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おまけの話54 修二と美和5・花火2

■おまけ話54 修二と美和5・花火2■


 修二さんは私の手を引いて、中庭から逃げようとした。


「修二様、チヨもいますから。

怒りに来たんじゃないんですよ。

お話を聞きに来ただけなんです」


 けれど、編み込みの女の人がニコニコ手招きすると、修二さんは「しょうがないなァ~」と呟きながらそちらに歩き出して、縁側の勇一さんの隣にチョコンと座った。

私の手は放さなかったので、私もチョコンと修二さんの隣に。


「可愛いお友達ですね。

私はチヨです。

貴女は美和ちゃんかな?」

「こんばんは。

はい、白川美和です」


 お辞儀をすると、チヨと名乗った編み込みの女の人は私の髪を解いて、()(ぐし)で念入りに()かしてから髪を編み込み始めた。


「美和ちゃんは、修二様と同じクラスなの?

修二様、暴れん坊で大変でしょう?」


 チヨさんが、鼻歌を歌うように聞いてきた。

髪をいじってくれる手つきがとても優しくて、気持ちが良かった。


「一学期は、入院していたから行けなくて、修二君も私も今日初めて学校に行きました。

今日は始業式とご挨拶で終わっちゃったから、修二君が暴れたのは、3年生の3人と喧嘩したぐらいです」


 足をプラプラさせながら答えると、隣の修二さんがシーっと自分の人差し指を私の口に押し付けた。


「「やっぱり!!」」


 呆れた声を出すサヨさんと美世さん。


あ、サヨさんも美世さんも知らなかったんだ。

余計な事言っちゃったかな? 


と思いつつも、2人も想定内だったみたい。

それ以上は何も言わないで、散らかった花火のカスを片付けていた。


「修二様、サヨちゃんと同じ学校には、もう喧嘩相手居ないんです?

だから転校しちゃったんですか?」


 チヨさんは、あらあら… と言いながら、修二さんを見た。

私の髪を編み込む手は止まらない。


「それもだけどさ、俺、美和ちゃんと一緒に居たいんだ。

学校違っちゃったら、一緒に居られないだろう?

具合悪くなっても、助けてやれないじゃん?!」


 この時、修二さんの気持ちを始めて聞いた。

そんな事を思っていたんだって、驚いて、なんで助けてくれるんだろうって不思議で… けれど、とっても嬉しかった。


「あららら、修二様ったら王子様なのね~」


 チラッと、修二さんの横顔を見ようとちょっとだけ頭を動かしたけれど、当の修二さんは思いっきりプイッと勇一さんの方に顔を向けていて、大きく足を揺らしていた。

チヨさんの言葉が恥ずかしかったみたい。


「でも王子様、それなら喧嘩を控えないと~。

王子様の傍に居る美和ちゃんに、迷惑かかっちゃいますよ」

「… うん。

気を付ける」


 そっぽを向いたまま、コクンと頷いた修二さん。

その素直さに、私もだけれど美世さん達も大驚き。

けれど、騒ぐと怒り出すと分かっているから、皆自分なりにその驚きを飲み込んでいた。


「ミヨは、修二様がちゃんと帰って来てくれれば文句ありません」

「そうよね~、野良猫みたいにフラっと来たかと思ったら、すぐ居なくなるんじゃ心配だもんね」


 美世さんとサヨさんは言いながら、残った手持ち花火を持って来てくれた。


「サヨ、失礼ですよ!

修二様に向かって野良猫とは何ですか!」

「はいはいはい、申し訳ありません。

サヨが悪うございました~」


 細い女の人が怒ると、サヨさんはいい加減に軽い返事を返した。

これは、私でも分かる。

火に油だと…


「サヨ! 貴女はまた…!!」

「フフ… フフフフフ… タカさん、どうぞ」


 細い女の人に、美世さんは嬉しそうに笑いながら手持ち花火を数本差し出した。


「何です、気持ちの悪い…」


 訝しい顔で、一本だけ手持ち花火を抜き取る。


「少し前に戻ったみたいで、嬉しいだけです。

タカさんの怒った声も、今のサヨには嬉しいんです。

花火、皆でしましょう」


 美世さんの笑顔に、細い女の人はフゥ… と肩の力を抜いて、もう一本美世さんの手から花火を抜き取った。


「はい、皆も」


 サヨさんがニコニコしながら、皆に手持ち花火を配って行く。

チヨさんは私の髪の毛を綺麗に編み込んでくれると、出来上がりの合図に、ポンと軽く肩に手を置いてくれた。


「武さんの所でいいのかな?」

「チヨ、急に引っ張らないでちょうだい」


 チヨさんは隣の細い女の人の手を取って、2人で縁側の下のサンダルをつっかけて、武さんに向かって行った。


「武さんの分もあるよ~」


 サヨさんは小走りに2人を追った。


「花火、武さんも持ってますから、まだ楽しめますよ。

でも、これ以上興奮して、美和ちゃんがまたお熱出しちゃうと大変だから、1本づつ楽しみましょうね。

勇一様も、ミヨと花火やりましょう」


 美世さんは優しく言い聞かせながら、修二さんに手持ち花火を5~6本渡した。

私にも2本。

そして、手元に残った2本のうち1本を勇一さんに差し出す。


「…」


 勇一さんは相変わらず何も言わない。

けれど、差し出された手持ち花火をそっと受け取って、ふわっと流れるように歩き出した。

ㇲッ… と、美世さんの手を握って。


「兄ちゃん、ミヨの言う事だけは聞くんだもんな。

美和ちゃん、俺達も行こう」

「うん」


 そんな勇一さんを見て、修二さんは呆れた声を出して、縁側から勢いよく飛び出した。

走って皆の所に行く修二さんを追いかけようとして、気が付いた。

勇一さんが座っていたちょっと後ろに、あの女の人が座っていた。


 横座りでゆったりと団扇(うちわ)(あお)ぐ、白地に小桜柄の浴衣姿。

長い黒髪を簡単に纏めて、目尻の下がった瞳をさらに下げて、ふっくらとした小さな唇をニッコリと湾曲させながら、手持ち花火を再開し始めた皆を優しく見つめている。

とっても柔らかい、春の陽だまりの様な微笑み。


「これ、どうぞ。

一緒に、やりましょう」


 手持ち花火を1本、差し出した。


「ありがとう」


 その春の陽だまりの様な微笑みを、私に向けてくれた。


「美和ちゃん!

早く! 早く!!」

「今行くね~」


 その時、修二さんに呼ばれた。

修二さんの方を向いて答えながら庭に下りて、小桜柄の浴衣の女の人を振り返った。


「…あれ?」


 そこには誰もいなくて、手持ち花火も私の手から1本消えていた。


「美和ちゃーん!!」

「あ、は~い」


 修二さんに急かされて、皆の所に歩き出した。

消えた女の人がとっても気になったから、チラッと縁側を振り返ってみた。


「あ…」


 居た。

さっきと同じ横座りで団扇を扇ぎながら、春の陽だまりの様な微笑みで私達を見ている。


「     」


リリリン…


 風鈴の音に重なって聞こえなかったけれど、ふっくらとした小さな唇が確かに動いた。

何を言っていたのか気になったけれど、女の人がとっても幸せそうだったから、「あ、これで良いんだ」と思って、皆と花火を楽しんだ。


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