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おまけの話66 敷かれたレールから外れて君と歩く道7

■おまけの話66 敷かれたレールから外れて君と歩く道7■


 こんにちは、美世です。


 12月に入ってクリスマス前までの短い日数で、大事件が幾つもありました。

白川家と修二君への襲撃事件から始まり、白川家の宿無し出産、修二君の家出傷害事件と、怒涛のように事件が続きました。


 修二君は美和ちゃんのおかげで無事にお屋敷に戻ってきて、最初こそボーっとしていたけれど、美和ちゃんのお父さんと一緒にお風呂に入ったら、途端にいつもの調子に戻りました。

家出中に喧嘩した相手の方々とは示談が成立。

この時に、旦那様から東条家のお抱え弁護士さんを派遣していただいたのですが、内緒にしていた白川家の下宿が明るみに…。

怒られるかと思っていたけれど、宿無しになった原因が襲撃事件で、その主犯が東条グループの一派閥だと言うこと、美和ちゃんと一緒なら修二君がある程度は大人しく、学校に通っている事から、何もお咎めはありませんでした。


「ね、大丈夫って言ったでしょ。

ミワちゃんのおかげで、あの修二様が学校に行って勉強してるんだから、下宿ぐらい安いものよ」


と、蔵の中の埃落としをしながら、得意げなサヨさん。

お日様の光に照らされて、埃がキラキラしていた。


 派閥争いの方は、コ―ジさんが『始末』したらしいです。

私達が修二君を探している間、コージさんは主犯の派閥グループの社長の所に行っていたらしく…

2日後の新聞に、『東条グループ関連会社、まさかの倒産!!』と、大きな見出しが一面を飾っていました。

コージさん曰く、経営状態も悪く、社員からのクレームも数多く本社に上がっていて、産業スパイとの繋がりもあったりなかったり… 他にも良くない事が色々あったので、もともと潰す予定の会社だったとか。

今回の事件は、潰されると察知した社長さん達の起死回生を狙ったもののようで、修二君に半殺しされた男の人は、最後の切り札だったらしい。

見事に返り討ちにされて、病院で年越しをする羽目になったのだけれど。

そんな感じに、コ―ジさんは東条グループの『裏』のお仕事をしているそうで…


「ね、あの人、『裏』があたっでしょう?

今のところ、勇一様と修二様の味方みたいだけれど、それは旦那様がお二人を「捨てて」いないからよね。

今回の主犯の派閥が本家に反発するグループじゃなかったとしたら…」

「つまり、修二様と勇一様が本家にとって危険要素だから、グループが動いてお二人を…」

「そう。

そうなったら、コ―ジさんはどうするかしらね?」


 以前の私なら、テレビドラマじゃないですよ〜、と軽く笑っていられたけれど、今回の事でお二人には敷かれた『人生のレ―ル』があって、それがまだ有効である事が分かって、答えることはできなかった。

答える代わりに、はたきを忙しなく動かす。


「…サヨさん、本当に結婚、するんですか?」


 今までのコージさんは、ちょっとお調子者で面白くて、修二さんを上手にコントロールしてくれる勇一さんのお友達だったけれど、この一件で『怖い人』がプラスされた。


「するわよ、結婚」


 今まで、眉をひそめて怖い顔で話していたのに、急にケロっといつもの笑顔で答えた。


「でも…」

「あら、心配してくれているの?」

「心配ですよ。

サヨさんにも、危ない事がおこったりしないとは、言い切れないですよね?」


 小さな神社の管理と、弓道場を引き継いだだけとか言っていたけれど、お仕事はそれだけじゃなかったし。


「あら、スパイ映画みたいで面白そうじゃない。

敵対する派閥の会社に潜り込んで、マル秘資料を盗って来たり、嘘の情報を流して内部抗争を起こしてみたり… スリリングじゃない?!」


 そうだった、こういう人だった。


「それに、万が一があったら、すぐに勇一様や修二様に情報を流して逃がしてあげれるじゃない」


 サヨさんの得意気なウインクは、私の胸をズキュン! と打ち抜いた。


「サヨさん…」

「私は女スパイなんだから、惚れちゃだめよ~」


 アハハ! と笑いながら、サヨさんは私をギュッと抱きしめてくれた。

サヨさんに付いていた埃に鼻をくすぐられて、大きなくしゃみが出そうになった。


「私は私の方法で、皆を護るからね。

だから、ミヨちゃんは自分の気持ちに正直でいてね」


 そうだ、サヨさんは、こういう人だ。

お喋りで、お洒落で、お茶目で、とっても前向きな人。

私にパワーをくれるお姉さん。


 そんなお姉さんが、初めて嫁ぎ先予定の小さな神社を見たのは、年が変わってすぐの元旦だった。

しかも、朝日が上がる少し前の時間。


 赤く高い鳥居、20段の石段の両脇に群生している紫陽花の群れは、今は不織布で覆われて越冬している。

20段の石段を上がると、小さな(やしろ)があった。

扉が開いていて、ご神体の鏡と、その前にお供えされたお神酒が3本見えている。

階段を昇りきった所からお社までは2歩ぐらいの距離しかない。

その猫の額の様な場所に、お宮参りの白川一家とお屋敷のメンバーと、神社のお掃除をしてくれているお隣の一家、総勢12人が立っていた。


 奉納舞を舞う勇一さんと修二君は、黒紋付の和服に黒い袴、黒い帯に白い足袋姿。

お嫁さん予定のサヨさんは、お手伝いするので巫女さんの格好。

一連の司会役のコージさんは、キリッとした神主さんの格好。

その神主さんの誘導で、私達は左右に分かれて中央を開けた。

と言っても、やっぱり猫の額ほど。

 そのスペースで、勇一さんと修二君は日の出とともに、弓を空に向かって構えた。

矢は無い。

弦を大きく鳴らすだけ。


 そして、神楽(かぐら)(すず)を持った修二君がうやうやしくお辞儀をして、舞が始まった。

それは水が流れるようにとても優雅で、鳴らされる神楽鈴の音色もとても澄んでいて、気持ちの(けが)れを流してくれる感じがした。

美和ちゃんの妹がお母さんの両腕の中で、朝焼けの空に向かって両手を伸ばして笑っているのが印象的だった。


 次に、勇一さんと修二君が真剣を構えて中央に立つ。

鞘から抜かれている刀は、朝焼けの赤が白に変わりつつある光を反射していた。

2人は2畳も無いスペースを舞台に、刀を使った舞を披露した。

それはとても息があっていて、去年、病院の中庭で披露した奉納舞を思い出した。

あの時より力強く、鬼気迫るものがあったけれど。

そうだよね、真剣を使っているのだから、一歩間違えれば切れちゃうものね。


 神楽鈴で穢れを取り除かれた心に、真剣のぶつかり合う音で力が(みなぎ)ってきたのが分かる。


「神様、楽しそう」


 不意に、隣に立っている美和ちゃんが楽しそうにつぶやいた。

美和ちゃん、コージさんと一緒で『視える人』らしい。


「神様、どこで見ているの?」

「ご神体の鏡の前。

お供えしたお神酒も、気に入ってくれたみたい」


 美和ちゃんは嬉しそうに答えてくれた。

お神酒は、修二君が家出をして時に暖をとる目的で飲んでしまったから、


「飲んだお神酒より、良い物をお供えしろよ~」


と、コージさんに言われて、修二君のお小遣いで買ったらしい。

そもそも、未成年なのに、一升瓶を枕にして熟睡って…


「この神社がコージさんの神社だったなんて、ビックリしちゃった」


 去年、梅雨時に病院から退院したあと、この神社で紫陽花を貰って来たらしい。

その時、巫女さん姿の神様が、持っていく紫陽花の見分け方を教えてくれたり…

家出した修二君を探している時、修二君の所まで案内してくれたり… と、親切な神様みたい。

その神様が、奉納舞もご所望されたとか。


 真剣での舞の後は、勇一さんが扇を持って舞った。

激しく修二君と刀を合わせていた時は力強く雄々しく…

けれど、そんな真剣の舞が終わってすぐなのに、今はとても涼しげな目元に乱れていない呼吸。

ヒラヒラと空を舞う扇は蝶の様に花びらの様に… 心に(みなぎ)った力を体の隅々まで行きわたらせて、零れ落ちない様に蓋をしてくれたようだった。


 扇の舞の後に、美和ちゃんの妹のお宮参りのご祈祷。

神主さんのコージさんが祝詞をあげる声は、とても耳障りが良くて、思わず聞き入ってしまった。

ただ、サヨさんは初めての事に緊張を隠せないようで… 一人だけ硬い表情でコージさんのお手伝いをしていた。


 最後にもう一度、弓を青空に向かって構えた。

雲は無い。

矢も無い。

弦を大きく鳴らして、ご神体に向かってうやうやしく一礼して、一連の奉納舞は終わった。


 それと共に、私の中でも覚悟が決まった。

それは、私だけじゃなく、この場に居合わせた全員、何らかの覚悟を決めていたらしい。

それを知ってか知らずか…


「神様、楽しそうに笑っていたけれど、修二君みたいにちょっと意地悪っぽかったよ~」


て、帰宅後に、美和ちゃんがニッコリ笑って教えてくれた。

 この神様も、コージさんの様に曲者かもしれないと思った。


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