り回しながら走り出した。
私は慌てて、修二君が投げ捨てた鞘を拾って、両腕でしっかりと抱きしめた。
「坊主…」
美和ちゃんのお父さんも、どこに向かうのか聞こうとしたのだと思う。
修二君に声をかけようとしたけれど、その横顔を見た瞬間、言葉を飲み込んでいた。
『鬼神』
という言葉がピッタリだと思った。
いつも以上に鋭く吊り上がった瞳は忙しなく周囲を見渡し、歯をむき出した口からはシュウシュウと呼吸音も聞こえた。
演舞を待っているかのように華麗な足さばきと、真剣を振り回す力強い腕。
それは『視えない何か』を容赦なく切り刻んでいるようで… 実際、修二君の通った後には、赤や緑の液体が大量に飛び散っていた。
「おっちゃん、何か聞こえる!
どこでもいいから、手当たり次第に壊してくれ!!」
修二君の怒鳴り声に、気圧されていた美和ちゃんのお父さんが動き始めた。
ツルハシを大きく振りかぶって、その鋭い先端で手当たり次第にコンクリートを砕き始めた。
「美和ちゃーん!!」
一振りするごとに、美和ちゃんの名前を呼ぶのも忘れない。
「ミヨ、鞘は守りになる。
絶対に離すな」
久しぶりに、まともな勇一様の話を聞いた。
なんてビックリしていると、矢筒を私に渡してきた。
慌てて修二君の鞘と一緒に抱きかかえると、勇一さんはその矢筒から矢を引き抜いて、弓を構えた。
いつもの何倍もの速さで一連の動きが行われ、丹田に確りと力が入ったのが見ている私にも分かった。
放たれた矢は厚い真っ黒な雲ではなく、空中で小さな花火の様に光って四散した。
その瞬間、チラッと何かが見えた気がした。
「勇一様、今…」
驚く私に構わず、勇一さんは次から次にと矢筒から矢を抜いて、空中に放っていく。
それらは全て、一本目と同じように花火の様に光って四散した。
「「美和ちゃーん!!」」
そうこうしているうちに、修二君と美和ちゃんのお父さんは、団地の奥へと進んで行く。
2人がとおった後の建物は、蔦は所々引きちぎられ、露わになったコンクリートの壁は粉砕され、場所によっては部屋の中が露わになっている所もあった。
「鞘を、離すな」
もう一度、勇一さんはそう言うと、私の腕を掴んで二人の後を追いかけ始めた。
空気が違った。
今まで立っていた所よりも生臭い臭いが充満していて、息苦しくて、圧迫感が酷かった。
修二君が『切り開いた道』は、足元からズンズンと何か振動を感じた。
「美和ちゃん… 美和ちゃん!!」
こんな場所に、美和ちゃんは居るんだ。
確かに、コージさんが来るのを待ってなんかいられない。
こんな場所、早く出なきゃダメだ。
そう思ったら、私も美和ちゃんの名前を叫び始めていた。
「美和ちゃん!」
美和ちゃんの名前を叫ぶたびに、横から何かがくる気配がした。
けれど、それは私に触れることなく、手前でパン!! と音を立ててその気配を消した。
… 鞘が護ってくれているんだ。
勇一さんの言葉通り、鞘が護ってくれていると分かって、私はさらに力強く二本の鞘と矢筒を抱きしめた。
「兄ちゃん、あそこ!!」
少し前に居た修二君が、初めて振り向いた。
修二君が指さしたのは、他と何ら変わらない建物だけれど、確かに何かが聞こえていた。
… カエルの合唱だ!
美和ちゃんだ!!
この場の雰囲気とまったく合わないその歌声は、三階の窓から洩れているものだった。
そこの窓ガラスは、薄ぼんやりと光っていた。
勇一さんは矢筒から2本引き抜くと、一気に2本打ち放った。
そして、素早くもう2本!
計4本の矢は窓ガラスをすり抜けて、部屋の中で今までの矢と同様に四散したようだった。
ガラス越しに、チラチラと火花が見えた。
そして、その窓ガラスには、直ぐに修二君の舞う姿が映った。
勇一さんが矢を放っている間に、上がっていったらしい。
バリバリバリバリ…
凄まじい音と共に窓ガラスが割れて、キラキラと大小の破片が降り注いできた。
「ミヨ!」
この空間で、こんなにもキラキラ輝けるんだ…
なんて感心していたら、勇一さんが必死な声で私の名前を呼んで覆い被さってきた。




