おまけの話77 敷かれたレールから外れて君と歩く道18
■おまけの話77 敷かれたレールから外れて君と歩く道18■
美和です。
美世さんが中学3年生になって、私と修二さんは小学校4年生になりました。
もうすぐ梅雨が始まります。
修二さんはニョキッと身長が伸びて、美世さんの背を追い越しちゃいました。
私は相変わらず小さいですけど、とっても元気です。
でも、たま〜に熱を出します。
この日は、そのたま〜にな日でした。
「どうしたの?
お熱、出ちゃったの?」
4時間目の途中。
保健室のベッドでウトウトしていると、白いカーテンの向こう側から女の子が聞いてきた。
「…うん。
少し、お熱が出ちゃって」
熱のせいか、保健室の白い天井がぼやけて見えた。
頭痛は無かったけれど、とにかく体中が怠くてしょうがなかった。
「朝からだったんでしょう?
無理して学校に来なくても良かったのに」
あれ? もう一人いるのかな?
随分、お姉さんぽい声… 美世さんみたいだな。
でも、確かに目が覚めた時から少し怠さはあったんだよね。
「朝起きたら、雨だったから…」
雨が降っていると、修二さんはお仕事がお休みになって学校に行くから、体のダルさは秘密にしていた。
言っちゃうと、修二さんは学校を休んで私の看病をするのが分かっていたから。
「修二君、晴れの日はお父さんとお仕事に行っちゃうから…
今日は雨でしょう? 一緒に学校に来て、一緒にお勉強したかったの」
だから、頑張って学校に来たんだけれど、3時間目の授業で修二さんにバレちゃった。
さすがに、体育は見学にした方がよかったかな。
「その『修二君』は?」
「修二君? 修二君は…」
何気なく、天井からカーテンへと視線を移した。
清潔感のある真っ白なカーテン。
汚れも染みもついていない、真っ白なカーテン。
その下に、つま先のゴムが赤い上履きがあった。
女の子用の上履きがひと揃え…
「私は保健室で寝ているから、ちゃんとお勉強してね。
って、お願いしたの。
じゃないと、私が早退しちゃったら、修二君も早退して私の看病するから」
修二さんの『最優先』は、ずっと『私』だった。
よいしょ… と、上履きのある方に寝返りを打って、目を瞑った。
目の奥がズ~ンと重い。
「ふぅ~ん…」」
何だろう?
今、声が2人に分かれた気がする。
お熱で、耳まで調子が悪くなってきちゃったかな?
「「そう… 修二君、ここにはいないんだぁ」
… あ、一人に戻った?
でも、カーテンの向こうに居るの、誰だろう?
上履きは女の子の物だから…
ここで、気が付いた。
… 上履きしか見てない。
脚、見てなかった。
声は聞こえるけれど、カーテンに映るはずの影がなかった。
… 私、『誰』とお話ししているの?
一気に背筋がヒヤッとした。
体中はお熱で熱いのに、背筋だけ氷で触られた様にヒヤッとした。
「修二君の代わりにに、私達がが居てあげようかぁぁぁ?」」」」
「ずっと、ずっう~と、一緒にィぃィ」」」」」
声が震えた。
女の子の声と男の子の声が、何人も聞こえる。
お布団を頭まで被って、ギュッと目を瞑った。
これ、絶対に目を開けちゃダメなやつだ。
きっと、天井とカーテンレールの間から、頭がいっぱい覗き込んでるぅ!!
「美和ちゃ~ん、具合どお?
給食持って来たから、食べよう」
お布団の中で熱と恐怖でカタカタ震えていたら、勢いよくカーテンが開かれた音がして、陽気な修二さんの声が聞こえた。
「あれ? 美和ちゃん、熱上がっちゃった?」
ちょっと心配そうな声で聞きながら、修二さんがそっと私のお布団をめくった。
だから、思わず目を開けてしまった。
「… しゅ、修二君…」
修二さんの後ろは真っ黒な靄が広がっていて、色々な『目』が私を見ていた。
人間の赤い目、黑い目、真っ白で毛細血管が張り付いている目、猫の様な黄色い目、蛇やトカゲの様な目…
目目目目…
思わず修二さんに抱き着いて、震えながら後ろを指さした。
「あー、何か居るのか」
『シュウジ君… 修二君… しゅうじ君…』
震える私を抱きしめて、ヨシヨシと頭を撫でてくれる修二さんの後ろで、その黒い靄はブツブツと名前を呼んでいた。
本当にブツブツ… お化けらしく、恨めしい感じが良く分かる声。
「美和ちゃん、鈴のついたキーホルダー、持ってない?」
見えないし聞こえないからか、修二さんは後ろのモヤを気にする様子も無く私に聞いた。
「… お家の鍵についてる」
スカートのポケットから、震えながら鍵を取り出して渡した。
お家の鍵についているキーホルダーは、緑色のカエルのお顔型の鈴。
振ると、とっても可愛い音がして、私も妹もこの音が大好きだった。
「でさ、『祓詞』覚えてる?」
「… ごめんなさい、覚えてない」
「だよね。
いいんだ、覚えなきゃいけないのは、俺だから」
首を横に振った私に、修二さんは謝った。
修二さんの言った『祓詞』とは、凄く簡単に言うと、神様にお祓いをお願いする『言葉』。
修二さんと勇一さんは、奉納舞と一緒に、祓詞もコージさんから教わっていたんだけれど性格の問題なんだと思う。
体を使う奉納舞は呑み込みが早いけれど、頭を使って覚える祓詞は中々難しいみたい。
『シュウジ… 美和… 修二… ミワ…』
そんな事をしている間にも、修二さんの後ろの黒いモヤはどんどん大きくなって、『目』の数も増えて… 口も出来始めた。
「修二君、払うなら『大祓詞』の方じゃなかったっけ?」
確か、コージさんが難しい事を言っていた気がする。
「そうだっけ?
どっちでもいいや。
俺、どっちも覚えてないから」
得意気に笑って、修二さんは私の体をお布団で包んでくれた。
「やっぱ、俺は体で覚えるのが一番だよな」
言いながら、修二さんは私の鍵を指の間に挟んで、キーホルダーの鈴を鳴らしながら踊り始めた。
持っているものこそ神楽鈴じゃないけれど、カエルの鈴はそれに負けないぐらいいい音で鳴っていた。
保健室のテーブルとベッドの間の狭いスペースを、修二さんは軽やかに、けれど確かな足取りで踊った。
『痛い… イタイイタイ… いたいよぅ…』
指に挟んで飛び出している鍵の部分は、黑いモヤにとっては刀と同じ役割をしたみたいで、鍵先がモヤをかき混ぜると、少しずつ『目』や『口』が消えて行った。
それは、とても力強い舞で、見ているだけで力が湧いてきた。
修二さんが舞い終わった時には、私の熱もすっかり引いて、黑いモヤも綺麗サッパリ無くなっていた。
「さ、飯、食おう」
私の顔色が良くなったのを見て、修二さんは何事も無かったかのように、テーブルに置いていた給食をベッドまで運んでくれた。




