おまけの話52 修二と美和4・家族の形7
■おまけの話52 修二と美和4・家族の形7■
その日は8月の中旬でした。
いつも通りの暑い日。
一通りのお掃除を終えたあと、裏庭に出した行水盥に水を張って、修二さんと水鉄砲や柄杓で水をかけ合いながら、庭をビシャビシャにしていた時だった。
一週間ぶりに来てくれたお父さんが、お屋敷の中からじゃなくて、表から回ってきたものだから、私がまいた柄杓の水で、濡れてしまった。
水が少し残った行水盥は、雨蛙のケロ助とお友達が遊びだしたからそのままに。
ケロケロと、ケロ助達の可愛い合唱を聞きながら、皆で裏庭に面した和室で午後のおやつ時間。
今日のオヤツは、サヨさんが用意してくれたスイカと麦茶。
皆でちゃぶ台を囲むのは、お父さん、お母さん、私と美世さん、勇一さん。
縁側に座っているのは、修二さん、武さん、サヨさん。
「引っ越しをしようと思うんだ」
スイカを食べながら、不意にお父さんが言った。
その一言に驚いて、私はスイカに齧りついたまま顔を上げた。
現場仕事で真っ黒に日焼けした顔は、夜道だと見えないだろうな。
とか思いながら、私は次の言葉を待つ。
「えー、オッチャン、遠くに行っちゃうのか?」
「いや、今住んでいるところから近い場所を探してる。
日中の仕事も夜の仕事も、給料あげてもらえたし、美和ちゃんの病院から離れたくないからな」
修二さんがワシワシワシ~とスイカを頬張って、器用に種だけをプププププ~と、庭に拭き出す。
「それと••• まぁ、なんだ、その•••」
お父さん、珍しく歯切れが悪い。
「なんだよ、オッチャン?
はっきり言えよ〜」
「うん、アレだ•••美和ちゃん!」
覚悟を決めたように、ゴックン!と麦茶を飲み込んで、お父さんは私の手を取った。
スイカを持ったままの手を。
「は、はい」
ようやく、スイカの頭から歯を放した。
「冬には、家族が増えるんだ」
『家族』と言われて、周りを見渡した。
お父さん、お母さん、美世さん、勇一さん、修二さん、武さん、サヨさん…
いつの間にか、私の『家族』には東条の家の人達が入っていた。
「美和、お屋敷で教えてもらった事、お母さんにも教えてね。
お母さんを、助けてね」
いつもの様にニッコリ笑ったお母さん。
とっても幸せそうで、私も嬉しくて、大きく頷いた。
けれど、心の端っこに何かが引っかかっていた。
そうだ、私はずっとここに居られないんだ。
お父さんとお母さんと暮らせるのは嬉しいけれど、2人はお仕事が忙しいし、具合が悪くなったら…
お屋敷では、誰かが必ず一緒に居てくれるから、お家や病室で独りだったの、忘れてたな。
あ、でも、赤ちゃん産まれたら独りじゃないんだよね。
独りじゃないんだけれど… 何だろう? このモヤモヤ。
■
この日も、お父さんは夜のお仕事があったし、お母さんも今日中に勤め先に帰らなきゃいけないからと、夕飯前に2人は帰って行ってしまった。
裏口から出ていく2人の背中を見ていると、心の端っこに引っかかった何かが、モヤモヤと大きくなった気がした。
「美和ちゃん、お風呂入ろっか?」
2人の姿が無くなった裏口をジッと見つめていた私に、美世さんがそっと声をかけてくれた。
「でも、お夕飯の準備が…」
「サヨさんがチャチャッと作るから、お風呂どうぞって。
お言葉に甘えちゃおう」
美世さんが軽く言うから、思わず頷いて、いつもより早いお風呂でリラックスした。
大きな湯舟に、たっぷりのお湯。
そこに少しのハッカ油をたらして、清涼感あるお風呂の出来上がり。
「美和ちゃん、お姉ちゃんになるのイヤ?」
お風呂は温かいのに、スッとした清涼感… 不思議な感じ。
私と並んでお湯に浸かっている美世さんが、軽く聞いてきた。
「イヤじゃないの。
お父さんが『家族』って言った時に、私の家族の中に修二君達がいてビックリしたのと…
何だろう? 胸に何か引っかかるモノがあって…」
モニョモニョ答える私に、美世さんはニコニコしながら言う。
「私も私も。
私の本当の家族は田舎にいるんだけど、お屋敷の皆も家族だなって思ってる。
私もね、お屋敷で働いているうちに『家族』って何だろう? て思って、辞書を引いてみたの。
家族ってね、『家』によって結ばれた繋がりや共同体のことなんだって。
まぁ、簡単に考えたら、祖父母や両親や子どもとかその他の血縁… つまり、血のつながりのある人達よね。
でもね、『同じ家に住んで、生活を共にする人達』という意味まで含まれてるんだって」
「『同じ家に住んで、生活を共にする人達』…」
オウム返しする私に、美世さんはウンウン頷く。
頷いて、私の両手を握った。
「美和ちゃんの『家族』の中に、私達が居ることが、すっごく嬉しい。
私も不勉強で、美和ちゃんのモヤモヤを今は解決してあげれないけれど…
私達を家族だと思っていてくれるなら、いつものままでいいんだからね。
良い子の美和ちゃんじゃなくて、いつもの美和ちゃんで良いの。
引っ越しが決まって新しいお家に行っても、いつでも帰って来ていいんだよ。
このお屋敷は、美和ちゃんのもう一つのお家だから」
『家族』とか『家』とか、難しい事は良く分からなかったけれど、私は『ここ』に『皆と一緒』に居て良い事が嬉しかった。
「胸のモヤモヤは、少しずつ大きくなると思うけれど、美和ちゃんなら大丈夫。
モヤモヤで胸が苦しくなったら、誰に甘えてもいいし、大きな声で泣いてもいいからね。
皆で受け止めてあげるし、なんなら、皆で泣いちゃおっか?」
この時の美世さんの言葉の真意が分かったのは、もう少ししてからだった。
この時はただ、お父さんとお母さんの他にも私を受け止めてくれる人たちが居て、もう独りじゃないんだと再確認できて、ただただ嬉しかった。
私の中にいる『幼い私』。
病室で独りっきりの『私』と、お家で独りっきりの『私』が、心の中でニコニコ笑ってくれていた。
『良かったね』て。




