おまけの話61 敷かれたレールから外れて君と歩く道2
■おまけの話61 敷かれたレールから外れて君と歩く道2■
修二君と美和ちゃんのお父さんがどう言う事になっているのか見当もつかないし、私なんかが駆けつけたところで何が出来るか分からないし、むしろ邪魔になるんじゃないかと思ったけれど、勇一さんを1人にしたくなかった。
頭であれこれ考えていたのは最初だけ。
すぐに走ることに集中した。
足は一生懸命動かしているんだけれど、とにかく勇一さんの足は速かった。
みるみるうちにその後ろ姿は小さくなって、人込みに消えた。
まぁ、行き先が分かるから、焦るようなことはなかったけれど。
「兄弟そろって、足が速いんだから…」
珈琲店とペンキ屋さんは、そこそこの距離。
歩けば10分ちょっとでつくのだけれど、ペンキ屋さんに行くには商店街のメイン通りを横切って、商店と住宅の入り混じった所まで小道をクネクネと進まなきゃいけない。
近道はあるけれど、人様のお庭を突っ切ったりするから、私は使わない。
修二君はよく通っていたけれど。
「ついた…」
目的のペンキ屋さんには人だかりができていて、もの凄くザワザワしていた。
約5分の全力疾走で胃がビックリしていたけれど、そのざわめきの中から何人もの悲鳴と
「救急車…」
「警察…」
の言葉を聞いて、息を切らせながら吐きそうになりながら、その人だかりをかき分けて進んだ。
「ゆう…」
視界が開けて、勇一さんの背中が目の前に見えた。
お顔を見ながら声をかけようとして、体をずらした瞬間だった。
「… 修二様」
勇一さんの少し先に、修二君が居た。
修二君は背中を地面にベッタリと付けて、大きな男の人に覆い被さられていて…
男の人の肩口に、キラっと光る物。
修二君の顔やコートは、上から垂れてくる血で汚れていた。
「修二、抜くな。
そのまま、そのままだ。
抜いたら、一気に血が噴き出る」
美和ちゃんのお父さんの声がする。
でも、修二君から目を放せないから、どこに居るのか分からない。
「でも、おっちゃん、コイツ…」
「いいんだ、修二。
いいから、そのままだ。
お前が傷つくことはないんだ」
あの声にあの口調… 表情は影になっていて見えないけれど、修二君が物凄く怒っているのが分かった。
けれど、そんな修二君を、美和ちゃんのお父さんは一生懸命なだめようと声をかけている。
「でも、俺は許せねぇ!!」
男の人の肩口にある物を、修二君が抜こうとした瞬間だった。
「兄ちゃん、邪魔すんなよ!!」
勇一さんが駆け寄って、修二君の手を押さえた。
今にも噛みつこうとする修二君の手を、勇一さんは確りと握りしめて…
「…」
「言えよ!
怒ってんだろう!
ちゃんと、声に出して怒れよ!!」
勇一さんの声は出なかった。
それにもイライラしたのか、修二君は怒鳴りながら肩口の物を抜こうとしていた。
「修二、やめるんだ!」
「うるせえ!」
必死に止める、美和ちゃんのお父さんの声。
怒鳴る修二君。
「逃げてる奴なんか、俺の前に…」
修二君は血走った目で、必死に修二君の手を掴んで口をパクパクさせている勇一さんを払いのけようとした。
「ダメだって、言ってるじゃないですか!」
そんな修二君の頬を、私はペチ! と叩いた。
「… ミヨ」
「はい、ミヨです。
修二様…」
修二君の目が私を見てくれた。
叩く前は今まで見たことも無いぐらい怖い顔をしていたのに、その表情がちょっと驚いたような呆けたような表情に変わったのを見て、私はホッとした。
ホッとして、修二君にベッタリとついた血やその匂いに、サーっと血の気が引いて倒れてしまった。
「ミヨ! ミヨ!!」
「わー、修二、お前は動くな動くな!」
「ミヨちゃん…」
「救急車、もう一台!!」
「女の子が倒れたぞ!」
馴染んだ腕の感触と、聞きなれた心臓の音と、大好きな香りが私を包んでくれたのだけは分かった。
暗くなっていく意識の中で周囲の慌てる声と、遠くから救急車とパトカーのサイレンが聞こえ始めて、私は完全に意識を失った。




