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おまけの話71 敷かれたレールから外れて君と歩く道12

■おまけの話71 敷かれたレールから外れて君と歩く道12■


 お屋敷の勝手口から入ると、キッチンの椅子に座っているサヨさんの背中が見えた。

肘を置いているテーブルにポットと急須が、肘のすぐ近くにサヨさんの湯呑と、袋のままのお煎餅があった。

廊下からは黒いコードが伸びていて… 電話を抱え込んで、誰かと話し込んでいる様だから、邪魔したら悪いと思って体を丸めてこそーっと女中部屋に向かおうとしたら、直ぐに気づかれた。


「あ、ミヨちゃん、お帰り~。

あ、うん、帰って来たから、また今度。

じゃぁ、失礼します」


 パっと電話を切ったサヨさんは、ジィーっと私の顔を見つめた。


「ごめんなさい、お電話の邪魔しちゃったみたいで」

「ん? 大丈夫よ。

時間が空いたから、電話していただけだから。

むしろ、お行儀悪くてゴメンね」


 言いながら、サヨさんは抱えていた黒電話をテ―ブルに置いて、袋から取り出した大きなお煎餅を笑いながらヒラヒラさせてみせた。


「いえ、私の帰りが遅くなっちゃって、ごめんなさい。

お夕飯の支度、すぐ始めます」


 女中部屋に向かおうとする私に、サヨさんは自分の隣の椅子を引っ張り出して、座るように促してきた。


「進路指導だっけ?

たまにしか遅くならないんだから、いいのよ。

部活にも入っていないし、学校お休みの日だってお屋敷の仕事ばかりなんだから、お友達と寄り道してくればいいのに。

勇一様だって、今日は道場で遅くなるんでしょう?」

「サボっていたら、お給金頂けなくなっちゃいますもの。

それに、勇一様、お腹空かせてお帰りになるから」


 私が椅子に座ると、サヨさんはお茶を入れてくれた。


「本当に真面目なんだから」

「そんな事無いですよ。

あ、そうだ! ちょっとだけ… サヨさんにも相談にのってもらいたくて。

進路のことなんですけど…」


 私が担任から貰ったプリントを出そうと、カバンをガサガサしていたら、玄関の呼び鈴と電話が同時に鳴った。


「玄関、私が…」


 慌てて立ち上がって、カバンを床に落として中身をばら撒いちゃったけれど、先ずはお客様… と、玄関へ急いだ。


 バタバタと急いで向かっている間も、呼び鈴は絶え間なく鳴っているし、硝子や木枠がガシャガシャ鳴る音も聞こえてきた。


どれだけ急いでるのよ!?

トイレ?

急病? なら、救急車呼ばなきゃ!


 そんなことを考えながら、玄関に到着すると…

軒下の外灯に照らされた影。

曇ガラスの引き戸に、丸くて大きな影が…。

鍵が掛かっていると分かっているのに、激しく揺さぶっている。

あまりの激しさに、はめ込まれているガラスが木枠から一斉に外れて、割れちゃうんじゃないかって思えるぐらい。


「ちょっと〜、いつまで待たせるのよ。

寒いんだから、早く開けてよ!

あ―け―て―」


 それは、聞き覚えのある、若い女性の声。

記憶が正しかったら、できるのなら、もう二度と会いたくない人物のはず。


「あ―け―て―」


 私が上がり框にも下りれず、廊下で固まっていると、外で動きがあったみたい。


「あ、勇一様だ〜。

ナニナニ? 勇一様、マリにお土産買ってきてくれたんです?」


 『マリ』と『勇一様』の名前に、体が反射的に動いた。

弾かれたようにスリッパのまま上がり框を飛んで土間に下りて、急いで鍵を開けて、勢いよく引き戸を開けると、コ―トやマフラーで防寒して真ん丸になったマリさんが、勇一さんの腕に絡みつこうとしているところだった。


「お帰りなさいませ、勇一様。

マリさん、おまたせしました」


 二人の間に割り入って、勇一様の背中を軽く押しながら玄関の中に入れた。

マリさんは、その後ろを


「寒い寒い〜、ミヨちゃん遅い〜」


と、文句をいいながら付いてきた。

 スリッパのまま土間に降りちゃったから、靴下で廊下に上がって、直ぐに勇一さんとマリさんのスリッパを用意した。


「お待たせしてすみません。

今日は学校からの帰宅が遅かったもので、私も先程•••」


 勇一さんの荷物を預かりながら、マリさんに答えていたら、いつもの勢いで言葉を投げてきた。


「あ、だから制服なんだ。

それ、近所の中学のでしょ?

ミヨちゃん、似合ってるじゃん。

制服のデザイン、可愛くないけど〜。

『東条』の名前使ってる人は、お嬢様学校じゃないの?

あ、お嬢様だったら女中さんなんかしてないか〜。

お屋敷の中、寒〜い。

一番温まってるお部屋どこ?」


 ポンポンポンポン、次から次へと言葉を出しながら、一人でズンズン廊下を進んでいくマリさん。

履かれたスリッパがミシミシ鳴ってるのが、可哀想に思えた。


「勇一様、すみません、お部屋がまだ暖まっていなくて…」


 マリさんの事は気にせずに、勇一さんが外したコ―トやマフラーを受け取る。

それらの冷たさを感じつつも、落とさないように両腕で抱えた。


「林檎」


 両手がふさがった私の両頬を、勇一さんはそっと大きな両手で包み込んで、小さく呟いた。


きっと、林檎みたいに頬が赤くなっている、って言いたいんだろうな。

けれど…


「勇一様も、林檎、ですよ」


 玄関の柔らかい灯りでも分かる位、勇一さんの頬も赤くなっていた。

思わず私がクスクス笑うと、勇一さんの口元も少しほぐれた。



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