おまけの話70 敷かれたレールから外れて君と歩く道11
■おまけの話70 敷かれたレールから外れて君と歩く道11■
私の子ども時代の中で、一番穏やかに過ごせたのは中学時代だと思う。
お屋敷に女中として引き取られた時、そこはたくさんの人が生活して、お客様もひっきりなしに出入りして… 活気のある場所だった。
それが時間と共に衰退して、私が中学に上がった頃には、私と勇一さんが生活するだけの場所となっていた。
2人では広すぎるお屋敷を綺麗に保つのは大変だからと、お嫁に行ったサヨさんが通いで来てくれていたし、月に数回はチヨさんも顔を出してくれた。
美和ちゃんも幼い妹を連れて遊びに来てくれていたし、コージさんや修二君も遊びには来てくれた。
皆で食事をすることもよくあった。
叔父さんと2人暮らしの、秀才で家庭的な女の子。
学校の友達は、私をそう見ていた。
お勉強に関しては、勇一さんが予習復習を見てくれた。
家庭科は… もちろん、女中として仕込まれているから、いつでも筋金入りで満点。
だから、『家庭的な子』と、印象が付いたみたい。
そんな私の進路を、友達はもちろん、先生も気にし始めたのが2年生の冬休み前。
「東条は、相当な高望みをしなければ、選択肢は迷う程あるぞ。
有名女子高に、大学付属… 女子では数少ないが、留学って選択肢もある。
まぁ、本人の希望が一番だけれどな。
で、今のところ、どこが第一志望かな?」
野球部顧問をしている担任は体質なのか、一年通して真っ白で、ヒョロっとした男の人。
ボリュームのある癖毛が特徴的で、生徒からは『カリフラワー』と呼ばれていた。
そのカリフラワー先生は、始めての進路相談のこの日、とても嬉しそうに話しながら私の成績資料を広げていた。
「費用の事もあるので…」
「ああ、そうだね。
まぁ、学校によっては、授業料を減額できるシステムのあるところもあるから。
そうだな… ここと、ここと、ここと… あと、この2校は先生個人のお勧めだ。
それと… このまま頑張るなら、ここら辺も合格圏内に入って来るぞ。
まぁ、まずはこのプリントを見ながら、お家の人と相談してな」
前もって用意してあった保護者用の進路プリントに、受験可能な学校名を記入して、私に渡してきた。
「サヨちゃん、終わった?」
「随分、早かったね」
プリントを片手に教室を出ると、廊下で待っていてくれたキヨちゃんとカヨちゃんが声をかけてくれた。
図書室で待っているはずだったのに、ちゃんと私のカバンまで持っているってことは、お勉強に飽きちゃったかな?
「うん、終わり。
今、色んな学校言われても、ピンとこないよね」
ペラペラとプリントを揺らしながら、お礼を言ってカヨちゃんからカバンを受け取った。
3人で昇降口に向かって歩き出す。
「ミヨちゃんは選択できるからいいじゃない。
私なんか、現状2校よ、2校」
カヨちゃんが私のプリントをピッと取って、先生が書き込んだ高校名を眺めていた。
「しょうがないじゃない?
カヨちゃんは、硬式テニスに青春を捧げたんだから。
春の大会が好成績だったら、テニスで推薦取れるんでしょう?」
キヨちゃんの言う通りだった。
カヨちゃんは硬式テニス部に入部して、新人の時こそ好成績は取れなかったけれど、1年の終わりぐらいから、それまでの練習が実を結んだのか元々の才能が開花したのか、グン! と結果が出始めた。
まぁ、それと反比例して、勉強の方は…
「まぁね~。
ここまで勉強できなかったらさ、それこそテニスで身を立てなきゃ! て、思うわよね。
キヨちゃんは? 今回のテスト、順位上がってたじゃん」
「総合順位はね。
やっぱり、理数系が足を引っ張るのよね。
うちもそんなに裕福じゃないから、授業料減額できる所か商業高校か… もしかしたら、お父さんには進学じゃなくて、就職しろって言われるかも」
この頃、女子の高校進学率はそんなに低くはなかったけれど、進学先としては商業化が多かった。
「私も、ミヨちゃんみたいに、勇一様に勉強を見てもらえれば、苦手な理数系も克服できると思うんだけどな~」
キヨちゃんは、小学校の頃から勇一さんに恋心を抱いていた。
それは中学校に入っても変わる事は無くて、授業参観や保護者会、三者面談等で勇一さんが学校に来ると、ピタッ!と私の側から放れなかった。
まぁ、話すタイミングがあっても勇一さんは頷く位だから、キヨちゃんが一方的に話しているだけだったけれど。
「勇一様、相変わらずお話ししないから、教わるのは大変だと思うよ。
基本、筆談だし」
正直、勇一さんが私以外の人にお勉強を教えるのは嫌だった。
もちろん、美和ちゃんは別だけれど。
… キヨちゃんが、勇一さんに好意を抱いているから、余計にそう思っているんだと、私は分かっていた。
「ノートや教科書に勇一様の字があったら、ドキドキしちゃうかも!」
「見る度にドキドキしていたら、勉強にならないじゃん」
話しているうちに、昇降口に着く。
外気が入って来るから、ヒヤッとする。
カバンから赤いマフラーを出して、口元が隠れる高さまでグルグル巻いて、靴を出そうと下駄箱の蓋を開けると…
「今日も大量だ~」
「めげないわよね」
ドサドサドサーと、色とりどりの封筒が足元に落ちた。
それをカヨちゃんがササっと拾って、私に手渡そうとしたのをキヨちゃんが受け取って、私のカバンに押し込んだ。
「一度ぐらい、読んであげてもいいと思うよ。
読むぐらい、罪じゃないでしょう?」
いつもなら、中身を読むどころか名前すら見ないで、昇降口のゴミ箱に捨てていた。
「そうだけれど、私はこの人たちの想いに答えられないから。
半端な態度は、とりたくないの」
言ったことは本心。
それに、お屋敷に持ち帰りたくないのもある。
私はカバンから手紙を出して、いつもの様にゴミ箱に捨てた。
「そうね、半端な態度は余計な希望を生んじゃうものね。
でも、少しぐらい… ほんの少し、淡い夢を見せてくれてもいいと思うな」
寂しそうに微笑むキヨちゃん。
きっと、言いながら勇一さんの事を思っているのだと、直ぐに分かった。
「… さ、帰ろう。
お夕飯のお買い物、しなきゃ」
なんて答えていいのか分からなくて、私はプリントをピラピラさせながら昇降口を出た。
12月の風が、容赦なく体温を奪おうとする。
覚悟はしたけれど『その日』が来るのが怖くて、今の幸せに浸りきれない。
いつか『終り』が来ると分かっているなら…
淡い夢を見ている方が、幸せかもしれない。
淡い期待や希望で胸をときめかせていた方が、幸せかもしれない。
私はそう思いながら、そっと、キヨちゃんを見た。
「『隣の芝生は青い』ものよ。
もしくは、『ない物ねだり』」
カヨちゃんは微妙な空気を、元気な声で壊してくれた。
私とキヨちゃんの間に入り込んで、確りと手を繋いで引っ張ってくれた。
「うんうん、青春だね~」
呑気なキヨちゃんの声が、とても助けになった。
肩の力が抜けて、自然と頬が綻んだ。




