おまけの話74 敷かれたレールから外れて君と歩く道15
■おまけの話74 敷かれたレールから外れて君と歩く道15■
勇一さんが送ってくれた一日は、学校の皆から遠巻きに見られていた気がする。
クラスメイトはもちろん、学年の違う子達からも。
それは、男子も女子も関係ない。
少し離れた場所で私を見ながら、コソコソ話をしていた。
「勇一様のマーキング、凄い威力ね」
お昼の時間。
今日は教室の居心地が悪かったから、旧校舎に繋がる渡り廊下の椅子で食べることにした。
今使っている校舎と、旧校舎を結ぶ渡り廊下は3階にあって、両サイドの壁と天井がガラスで出来ているから、今日みたいにお日様がしっかり出ている日は温室みたいに温かい。
「マーキング?
やだ、犬や猫みたい」
キヨちゃんの言葉に、カヨちゃんは笑いながらお弁当を食べる。
「皆が行き交う場所で、堂々とあんなことをしていれば
『これは俺のものだ、誰も手を出すな』
って、言っているのとかわりないよ。
… 昨日、何があったの?」
カヨちゃんの言葉をご飯と一緒に飲み込んで、キヨちゃんは黙々と食べている私に聞いた。
キヨちゃんが言っているのは、今朝の事だ。
校門まで送ってくれた勇一さんが、自分のマフラーと私のマフラーを取り換えた事。
確かに、あの時間にあの場所は、注目の的だ。
「いつもと変わった事は、昔の女中さんが来たことぐらいで…」
心当たりがまるでない。
それより、キヨちゃんが言っている事が確かなら、
勇一様の私を想う気持ちは…
東条家の人間として?
それとも、ただの『勇一』として?
私に、何を求めているの?
奥様やタカさん、チヨさんみたいに『東条』の内側を支えられるスーパー女中?
勇一様のお世話をしながら、勉強を教わる学生のサヨ?
スーパー女中だとしたら、私に素質がないと分かったら私は…
「捨てられる」
色々な事が頭の中をグルグル回って、あの日の奥様の顔が出て来て、思わず呟いた。
土色の顔色に、頬はゲッソリとコケ、白くカサカサになった唇。
目の周りは黒く落ちくぼみ、冷たく私を見下ろしている。
見るからにパサパサした髪も、美しい着物も乱れて… まるで、物語に出て来る幽霊の様な奥様…。
『ミヨ… 勇一が選んだ貴女も無駄になったわ』
あの日… 幼い時に勇一さんに拾われた私は、奥様に捨てられた。
「…ちゃん! ミヨちゃん!」
「深呼吸! 深呼吸して!!」
『立場をわきまえなさい!』
体が大きく振差ぶられて、カヨちゃんとキヨちゃんの私を呼ぶ声が聞こえて、タカさんの言葉が頭に響いて…
急に、息苦しさを覚えた。
「あ… ああ…」
「深呼吸、深呼吸。
ゆっくりでいいよ」
カヨちゃんがギュッと抱きしめて、キヨちゃんが一生懸命、私の背中を撫でてくれていた。
「ごめんね、ミヨちゃん。
昨日から、私、意地悪だったね。
私の事は気にしないで、勇一様の事は憧れているだけなんだから」
違うよ… キヨちゃんのせいじゃない。
そう言いたくても言葉を出すどころか、呼吸がまだ不安定だった。
「勇一様に大事にされているミヨちゃんが、羨ましかっただけなの。
ミヨちゃんだって、大変な事いっぱいあったし、今だってあるのに。
意地悪な態度とって、ごめんね」
キヨちゃんとカヨちゃんは、小学1年生の時からずっと一緒に居てくれる大切なお友達。
唯一、『私の事』をちゃんと知って理解してくれたお友達。
「大丈夫… 大丈夫だよ、キヨちゃん。
意地悪だなんて、思ってもみなかったよ」
呼吸が落ち付いてくると、それまで酸欠状態だったせいか、脳が一気に酸素を欲しがったせいなのか、少し頭がボウ… とした。
ボウ… とした頭の中に、昨日の出来事が写真のフィルムの様に出て来た。
「ただ、昨日は高校の…」
頭の中のフィルムがカチン… と止まった。
それは、机の下に広がったプリントを拾う勇一さんとサヨさん、傍らで進路指導のプリントを見ているマリさん。
「高校のプリントだ」
「昨日の? 担任が受験可能な高校名を書いたヤツ?」
私はカヨちゃんからゆっくりと体を起こして、一度大きく深呼吸した。
カヨちゃんのおかげで、椅子から落ちなくて済んでいたみたい。
キヨちゃんは私の呼吸に合わせて、少し強めに背中をさすってくれた。
「うん。
ちょっとバタバタして、落としちゃったの。
費用の事やお屋敷のお仕事の事もあるから、サヨさんに相談して、自分の意見をまとめてから勇一様に見せようと思っていたんだけれど、見られちゃって」
水筒のお茶を飲んで、落ち着きを取り戻した。
そんな私に、カヨちゃんは転がったお弁当を拾って、手元に置いてくれた。
「サヨさんに、相談は出来たの?」
キヨちゃんも、ホッとしたように水筒のお茶を飲んでいた。
「それが、まだ出来ていなくって」
「高校か~。
勇一様、ミヨちゃんと放れたくないのかな?
ほら、高校って、通学に時間かかるし、勉強時間だって中学より長いから、放れている時間が多くなっちゃうじゃない?」
言いながら、カヨちゃんは残りのお弁当をパクパク食べ始めた。
私も、箸を持ったものの、食欲はどこかに行ってしまったみたいで、食べる気が起きなかった。
「… 私は、もう少し何かあると思うんだけれどなぁ。
まぁ、ここであーでもない、こーでもないって言ってたってしょうがないから、今夜にでも聞いて見れば?」
お弁当の残りを食べながら、キヨちゃんが言った。
「うん、そうしてみる」
私はそう答えながら、ご飯を一口食べた。
奥様やタカさんに言われた言葉が、また胸に湧き上がって来た。
不安が、モヤモヤと心に広がって、それは放課後まで消えることはなかった。




