おまけの話51 修二と美和4・家族の形6
■おまけの話51 修二と美和4・家族の形6■
シャンシャンシャン…
真っ白い空間に静かに響く神楽鈴。
その綺麗な音に合わせて3人の巫女さんが、白と赤の衣装を金魚のヒレの様に風になびかせながら、舞を奉納している。
シャンシャンシャン…
頭の中に響くその音色はとても静かで、お母さんの子守歌の様に心地いい。
シャンシャンシャン…
神楽鈴の音だけが聞こえている。
衣擦れの音も、足運びの音も聞こえない。
シャンシャンシャン…
ただただ、静かに響く神楽鈴。
リン… リリン…
その響きが、いつしか風鈴の音に変わっていた。
「… 夢」
ずらりと頭上を照らす色とりどりの提灯は、最近見慣れた天井に…
所狭しと並んでいた活気ある露店は、壁と簾に…
ソースや醤油の香ばしい匂いとたまに香ってくる甘い匂いは、微かに香るハッカとい草の爽やかな香りに…
響き渡るお囃子や人々の楽しむ声や露店主の呼び込みは、風鈴の音色とヒュッと空気を切り裂く静かな音に…
お母さんが仕立ててくれた藍染の菊の浴衣は、いつもの寝巻に…
久しぶりに発熱してしまった。
修二さんのお屋敷にお世話になり始めて、微熱かな? と言う日はたまにあったけれど、38度近くまで熱を出したのは初めてだった。
前夜のお祭りが余りにも楽しくて楽しくて、興奮しすぎての発熱だった。
でも、それは私だけじゃなくて、隣の布団を見れば、そこには…
「だあれ?」
私と美世さんの頭の上で、団扇で扇いでくれている人が居た。
モソモソと腹ばいになって、思わず声に出していた。
白地に小桜柄の浴衣姿で、長い黒髪を簡単に纏めたその人は、私の呼びかけに目尻の下がった瞳をさらに下げて、ふっくらとした小さな唇をニッコリと湾曲させた。
それはとっても柔らかい微笑みで、春の陽だまりの様だった。
「…」
小さなお口が動いているけれど、声が聞こえない。
「ごめんなさい、聞こえなくて…」
ちゃんと聞こうとして体を起こそうとすると、その人は優しく抱きしめてくれた。
ヒンヤリとした体温がとても気持ちが良くて、眠気が戻って来た。
「大丈夫、大丈夫」
とても優しい声だった。
お母さんの声に似ていたかもしれない。
そっと、布団に寝かしてタオルケットをかけてくれると、ポンポンと胸に軽く手を置いてくれた。
瞼が落ちそうな目で美世さんの方を向くと、その女の人は美世さんにも同じようにポンポンと胸に手を置いて、オデコとオデコをくっつけた。
「大丈夫、大丈夫」
「母さん…」
優しい囁きに美世さんもお母さんと思ったのか、閉じている瞳からスっ… と涙が零れた。
細い指が、そっとその涙をぬぐう。
そして、さっきと同じように団扇で扇いでくれた。
■
どれぐらい寝ていたのだろう。
夢から覚めたらまた夢を見ていたような感覚で、風鈴の涼しげな音色とヒュッと空気を切り裂く静かな音を聞きながら、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。
「あら、目が覚めた?」
ぬっ! と、サヨさんの顔が視界に入り込んで来た。
「あ… おはようございます」
ビックリして反射的に上半身を起こすと、枕元に座っていたサヨさんが私のオデコに手を当てた。
「良く寝てたわね、もうすぐ夕方よ。
… うん、熱はすっかり下がったわね。
お夕飯前に、サッと汗を流す?」
サヨさんの言葉にビックリして、部屋を見渡した。
いつも寝起きしている女中部屋ではなくて、裏庭に面している和室だった。
そうだ… 朝、いつもの様に起きたけれど、発熱していたから美世さんと一緒にこのお部屋に寝かせて貰ったんだ。
こっちの方が風通しがいいからって。
「それとも、軽く何かお腹に入れようか?
朝もお昼も食べないで寝ていたから、お腹空いたでしょう?」
言われてみると、軽い空腹感を覚えた。
けれど、何かを食べたいという程ではない。
…昨日の夜、お祭りで食べすぎちゃったからかな?
「… おはようございます」
そんな事を考えていると、美世さんが目を覚ました。
「ミヨちゃんも、大丈夫そうね」
サッと、サヨさんが美世さんのオデコに手を当てた。
「今日のお仕事、ごめんなさい」
申し訳なさそうに言う美世さん。
「出来る事しかしていないから、たいしたことないわよ」
サヨさんはオデコに当てた手で、美世さんの頭をヨシヨシと撫でる。
「それに、ミヨちゃんはこのお屋敷に来て一回も体調壊さなかったんだから、たまにはいいのよ。
お医者さんが、熱さえ下がれば大丈夫だろう、て言ってたわ。
先に、汗を流そうか? お風呂わかすね」
と、サヨさんが立ち上がった瞬間、縁側の前に下がっていた簾が勢いよく捲られた。
「美和ちゃんとミヨ、起きた?」
裏庭から縁側に乗り出した修二さんだ。
弓の稽古着を着ているから、さっきから聞こえていたヒュッと空気を切り裂く静かな音は、矢を射った音だったんだ。
「お熱、下がりましたよ。
でも、あまり興奮させると、またお熱出ちゃいますから、静かにしててくださいね」
サヨさんにきつく言われて、修二さんはウンウンと頷いた。
「勇一様と修二様、心配でずっと裏庭で弓のお稽古してたのよ」
コッソリ私と美世さんに教えてくれたサヨさんは、お風呂お風呂! と小走りに部屋から出て行ってしまった。
「美和ちゃん、もう大丈夫?
お腹空いてないか?
あ、いいもの持って来るな」
修二さんは私の答えを待たずに縁側に上がると、どこかに走って行ってしまった。
簾が捲れたままだから、庭で弓を引く勇一さんが見えた。
何となく美世さんを見ると、ホッとしたように微笑んでいた。
「美和ちゃん、これこれ!!」
バタバタバタバタ!!
勢いよく、修二さんが何かを抱えて戻って来た。
私と美世さんの間に、大きな丸いガラスの金魚鉢を置いた。
チャポチャポと、畳の上に少しの水が落ちた。
「これ…」
「武さんが、金魚鉢を探してくれたんだ」
水草とたっぷり入った水の中で、3匹の赤い金魚が優雅に泳いでいた。
私の金魚は、一番小さくて一番尾びれが長くて。
美世さんの金魚は、一番大きくて白い模様入り。
サヨさんの金魚は、赤い出目金。
雨蛙のケロ助も、一緒に泳いでいた。
私と美世さんは、サヨさんがお風呂に呼んでくれるまで、3匹の金魚が泳ぐ姿を眺めていた。
なぜか得意気な笑みを浮かべていた修二さんは、金魚を眺めているうちに… いつの間にか可愛らしい寝息を立てていた。




