おまけの話82 敷かれたレールから外れて君と歩く道23
■おまけの話82 敷かれたレールから外れて君と歩く道23■
美和です。
修二さんやお父さん達が一生懸命私を探してくれている時、私は大きな大きな親猫に飲み込まれていました。
親猫が居たのは、窓の外。
••• のはずだったのに、汚れたガラス窓をヌルンと通り抜けて室内に入ってきた瞬間、
カパッ!!
と、とっても大きな口を開けて、トヨちゃんやお兄さん達、私が抱っこしている子猫も一緒にベロンと大きな舌で巻き取って口の中へ… ゴックンと飲み込まれちゃいました。
「何?! 急に薄暗くなったよ?
なんか、生臭いし」
「なんか、べとべと… ぬとぬとしてるなぁ…」
「うわっ、壁が動いてないか?」
「これ、壁なのか?」
皆、急に周りが変わったのに驚いて、あっちこっちを見渡しているけれど…
これ、大きな猫に飲み込まれちゃった、って素直に言っていいのかな?
パニックになっちゃったら大変だから、黙っておく?
「… おい、これ、溶けてきてねぇか?」
「うわっ!」
「足の裏の皮っ!!」
トヨちゃんのお兄さんとお友達さん達は、ピョンピョン撥ねながら逃げ場所を探しているけれど、そんな所はあるはずも無くて、今までお部屋の壁に見えていた所も、今では教科書でみたような胃の壁になっていた。
よく見ると、赤や青色の血管が蜘蛛の巣みたいに広がっていて、じっとりとドロッとした黄色い汁がにじみ出ていた。
これが消化液なのかな?
「美和ちゃん、これ、どうなってるの?」
「あ、この子のお母さんに飲み込まれちゃったみたいよ」
「え… この子って?」
そうだった。
トヨちゃん達には、私が抱っこしている真っ白な子猫は見えないんだった。
訝しげに私の顔を見つめていたトヨちゃんも、足をピョンピョンし始めた。
靴下が溶けてきたみたい。
「お兄ちゃん! 美和ちゃんが何か知ってるみたい」
「おい、ここはどこだ?
どうすれば、ここから出られるんだ?!」
トヨちゃんのお兄さん達は着ていた甚平を脱いで、足元に敷いていた。
けれど、今度は消化液が上から落ちて来るようになった。
ドロッとしているから、よく見ていれば逃げることが出来る。
なので、出来るだけ足を動かさないで、上から落ちて来る消化液をギリギリで避ける姿は、何かのゲームみたい。
「おい! ボーっとしてねぇで答えろや!!」
あ、よく修二君がやってるシャドーボクシングにも似てるんだ!
なんて、呑気に見ている私に、トヨちゃんのお兄さんは足をピョンピョンして上からの落下物を避けながら怒鳴った。
「えっとぉ… 分かりません。
この子のお母さんが窓をすり抜けて来たな~って思ったら、パックン! って食べられちゃったから。
あ、見えないみたいですけれど、真っ白な子猫がいるんですよ。
すっごく綺麗な毛並みで、お目々もキラキラした緑色で、肉球も綺麗なピンク!!」
腕の中の子猫を撫でると、子猫はもっともっとと頭を私の手のひらにグリグリ押し付けて来た。
今まで飼いたかったんだけれど、動物の毛は気管支に良くないからと飼う事が出来なかったから、とっても嬉しかった。
「おい、ガキ!
この状態で寝言なんか言ってんなよ!」
「猫なんかどうでもいいんだよ!
どうやって出るかって、聞いてんだ!!」
「ってか、なんでお前は無事なんだよ?!」
お兄さんのお友達たちも、随分イライラしていた。
私はお兄さん達が言うように靴下は溶けていないし、上からの落下物も落ちて来なかった。
お兄さん達は、上からの落下物が付いてしまった皮膚は、黑く変色して熱がっている。
「早く帰んねーと、高田の兄ィが切れちまう!!」
「その前に、俺達が溶けちゃいますよぉぉぉ」
どうやって帰る?
帰る… 帰る… 帰る…
「あ、そっか」
私はポケットの中のキーホルダーを思い出した。
子猫が落ちない様に左腕で抱き替えながら、右手をスカートのポケットに突っ込んだ。
鍵を取り出すと、着けているカエルのキーホルダーがチリンと鳴った。
「にゃぁ」
揺れたカエルのお顔に、子猫は興味津々で片手を伸ばした。
チリンチリンと鳴る音が心地よくて、じゃれる子猫が可愛くて、ニコニコしながら見入っていた。
「オイオイオイオイ~、そこだけほのぼのしてんじゃねーよ!」
「何かスンなら、早くしてくれよ!!」
「美和ちゃん、助けて」
いつの間にか、トヨちゃんはお兄さんに抱っこされていた。
「困った時の神頼み!
神様は、楽しい所に来てくれるんだって。
だから、ここで楽しい事をすれば、神様が気が付いてくれるよ。
そうしたら、カエルの王子様が助けに来てくれるから」
きっと、巫女神様は気が付いてくれる!!
この時の確信は何だったんだろうと、今なら思う。
けれど、この時の私は『巫女神様』を信じて疑わず、それと同じぐらい修二さん達が来てくれるだろうと思っていた。
「楽しい事って?」
「神様は、踊りや歌が大好きなんだって」
トヨちゃんに聞かれて、私はニコニコと歌い出した。
カエルの鈴を鳴らしながら、『カエルの合唱』を。
「えー…」
皆、最初はすっごく嫌な顔をしていたけれど、
「はい、もう一回!」
私一人で1回歌い終わって、また最初から歌い出すと…
「カエルの歌が…」
トヨちゃんが、輪唱を始めてくれた。
それは少しづつ、お兄さんのお友達にも広がって、4回目の時には皆で輪唱した。
リズムや音程が少しズレたって、気にしない。
何回も何回も、皆で、大きな声で輪唱した。
もちろん、子猫も一緒に。
カエルの鈴を鳴らしながら。




