おまけの話63 敷かれたレールから外れて君と歩く道4
■おまけの話63 敷かれたレールから外れて君と歩く道4■
縁側は寒かったけれど、出ていくタイミングがなかなかつかめなくて…
不意に、ポンポンと肩を軽く叩かれて振り返ると、美世さんがお茶を持って和室に入って行った。
「失礼します。
お仕事お疲れ様です。
今日は、夜のお仕事はお休みでしたよね?
お夕飯、皆で食べられますね。
お茶、どうぞ」
お盆のまま、お父さんの横にお茶を置く。
「ありがとうな…」
力のない声。
本当に、お爺ちゃんみたい。
「おじ様の指は、意外と器用なんですね」
美世さんはお父さんの隣に座って、妹に手を伸ばした。
それに答えて、お父さんは妹を美世さんに渡した。
「ああ… よく、仕事仲間に言われるな」
慣れた手つきで妹を横抱きにしてあやす美世さんを見ながら、お父さんはお茶をゆっくり啜った。
「赤ちゃんをお風呂に入れるのも、お着替えも、オムツ替えだって、おじ様とっても手慣れていてビックリしました」
「… 美和ちゃんを生んだ時、うちのは産後の肥立が余り良くなくってな、長屋の婆さんたちに手伝ってもらいながら、俺も頑張ったんだよ」
昔の事を思い出しているのかな?
少しだけ、お父さんの顔が優しく笑った。
その顔を見て、小桜柄の浴衣姿の女の人がホッとしたように微笑んだ。
「美和ちゃんと仕事で手ェいっぱいでな、その他の事はうちのが無理してやろうとして、長屋の婆さんたちが怒りながら手伝ってくれたっけな。
うちの体調が良くなった頃に、美和ちゃんの心臓の病気が分かって… 2人で働いても働いても金は貯まらないし、美和ちゃんの具合はどんどん悪くなるし、上手く行かないことだらけで気が立っててどこでも喧嘩はするし… 怪我させた相手への治療費や壊した物の賠償金とかで、さらに借金を膨らませちまって…」
「でも、美和ちゃんはお父さんの事、大好きですよ。
喧嘩いっぱいするけど、優しくて働き者のお父さんが好きなんですって」
美世さんが、障子の影で視ていた私の方を向いた。
「美和ちゃん、そこは寒いだろう?
おいでおいで」
私の顔を見ると、お父さんはすぐに笑顔で手招きをしてくれた。
「お父さん、疲れているなら、お母さんと一緒に寝ていて。
ご飯もお洗濯も、私がやるからね」
お父さんの傍まで行くと、お膝に抱っこしてくれた。
すぐに、美世さんが妹を抱えなおして、私の方に向けてくれた。
気持ちよさそうに寝ている顔が、とっても可愛い。
「あんまり無理すると…」
「無理でもないし、頑張り過ぎでもないよ。
サヨさんと美世さんが少しずつ教えてくれたから、私も出来るようになったんだよ。
お父さん、お仕事たくさん頑張ってくれているんだから、私だって出来ることしたいよ?」
何てったって、私はお姉ちゃんになったんだから。
「いい子!メチャクチャいい子!!」
「コージさん、煩いです。
あまり大きな声を出すと、赤ちゃんとお母さんが起きちゃいます」
そこに、コージさんとサヨさんが、人数分のお茶と茶菓子を持って来てくれた。
コージさんが端っこに畳んであるちゃぶ台を広げると、サヨさんが静かにお茶を置き始めた。
「このお部屋が一番温かいから、ちょっとだけお茶させてくださいな。
美和ちゃん、さつま芋、上手く焼けたよ~」
今日のオヤツは、焼き芋。
昨日、お買い物のおまけで頂いたちょっと細めのさつま芋を、お昼のお片付けをしながら、サヨさんがじっくり竈で焼いてくれた。
「お母さんの分は、ここにね」
アルミホイルで包んである1本を、サヨさんはおもむろに火鉢の端に置いた。
他の焼き芋は、コージさんが適当に割ってくれた。
お盆の上にクシャクシャのアルミホイルが広がって、その上に金色に輝くホッカホカの焼き芋。
手の皮が薄い私にはとっても熱くて取るのに悪戦苦闘していたら、お父さんがパッと取ってさらに一口大に割ってくれた。
「今夜は、だいぶ冷えそうだ」
言いながら、武さんが火鉢に入れる隅を持って来てくれた。
「武さん、ありがとうございます。
ここ、私の隣の席どうぞ」
「お父さん、お仕事お休みでよかったね」
「勇一様も、もう少しでお帰りになるだろうし… 今夜は予定変更してお鍋にしようか?」
「あ、俺、今夜は泊まらせてもらうよ。
明日早い上に、ここから出た方が近いから」
「お風呂、ミカン風呂にします?」
そんな事を皆で楽しく話しているんだけれど、私は物足りなさを感じていた。
この輪の中に、修二さんが居ないから。
「あ、そうそう。
シュウジ見つけたよ」
そんな私の気持ちを察してか、コージさんがお茶を啜りながら教えてくれた。
「修二君、どこにいるんですか?
怪我は? 病気はしていませんか?」
修二さんに付いていた血は、全部相手の男の人の返り血だってっ聞いていたけれど、見えないところに怪我をしていたかもしれない。
だって、出会った時の修二さんは、大怪我していてもお父さんと喧嘩しようとしていたぐらいだから。
「怪我も病気もしてないよ。
2日前かな? うちの親父さんが家で管理している神社の見回りに行ったら、本殿の中で丸くなって寝たいたらしいよ。
お神酒飲んで、寒さと空腹を誤魔化していたみたい。
10本もあったお神酒を全部空にしておいて
「安酒だな~。
せめてもう少し良いのをお供えしろよ」
て、言っていたらしいよ。
ただ酒呑んでほざきやがって! て、親父さんが怒ってた。
今は俺の家にいるよ。
目を放した隙にフラっと居なくなるらしいけれど、まぁ、一応は帰って来るらしい。
野良犬が、飯と雨風をしのぎに戻ってくる感じだな」
それでも、居場所が分かっただけでも良かった。
それは美世さんも同じ気持ちだったみたいで、凄くホッとしていた。
「修二様、なんで帰って来ないのかしら?
刺しちゃった事も、相手が悪いんでしょう?
そう言えば、警察の人も何も言ってこないけれど…」
「さっき、俺がキッチンで言ったこと、覚えてる?」
焼き芋を食べながら首をかしげるサヨさんに、コージさんが聞いた。
「あー…」
お父さんと私の顔を見て、サヨさんは口を閉じた。
「美和ちゃんの親父さんもシュウジも、報復されるようなことを、今までしてきたって話。
で、俺『それだけ』なら… て続けようとしたよね」
確か、美世さんがお買い物から帰って来て、聞き損ねたお話しだ。
「今回の襲撃犯人の男達は、前に美和ちゃんの親父さんやシュウジに痛い目にあわされて恨んでいる男達で間違いは無いんだ。
けれど、裏があった。
今回のお膳立てをしたのは、男達を雇ったのは『東条グループ』の一派閥だったんだよ。
だから、『無かった事』にしたんだ」
コージさんは面白くなさそうに言いながら、少し冷めた焼き芋をひと齧りした。
「なに… それ」
武さんの表情が強張って、サヨさんが、思わず呟いた。
「旦那様や奥様に反発する派閥の1つで、奥様が捨てたユウイチとシュウジというコマを自分達の方に取り込んで、使おうとしたんだ。
もちろん、一番の目的はユウイチ。
けれど、先に単純で学のないシュウジを取り込む方が手っ取り早いし、ユウイチを取り込むコマにもなると思ったんだろう?
だけど、一緒に居る美和ちゃん達の存在が邪魔だ。
なら、恨みがある奴らに襲わせてしまえ。
白川家がどうなろうと派閥には関係ないし、面倒な事になったら雇った男達も切るか始末してしまえばいい。
シュウジの悪評は今更だし、何とでもするつもりだったんだろう」
コージさんのお話しは、子どもの私にはとても難しくて、全部は分からなかった。
それに、最初の言葉がとてもショックで、後の言葉は殆ど聞こえなかった。




