おまけの話76 敷かれたレールから外れて君と歩く道17
■おまけの話76 敷かれたレールから外れて君と歩く道17■
四つ葉のクローバーが描かれた懐紙は、今でも私の宝物。
女の子が好みそうな便せんに書かれたラブレターでも、歯の浮くセリフや気の利いた言葉も書いてないけれど…
四つ葉のクローバーの絵は、気持ちのこもったラブレター。
貰ったあの日から今日まで… いえ、これからも、私の宝物。
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ミルクがたっぷり入ったアツアツの珈琲を少しずつ啜る。
砂糖の代わりは、珈琲カップの隣に置いてある、赤い個包装のチョコレートが2個。
1個をちょっとずつ齧りながら、珈琲の苦みとチョコレートの甘味のハーモニーを楽しむ。
小さなちゃぶ台の上には珈琲とチョコレートの他には、鉛筆と消しゴムと数学の問題集。
お部屋はポカポカ暖かくて、お尻や脚はフカフカの絨毯が包み込んでくれている。
背中を温めてくれるのは、勇一さん。
勇一さんと私が帰宅すると、疲れ切った顔のサヨさんが、縄で縛ったマリさんを引きずって出て来た。
手拭いで、猿ぐつわまでされていた。
帰宅の挨拶をしていると、コージさんが車でお迎えに来てくれて、マリさんを詰め込んで、帰って行った。
あそこまで疲労困憊のサヨさんは見たことが無かったから、… どんな戦いがあったのだろう? と、不安しかなかったのだけれど、お屋敷の中は被害も無く、2人分のお夕飯の支度と、お風呂の支度もされていた。
この日の勇一さんは、私のお仕事が終わったと分かるや否や、ピッタリくっついて放れなかった。
私がお勝手仕事をサッと終わらせて、お風呂に入っている間、勇一さんが珈琲を淹れてくれていた。
そして、お風呂上りは女中部屋に戻ることなく、勇一さんのお部屋に…。
数学の問題集を開いて、鉛筆を確り握っているけれど、背中越しに感じる勇一さんの体温に、集中することは難しくて、珈琲を飲むことばかりが進む。
無理もないよね… 放課後、あんな熱烈なラブレターを貰っちゃったんだから。
トントン。
と、勇一さんの指先が、問題集を叩いた。
集中の意味だ。
「… 勇一様、今日の私に、この体制で集中しろと言うのは無理です」
両手で包んでいたマグカップをちゃぶ台に置いて、私は素直に言った。
お顔は見えないから、マグカップの中の珈琲を見つめながら。
「あの懐紙のラブレター、勇一様ですよね?」
キュッ!と、抱きしめてくれたのが答えだ。
右頬に、勇一さんの頬が押し付けられて、心臓が一気に跳ね上がった。
「勇一様?
どうしたんですか?
何か、心配事でも?」
鼓動は煩いし、血液は熱いし、頭は考えることを放棄して… うら若き乙女に、ここまでの刺激はキャパシティーオーバーだった。
トン…
と、問題集の上に置かれたのは、進路指導のプリントと見慣れない1通の封筒。
「封筒、勇一様へのお手紙ですか?」
今思うと、思いっきり的外れな質問だった。
この時の私は耳元で聞こえた大きな溜息で、その事に気が付いた。
「勇一様のじゃないのなら… あ~、私だ」
放課後の下駄箱に入っている、大量の封筒の1つだと、ようやく気が付いた。
「だけど、いつも学校で捨てて… キヨちゃんだ。
これは、手違いです」
思い出した。
昨日は、キヨちゃんが私のカバンに押し込んだんだ。
全部捨てたと思っていたけれど、1通残っていたのね。
それが、キッチンでカバンを落とした時に…
そう言えば、両手がふさがっていた私の代わりに、カバンの中身を拾ってくれたのは勇一様とサヨさんだった。
思い出した私は、この日の勇一さんの行動に納得した。
学校までのお見送りに、マフラーのマーキング、懐紙のラブレター、そしてくっついて放れない今の状況…
不安、嫉妬… 焼きもちだ。
「勇一様、私は勇一様のおそばを離れません。
勇一様が離さない限り、ミヨは勇一様のものですよ」
私を抱きしめる腕に手を重ねた。
「ミヨ…」
少し掠れた声と一緒に、右頬に勇一さんの唇が触れた。
1回… 2回… 3回… 最初は微かに、次はそっと、最後は確りと。
「勇一様からのラブレター、ミヨはとっても嬉しいです。
ありがとうございます。
大切に、大切にします」
懐紙は、私と勇一さんの暗号の紙。
時に受験の応援を、時に抑えきれなくなった恋心を…
他の誰にも知られない様に、お互いにしか分からない様に… 私と勇一さんの秘密。
この夜、久しぶりに勇一さんに抱きしめられたまま眠りについた私は、優しい優しい子守歌を聞いた。




