おまけの話57 勇一と美世10・恋か愛か依存か3
■おまけの話57 勇一と美世10・恋か愛か依存か3■
キッチンに入って来たのは、ライダースーツ姿のコージさんだった。
噂をすれば… と言ったところかな?
「遊びにいらっしゃるには、遅すぎる時間じゃありませんか?」
サヨさんは私との会話を聞かれてか、10時を過ぎての来訪だからか、とにかく少しムッとしていた。
「親父様の言いつけで、ちょっとした仕事をしてきたんだけれど、家に帰るよりここが近かったからさ。
お疲れなのよ、俺。
バイクの運転をミスして事故起こすより、ここで一泊させてもらった方がいいと思ってね」
「あ、じゃぁ、お着替えを用意しますね。
お布団は客間でいいですか?」
コージさんがキッチンテーブルの椅子に座ったので、私は食器を濯ぐ手を止めて、ポットのお湯でお茶を淹れ始めた。
「布団は引かなくていいよ。
ユウイチかシュウジの布団で寝るから」
確かに勇一さんのベッドは大きめだけれど、体の大きな2人が並んで寝るにはせまい。
それに…
「修二様とですか?
修二様、最近はご自分のお部屋では寝ていませんよ。
美和ちゃんと一緒に居たくて、私達の女中部屋で寝ていますから。
今は、2人で宿題してますよ。
多分、修二様は教科書を枕にしていると思いますけれど。
粗茶ですが…」
そう、この頃の修二君は、今まで以上に美和ちゃんにベッタリだった。
コージさんは、簡単に淹れたお茶でも怒らないから、甘えて手を抜いてしまう。
まぁ、「約束も無しにこんな時間に来るのがそもそも悪いんだから、出涸らしでいいのよ!」 て、サヨさんはいつも言っているけれど。
「本家の男は、本当に甘ったれだなぁ。
…ミヨちゃんはさ、甘ったれ2人の面倒を見るの、疲れないの?」
コージさんの前に、サヨさんが冷蔵庫から出したお夕飯の残りを並べていく。
「この生活が身に染みちゃっていますからねぇ…」
「春になって、中学校に通うようになったら、また違った生活が始まるわよ」
チン! と、電子レンジが鳴った。
サヨさんが温めたサバの味噌煮を出して、コージさんの前に置いた。
「そうか! ミヨちゃん、春から中学生だったね。
制服姿、楽しみだな~。
きっと、たくさんラブレター貰うと思うよ」
サヨさんがお箸と山盛りのご飯を置くと、コージさんはちゃんと手を合わせて「いただきます」をして食べ始めた。
「ラブレターですか?
まっさか~! こんな可愛くも無い田舎娘にですか?
サヨさんみたいにお洒落で綺麗な人なら分かりますけどー。
私はないですよ、ないない、ありません」
可愛げの『か』の字も無い、この私にラブレター!
そんな物を貰ったことも、考えたことも無かったから、可笑しくなって笑ってしまった。
そんな私を見て、サヨさんとコージさんは顔を見合わせた。
「ミヨちゃん、もしかして視力悪い?
眼鏡作らなきゃダメ?」
サヨさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「視力ですか? 学校の検査では両目1.5でしたよ?」
美人とか可愛いとか… そういった事には自信ないけれど、視力には自信がある。
「あー…自覚していないのは、ちょっと危ないかもねぇ。
ミヨちゃん、ちょっとおいで」
そう言って、コージさんは私の手を引いてお屋敷の中をズンズン歩いて行く。
サヨさんも、後ろから付いて来ていた。
途中で、どこに向かっているのか気が付いた。
「あ、勇一様のお部屋ですか?
それなら、ちょっと待ってもらえますか?」
ポケットから小さな懐中時計を取り出して、時間を確認した。
この懐中時計は、「時間は大切だから」と、お屋敷に来てすぐにチヨさんがプレゼントしてくれた物で、何の飾りも工夫も無いシンプルな物。
でも、文字盤が大きくて時間がしっかりと読み取れるシンプルさが、使い勝手が良くってお気に入りだった。
もう少しで10時30分になる。
「もうすぐ、珈琲をお持ちする時間になるので。
珈琲、淹れて来ますね」
私はコージさんの返事も聞かないで、懐中時計をポケットにしまって、キッチンへと戻り始めた。
「じゃぁ、その間に、ご飯食べちゃうよ」
そんな私の後を、ため息をついてコージさんとサヨさんが付いてきた。
勇一さん用の珈琲は、珈琲店の店主に挽いてもらった珈琲豆を、布製フィルターを使う抽出方法のネルドリップでゆっくりゆっくり淹れていく。
カップは冷めにくいように底は厚く、けれど飲みやすいように口が触れる部分は薄い。
そして、カップとソーサは温めて。
勇一様、今日はどんな本を読んでいるのかな?
また、英語の本かしら?
でも、こないだは英語じゃなかったな。
確か… そうそう、ドイツ語。
勇一様ってば、どれだけの言語を覚えているのかしら?
最近、読むペースが速いから、明日はまた図書館かな?
あ、チョコレートも用意しないと…
「ミヨちゃん、楽しそうだね」
「そうなんです。
ミヨちゃん、珈琲淹れてる時、いつも楽しそうなんですよ」
そんな事を思いながら珈琲を淹れていたら、ササっと食事を終わらせたコージさんと、椅子に座ってミカンを食べていたサヨさんに、シミジミと言われてしまった。
「そんなに、楽しそうですか?」
「「うん」」
右手に細口ドリップポットを持っていたから、左手で軽く頬を押さえた。
「ミヨちゃん、珈琲淹れている時、いっつも鼻歌を歌っているのよね。
何を考えながら、淹れてるの?」
そうか~、鼻歌まで出てたんだ。
無意識だったな。
「…何を? ん~…」
勇一様の事。
と言うのは、少し恥ずかしかった。
だから、最後の一滴がサーバーに落ちたのを見て、用意しておいた4人分のカップに珈琲を注ぎながら、考えるふりをした。
「珈琲を淹れるのに集中し過ぎて、何を考えてるのか分かりません。
多分、美味しくなぁれ~… かな?
さ、お待たせしました。
勇一様のお部屋に行きましょう」
そして、大きめのお盆に4人分の珈琲カップと個包装のチョコレートを乗せて、キッチンを出た。




