おまけの話56 勇一と美世10・恋か愛か依存か2
■おまけの話56 勇一と美世10・恋か愛か依存か2■
でも、そんな安堵感も束の間だった。
「私ね、結婚するのよ」
サヨさんの爆弾発言は、お夕飯のお片付で並んで食器を洗っている時だった。
「け…」
「結婚」
驚いて、変な声を出した私に、サヨさんはもう一度言った。
「花火をした日、タカさんとチヨさんが来たでしょう。
あれね、修二様の転校の事もあったんだけれど、私の結婚話も持って来たのよねぇ~…」
カチャカチャ食器を洗いながら、どこか心ここに在らず… といった感じで、いつものサヨさんらしくない。
旦那様からの結婚話なら、下女中の私達に拒否権は無いらしい。
そもそも、『東条』の会社にとって有益な男性との結婚になるので悪い話でもないし、この頃はまだお見合い結婚も普通にあった。
ただ、サヨさんは『お見合い結婚』より『恋愛結婚』がしたいと、以前言っていた。
「お相手、どんな方なんです?
もう、お会いしました?」
サヨさんは手を止めて私をジッ… っと見て、大きなため息をついた。
やっぱり、お見合い結婚は嫌なのかなぁ?
「ミヨちゃんも知っている人。
結婚するって言ってもご近所みたいな距離だし、「家に入って俺を支えろ」って言うタイプじゃないから、通いでお屋敷に来てお仕事できるよ。
むしろ、ここのお仕事は続けなさいって」
「私の知っている人?
『東条』関係の人ですか?
それでも、分からないなぁ…」
会社関係、商店街の御用聞きさん達…
お屋敷に出入りしていた年頃の男性達を思い出しても、いまいちピン! と来る人が居ない。
「坂本浩二さん。
勇一様のお友達の、コージさんよ。
あの人、『東条』の血縁者よ。
ご自宅は代々神社の家系で、3代前の東条家の当主の妹様が嫁いだのよ。
その時から、東条の神事は坂本家で取り仕切っているの。
浩二さんは次男だから、継ぐのは神社じゃなくて弓道場らしいんだけれど、まぁ、神事には借りだされているのよ。
… あの人、絶対、裏があるわよね」
「裏?」
「そう、裏。
いっつもニコニコしてて、修二様を上手く扱ってくれているけれど、何か企んでいるタイプよ。
あ、遊び人って言う所は、べつに気にしていないわ。
遊びを知らない人と比べたら、遊び人の方が楽しくていいから」
確かに、コージさんは私の知り合いの中で、一番遊び人っぽい。
修二様の扱いも上手で懐いてるし… 神事に精通しているから、お払いの弓とか舞とかに詳しいのにも納得。
でも、なんとなく…
「サヨさんとコージさん、お似合いかも」
「本当に、そう思う?」
ウンウンと頷きながら、私は泡だらけの食器を流し始めた。
「結婚してから恋愛かぁ~。
普通の逆になるんだけど、まぁ、退屈はしないと思うのよね。
お屋敷で頂くお給金の2割りを家に入れれば、後はお小遣いにしていいって言うし。
でも、絶対、あの人は『良い人』じゃないと思うわ。
でも、『良い人』は面白みがないからすぐ飽きちゃうのよね。
だから、浩二さんは私にちょうどいいのかしらね?」
大人の恋愛事情を理解できるほど、この時の私は早熟ではなかったし、もちろん経験もなかったから、答えることが出来なかった。
代わりに、食器の泡を綺麗に流していく。
「で? ミヨちゃんは好きな子いないの?」
水切りカゴから洗い上がった食器を取って、フキンで拭きながらサヨさんが聞いてきた。
すっかり、いつもの調子に戻っている。
「好きな子ですか?
ん~… 同年代の男の子も、修二様と同じように子どもに見えちゃいますし、そもそも勇一様と修二様のお世話で、他の男の子に目を向ける暇はないですよ。
学校ではちゃんとお勉強してますけど、休み時間は女の子のお友達と遊んだり、お裁縫を教えてあげたり、お夕飯や朝食のメニューを考えたり、次にどんなお花を生けようかとか、そろそろ冬の支度をしなきゃなぁ~…とか」
学校で考えをまとめておけば、帰りのお買い物も楽だし、帰宅してからのお仕事もスムーズに出来る。
お仕事がスムーズに出来れば、皆でゆったりする時間が増えるから。
「ミヨちゃんの頭の中、年相応じゃないわね。
すっかり、『東条』の女中になっちゃったわね~。
若いんだから、恋の1つもしなさいよ」
「だから、同年代の男の子ですら、子どもに見えちゃうんです。
恋って、ドキドキするものなんでしょう?
学校の中で、ドキドキできるような男の子は居ないんです」
私がドキドキできるのは…
「サヨさんは、応援するからね」
言いながら、サヨさんは食器を拭いている肘で私の腕をツンツンと突っついて、ウィンクを1つ。
「ミヨちゃんの恋心」
「… 恋じゃないかもしれないですよ?」
やっぱり、サヨさんはお見通しか。
「いいじゃない、勘違いでも。
それも経験。
いろんな経験して、素敵なレディになって、素敵な旦那様を捕まえればいいのよ。
実家への送金も、そのうち楽になるでしょう?
そうしたら、お給料でいっぱいオシャレして、美味しいモノ食べて、楽しく遊べばいいのよ。
自分で稼いだお金なんだから、自分の為に使っても、罰は当たらないわ」
流行の洋服や、お洒落で美味しそうなレストラン、流行のレジャー等は行きつけの珈琲店や、サヨさんから借りる雑誌でチェックしていた。
どれもこれもキラキラしていて、いつかは着てみたいなぁ~、食べてみたいな~、遊びに行きたいな~… なんて思いはしたけれど、その時必ず一緒に思うのは勇一さんの事。
勇一様、私がこういう洋服着たら、褒めてくれるかな?
このレストランに行ったら、勇一様馴染み過ぎて見惚れちゃって、お料理の味が分からないかも。
勇一様、ジェットコースターとか乗ったら、悲鳴上げるのかしら?
それこそ、タカさんに『立場をわきまえなさい!』と怒られるよね。
でも、想像するだけは自由だから…
「いいね。
お洒落して、美味しいモノ食べて、楽しく遊ぶ… 最高じゃん!!」
思いに耽っていたら、後ろから聞き覚えのある男性の声に引き戻された。




